役立たずの集団

三鹿ショート

役立たずの集団

 健康診断を受けるだけで金銭を得ることができると聞けば、腰が重くとも病院まで足を運ぶ所存である。

 両親の世話になり、苦労というものをここ数年味わっていなくとも、自らが使用することができる金銭は限られているため、このような臨時収入を見逃すわけにはいかなかった。

 だが、受け取った金銭は、帰り道に見かけた飲食店で使い果たしてしまった。

 我ながら、阿呆な人間である。


***


 自宅に検査の結果が届いたために確認すると、封筒の中にはとある集会の通知文もまた同封されていた。

 出席すれば再び金銭を得ることができると記載されていたため、今度こそ即座に使い果たさないようにすると決めた。


***


 集会が行われるという会場へ向かうと、既に多くの人間が集まっていた。

 老若男女を問わずに集まっているかと思ったが、私と同年代の人間がほとんどだった。

 そして、世辞にも身なりに気を遣っているとはいえない人間ばかりである。

 長年住み続けていた洞窟から出てきたばかりだというような人間が半分以上で、会場には異臭が漂い、思わず顔を顰めてしまう。

 それでも私は金銭を得るために、用意されている椅子の一つに腰を下ろした。

 これほど人間が集合しているにも関わらず、無駄口が何も聞こえない。

 他者との交流を苦手とするのは、我々のような人種の共通事項なのだろう。

 そんなことを考えていると、壇上に一人の人間が現われた。

 医者のように白衣を身に纏ったその男性は頭を下げると、開口一番、

「きみたちは、役に立たない人間である」

 その言葉に動揺したのか、人々はどよめき始めた。

 しかし、男性が手を一度鳴らすと、即座に静まり返った。

 男性は我々を見回してから、

「きみたちは健康的な肉体でありながら労働することもなく、後世の担い手たる子どもを作ろうともせず、無為に生活している。そのような人間を放置しておくほど、今の時代には余裕が無いのだ」

 男性が指を鳴らすと、会場の出入り口が封鎖された。

 人々は再び騒ぎ始めるが、男性の一喝により、口を閉ざした。

 人々が大人しくなった姿を確認すると、男性は言葉を続ける。

「この中には高い能力を有した人間も存在しているだろうが、それを活かさなければ、無価値に等しい。今さら労働力になることを期待しないが、何もしないことを看過するわけにはいかないのだ」

