第6話 王子を盾にしてみた
「シルベシルベシルベシルベ」
こわー。
大広間の方か、とか言いながら走る王子の後ろで、すぐ背後に入れるよう横跳びを加えながら付いてゆくと、急に視界が開けた。
廊下が消え去っている、というか何もない。皿に乗ったプディングの上層をスプーンですくい取ったように中枢棟の
かつて大広間であったところで宙に浮かぶローブをまとった男――目深な頭巾で顔はよく見えないが、いかにも妖しい男がまだ私の名前を連呼している。こわー。
ゆっくりしか動作できないヌイシ―がようやく、でも多分、彼の全速力で追い付いてきて。
「あいつの仕業なのか?」落胆した感じで言う。
「……ニシャ」睨んで呟く王子。
ニシャ……? ニシャ・フォノカ! 王宮術士!
敵が眼の前に現れて、まず私は足元を確認していつでも王子の背中に飛び付ける体勢を整えてから。
「ほうら! ニシャが全ての元凶だよー、人は宙に浮かんだりしない。これではっきりしたろう、ね? ね?」
真犯人を指差して糾弾したいが、そうすると前足に隙が生じるので、二人に聞こえる程度に囁いた。声が向こうに聞こえたのか、術士がこちらを向く。
「やっぱり城ん中に隠れてんだ。今更森には入れないよう焼いといたぜえ」
煙の匂いは爆発じゃない、火の上がる森から流れているんだ。
「……火を放っただけか?」王子はいつもと違うこわい気配を放っている。
「あーうっかりとなあ、女がいたから見つけたあ! って、でも村の婆さんだったかなあ」
金属音
急に眼の前が明るくなった。
いなくなった王子は、浮かぶ術士のところまで高く跳んでいる――さっきのは腰から抜いた長剣の音だ――突き立った剣を押し返すように術士の身体から黒い霧が吹き出し続けている。
「うぐぅ」ぬかった、という表情をする術士。多分それほど効いてはいない。
もう剣を抜いた王子はそのまま後ろに飛んで、崩れかけた壁やら折れた柱の先端を渡ったのか飛ぶように戻って来る――私の前にヌイシ―が立ったのでよくは見えなかった。
「……ぅははははあああ、やったなあ。じゃあ女神ごときが俺の魔法を弾けるかああ」
口角から滴る血を拭った術士は杖を胸の前に出して魔力をこめる。
見覚えのある――いや、虹色の輝きはない「普通の」攻撃魔法だ。
長剣を振るって捌かれる。
「なんだあ剣で
術士の魔法は早い、私は知ってる。剣で切り裂いて間に合うか。
いつの間にかヌイシ―がいなくなっている。助けを呼びに行ったのかな、剣を持てないし魔法も使えないから、ヌイシー早く戻ってきて。
放たれた一撃が王子の胸に当たる――
弾け! 跳ね返せ!
私は唱えたけど、鳴き声にしかならない。
良かった、立ったまま──王子は頑丈なのだ、でも背中だけで見えない表情が気にかかる。
「なんだあ、うるせえキツネはなんだあ、
私に飛んできた魔法を王子の右腕が弾いた――
赤い
何で視界が真っ赤なのか分からない。
やがて眼の中に入り込んだものが流れてゆく。
瞬きしても繰り返しても、私の白い身体は王子の血しぶきを浴びている。
「女神ならともかくなあ、加護でどうにかなるかよお、もっと欲しいかあ」
わざと私を狙って、王子に当てていた術士の攻撃は急に止まる。
「脆すぎる、加護はどこへやったあ、死ぬまえに言えよお!」
床に血が溜まってゆく。加護は? ねえ加護はどうしちゃったの?
身体を押し付けて、倒れた王子から流れ出るのを止めようとするけど、私はもう尻尾の先まで濡れそぼっている。
「心臓止まったかああ……まだか、自分の剣で死んじまえ」
床からゆらりと王子の剣が浮かび上がって術士と同じ気配を放つ。
胸に刺すつもりだと分かった。黒い霧に操られて近づく長剣。
王子! 唱えて!
注意を引くために王子の顎を軽く噛んだ。
胸の上から横に跳んで、血を吸った尻尾を壁に伸ばして動かす。
噛み痕をまだ顎に残して、王子はちゃんと私と壁の文字を見ている。
「て・ん・い……転移、森の奥へ移動」
王子の発した古語に反応して壁の文字が煌めく。眩い光が私たち二人を包んだ。
発動条件が満たった魔法を、無理やり止めようと黒い霧が囲む。
「シルベエエエエエエエ」
術士の怒鳴り声は遠くなって消えた――
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