第7話 無双のはずなのにね
「王子! アロン! こらー!」
せせらぎの音が遠くで聞こえる。
湿った落ち葉の上に私たちは着地した、森の奥のどこか。
王子は眼をつむって、まつ毛には額から伝った血が溜まっている。何度呼んでも怒っても返事はない。
――私のせいだ。
別の場所なら誰かが王子を救護することができたかもしれない。
急いで癒しの魔法を記そうとするが、ブナの樹皮は荒く、苔も生えている。
尻尾ではうまく書けない。
なんとか、「止血」とだけ書いたけど、拙い文字は掠れて発動するかどうか。
私は詠唱できないし、怒っても王子は目を覚まさない。
残る体温は傷口から流れ出して、地面の冷気がせり上がってくる。
ごわごわとする身体を私は王子から離した。
誰もいないと分かっていても助けを呼んでみたり、王子を視界に入れながら辺りをうろうろする。
春の森はどこか甘い香りがした。
――森の奥じゃダメだった。
王子の元に戻る。
術士が来るまで一緒に待とう。
どっちかが先でどっちかが後になる、王子の方が先みたい。ごめん。
文字をじっと眺めている。
ブナの表面は灰のような白色で、どっちかというと文字は読み取りやすい。
尻尾で書いたし、幹は
別の言葉にも読めそうだ……あ。
今更だ。もう全てが遅すぎる。謎なんかじゃなかった。
城を爆発させた犯人は、私なんだ――
婚約のお披露目では王子と踊らなければならなかった。
嫌だしそもそも踊れない。じゃあ踊りましょうってタイミングで言うか……。
ヌイシ―を通じて確かめてもらうと、踊った後で約束の品――指輪を交換をするらしい。
絶対に受け取りませんって言おうかな、などと思いながら、多分言えないって分かってた。結局何もしないで指輪も受け取っちゃうんだろうなって、だから。
私は、念入りに書き記した。
踊れない私が完ぺきに踊れるように。
術士の魔法を
魔法の暴走
王城を壊したのも、キツネになったの、踊る魔法の暴走だ。
赤黒くなった身体を見る。
身に付けているものは消えるだけで、
今も私は靴を持っているんだ。
何かに気付きかけて逸る心が王子の周りをぐるぐると歩き回らせる。
靴底にびっしり書いた古語。
記憶を辿ってゆく。まだ「変化の元」と、こめた魔力が残っているとしたら。
「くぉ・お・お・ん〈解けろ〉」
音にできる古語を発すると、身体は光を放ちはじめた。
早く早く、精神を集中すると、まず右の肉球が細く伸びてゆく。
指だ――
開いた
まだ左に残っている鋭い爪を
ブナの木まで横に跳んだ――重い脚が動かず落ち葉に埋もる。
そのまま這っていって腕を伸ばす。
握って溜めた血を下向きの指先に伝わせ樹皮に記しながら、
同時に詠唱する。
「治せ、王子の傷を」
春の森に私の声が響く。
眼を凝らすと、冷え切った身体がぼんやりと光を帯びはじめた――
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