【ショートショート集】春

ばやし せいず

恒星になりますように。


「恒星になれますように」



 流れ星に向かって、彼女はその言葉を三回繰り返す。すぐ横にいた俺はさすがに面食めんくらった。彼女が無類の星好きだということはもちろん知っている。

 でもまさか、星そのものになりたいだなんて。


「一体、何等星になるつもり?」


 こと座流星群の観測に付き合わされている俺はあきれて訊いた。彼女は首をかしげ、それから近所迷惑になるのではと思うほど笑い出す。

 なりたいのは光り輝く星ではなく、校正者だったらしい。つまり、小説や雑誌の原稿をチェックする人のことだ。彼女は星と同じくらい、本を読むことも好きだった。





 結局、夢は叶わなかった。

 だから俺は毎年四月になると、こうして夜空の下に立ち、流れ星に願う。


「せめて、彼女が恒星になりますように」


 きっと叶う。死んだ人間が星になる物語なんてごまんとある。

(彼女とは違って読書と無縁の生活を送ってきたから、自信が無いのだけれど)

 天体観測させてあげようと思って借りてきた遺影の笑顔は穏やかだ。彼女の口元は、春の星たちを結ぶと現れるカーブによく似ていた。

 「春の大曲線のようだね」と言ったら、大笑いしてくれただろうか。

 そんな妄想をしながら空を見上げた。


 東から昇る太陽が、星たちを眠らせていく。





「恒星になりますように。」 了

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