第5話 ぬいぐるみは動くよねえ

「あ、この暴れっぷり、もしかしてシルベ様ですか? ……じゃあ、私を咥えるのを離してから、もう一回言ってもらえます?」

「シルベじゃよー、この姿になったのは何でだと思う? 助けておくれ」

「喋れないということは今はっきり理解しました、なんと可愛そうな、可愛いお姿ですね」


 術士が森にいる間に味方を確保しようと、私は元々住んでいた別棟へ急いだのだ。 

 王子は追いかけて来たが、全力疾走には付いては来れなかった様子。

 すぐに目的のものを見つけると、やわらかな喉元に噛みついて咥え、急いで王子の部屋の隅っこに戻って意思疎通を試みたのだった。

 やや急ぎすぎたので、私の牙が穿いた穴から中綿を飛び出させながらも彼は主人のことを認識した様子。長い付き合いである。


「シルベ様は婚約したくないから王城ぶっこわしたんですか?」

 違う! 呪いも濡れ衣だ。

「ははは、何言ってるか全然分かんないです。なんと可愛そうな、可愛い鳴き声ですね」

 笑うな、そんなに面白くはない。 


 布地がしっかり詰められた中綿を包み、形をとっている。

 侍従ヌイシ―は、子熊の形をしたぬいぐるみである。

 他の人形ドールにも、話したり動くものはいないから、ヌイシ―は特別なのだ。

 ぬいぐるみの国〈ソフトヘイム〉から来たと言う。いつか本国に帰るまでという約束で、私の侍従として仕えている。


 いつか帰るっていつだろう? 

 人とは話せないので、唯一会話ができるのはヌイシ―だけなのに。


「ヌイシ―なら私の言葉が分かるんじゃないかと思ったんじゃが」

「さっぱり分かりません。お身体にケガはありませんか? さっき、人なんかには出せない速度で走ってましたから大丈夫そうですけど」

「ああ、ちょっと足を痛めてたけどすっかり直った。問題は、ほらこのとおり」

「可愛いお手々では持ったり握ったりできないってことですかね」


 床にあるペンを私がごろごろ転がすのを見てヌイシ―は言った。

 言葉は通じないが話はできている。

 頼もしい侍従に希望を感じているうち、部屋に王子の気配が戻る。


「なぜ兄さまのぬいぐるみがここに? シロ、兄さまのところに行ったのかい?」

 何のこと? ヌイシ―は私の侍従だよ。


 真ん丸な両眼――水牛の角から造られた黒いボタンがぎらり、と光る。

 眼や口とかが動くのじゃないけど、やれやれ、という表情をしてから。


「アロン第一王子殿下、お初にお目にかかります、私の名はヌイシ―。シルベ・トレガロン令嬢の侍従を務めております」

 短い手をお腹に、もう一方を横に伸ばしてヌイシ―は足を引いて曲げ礼を示す。

 大きな頭はほぼ動かせず、じっと王子の脛を見ている感じにはなった。やわらかく小さな体には生まれ持った威厳が備わっている。本国では名のある者だったのかもしれない。


「布地の柄をよく覚えているよ、君は兄さまのぬいぐるみだ」

「シルベ様に仕える前には、ぬいぐるみの国〈ソフトヘイム〉にいた者ですので、殿下のおっしゃる奇妙な偶然を刻下こっかに驚いております」

 

 加えられる質問に丁寧に答えながら、キーレン王子との関係を否定するヌイシ―。

 キーレン王子といえば、陛下の長男で元々の第一王子である。病弱であることを理由にアロンに王位継承を譲った、らしい。もしアロンが第二王子のままなら私は婚約しても良かったのか? 思考がまとまらずにぼうっとしているうちに響く鋭い声。


「君の言うことをすっかり信じたわけじゃないけど今はいい。シルベ嬢の行方を知っているだろうか?」

 一瞬だけ、二つのボタンを動かさずにヌイシ―は私に問いかける気配を発した。

「い、言うな、恥ずかしいから!」私は慌てて叫んで応える。

「……今のように白キツネ様が荒々しく鳴き、もしや我があるじの元へ導いてくれるのではと此処ここまで参ったのです……ええ、正確には口に咥えて連れて来られたわけです」

「シロが……。シルベ嬢を見つけ出すには、今の私には君が必要というだろう」


 王子とヌイシ―は、打ち解けた会話をはじめた。

 旧知の友人みたいな口調になってる、仲のいい兄弟みたい。


 笑い合う声が、さっき全力疾走した身体に休息が必要であることを知らせる。

 自分の背を枕に顎を乗せると丁度良い感じに収まって落ち着くのだ。もふり。

 いつの間にか眼をつむって、優しい声音も遠くで響いているような感じになる。

 ふわふわとした心地でいるうち――地面が腹を打った。


 雷鳴


 違う! 地面が波打つ感触を腹に残して立つと、床を腕を付いて天井を見上げている王子の顎に耳先が当たった。小石が音を立てて落ちてくるので構わず王子の懐に更に深く入る。

 

「アロン殿下。何か悪いのが来ましたぞ。シルベ級の爆発ですね」

 

 王子に遮られ見えないが、近くでヌイシ―の声。

 シルベ級って何だ? 私の仕業みたいにするな。 

 

「いざとなったら私が盾になる、行こう」立ち上がりながら戦法を述べる王子。

「じゃあ先にお伝えします。殿下が胸に抱いている白キツネ様は、今は私のあるじ――シルベ様のようなもの。存分に盾となってもらいましょう」

「ヌイシ―、君とは本当に気が合うよ」


 シルベ級の爆発に立ち向かおうと二人は決意を固めた様子。

 さっと身体をくねらせて私は王子の胸を蹴り、緩く抱く両腕かいなから飛び出て地面に降り立った。


「自分で走ってゆく! なぜなら、本当にいざって時、王子を盾にするのはそっちの方が都合が良いから!」


 私の宣言に、二人はそれぞれ頷いて示した――

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