 男性が会場の隅に立っていた黒服の集団に頷くと、彼らは我々を囲むように移動を始めた。

 彼らの目つきはいずれも鋭いものばかりで、顔を背けたくなってしまうほどだった。

「ゆえに、どれほどの阿呆でも出来ることを、きみたちに求める。それは単純な話で、ここに集まった人間同士で、子を作ることだ」

 人々は、思わず隣に座っている異性の顔を見た。

 互いに子を作るための行為を想像してしまったのだろう、気まずそうに、即座に目をそらした。

 男性は机上に重なっていた紙の束に手を置くと、

「順番に名前を呼んでいく。呼ばれた人間は目の前に立っている黒服の指示に従い、移動するのだ。今後の日程は、追って知らせよう」

 それ以上の説明をすることなく、男性は名前を呼び始めた。

 突然の事態に困惑している人間がほとんどだろうが、一様に黒服の指示に従っては移動を開始していく。

 その従順さには、黒服たちが揃って武器のようなものを装備していることも影響しているに違いない。

 逆らえば何をされるのか分かったものではないゆえに、大人しく従うことが吉だと考えたのだろう。

 私もまた、未だに状況を飲み込むことができないものの、名前を呼ばれると移動を開始する。

 黒服の背中を見つめながら歩を進めていき、やがて数多く存在する部屋の一つに到着した。

 会場が宿泊施設だったことの理由に納得しながら、室内に入る。

 部屋の内部には、寝台と冷蔵庫が用意され、便所や浴室も揃っている。

 今後はどうすればいいのかと考えながら寝台に腰を下ろしたところで、小さな机の上に紙切れが置いてあることに気が付いた。

 そこには、先ほどの男性が言っていた今後の日程が記載されていた。

 だが、内容は単純明快だった。

 食事が部屋に運ばれる時間と、一ヶ月に渡って、とにかく部屋の内部で身体を重ね続けなければならないということが書かれていた。

 そして、逃げ出した場合は、永遠に暗い地下室の中で安い賃金で労働させられるということが赤い文字で記載されており、私は震えた。

 一ヶ月の間、辛抱すればいいのだろうかと考えていると、部屋の中に新たな人物が顔を出した。

 察するに、私がしばらくの間、その肉体を味わい続ける相手なのだろう。

 せめて自分好みの相手であれば良い時間となる。

 期待しながら相手の姿を認めた瞬間、私は愕然とした。

 それは、相手も同様だったようだ。

 我々は揃って阿呆のように口を大きく開いた。

 かつて交際していた相手とこのようなところで再会すれば、そのような反応になることは当然だろう。


***


 一言で表すのならば、彼女は姫のようだった。

 己の我が儘は叶えられて然るべきだとばかりに、口を開けば願望のみが飛び出していた。

 私は彼女に惚れていたために、しばらくの間は喜んでその願望を叶え続けていたが、その見返りがまるで無いことに気が付くと、空しくなってしまった。

 ゆえに、私は彼女と別れた。

 彼女は特段傷ついていなかった。

 私との関係が終了したとしても、即座に別の人間が近付いてくるのだと確信しているためだった。

 それ以来、私は異性というものが面倒な存在だと認識するようになってしまった。

 全ての人間がそのようなわけではないのだが、それほどまでに、私は彼女に振り回され、疲れ切ってしまったのである。


***


 思わぬ再会に彼女は驚いていたが、私よりも先に我に返ると、残念そうな表情を浮かべた。

「あなたが相手だとは、私も不運ですね」

 溜息を吐きながら、彼女は寝台に飛び込んだ。

 仰向けになって脚を組み、天井を見つめながら、

「未来の担い手たる子どもの数が減っているとは知っていましたが、まさかこのような強硬手段に出るとは、思いませんでした。私たちに人権は無いのでしょうか」

 被害者のような態度を見せているが、社会において何の役にも立っていない我々が偉そうなことを言うことは出来ないだろう。

 しかし、彼女は常に他者を利用し、自分は何もせずに生きてきた。

 姫に庶民の生活をさせたところで、不満のみを口にするだけで意識を変えようと思うことは無いのだろう。

 私がそう告げると、彼女は鼻で笑った。

「あなたはつまらない人間のままですね。別れて正解でした」

 その言葉に、私は顔を顰めた。

 この場所に存在している時点で、我々は同じ価値であるはずだ。

 だが、何故彼女はこのような状況においても、態度を改めようとしないのか。

 単純に快楽を得られることを喜ぶ一方で、役立たずの烙印を押されたことに反省しているが、彼女は事の深刻さを考えていない。

 我々が以前と変わらずに自宅に籠もって生きたとしても、外の世界は徐々に崩れていく。

 気が付いたときには、我々が何もせず、呑気に過ごすことができるような環境ではなくなっているのだ。

 次世代の人間が存在しないということは、つまり、そういうことなのである。

 私は寝台に寝転がる彼女の頬を、平手で打った。

 突然の行為に、彼女は目を白黒させる。

 その隙に、私は彼女の衣服に手をかけた。

 自身がこれから何をされるのか気付いたのだろう、彼女は抵抗を始めようとするが、非力ゆえに無意味だった。

 彼女の悲鳴が室内に木霊するが、それは他の部屋でも同様だろう。


***


 それから一ヶ月の間、私はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、彼女を陵辱し続けた。

 当初は感情を露わにしていた彼女も、数日が経過すると、私を受け入れるようになった。

 やがて宿泊施設での生活期間が終了すると、彼女は黒服によって連行された。

 今後、彼女はその身に新たな生命を宿しているのかどうかを調べられるに違いない。

 もしもそれが叶わなければどうなるのだろうかと疑問を抱いたが、それは彼女の問題であり、私には関係が無い。

 久方ぶりの外の世界は、何もかもが眩しく見えた。

 学校に向かっていく子どもたちや、疲れ切った表情を浮かべながらも歩を進める大人たちを見て、自分がいかに無用の人間なのかを再認識した。

 しかし、今動かなければ、数日後には元通りと化すだろう。

 動くのならば今しかないと、私は自宅に向かって駆け出した。

 まずは、面倒をかけた両親に謝罪するべきだろう。

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