事件六 その二。ヤクザ映画。その栄光と落魄 

 事件六 その二。ヤクザ映画。その栄光と落魄らくはく

 

 「仁義なき戦い」の五作目を笠原先輩が降りた理由。

ギャラが折り合わなかったとか、他にやりたい仕事があったとか、いろいろ、取り沙汰されているが、四作目の「頂上作戦」で、広能昌三(菅原文太)と武田明(小林旭)に、

「もう、わしらの時代はしまいで(もう、俺たちの時代はおわった)」

と言わせているので、自分も退く、としたのが正解だと思う。

会社の意図はともかく、先輩は五作目以降のストーリーを考えていたのはたしかで、ハコ書き、と、言うスジの流れを詳しく書いた長い巻物を高田にくれた。

その内容に問題があって、高田も直面することになる。

 

 脚本作家は執筆に取り掛かる前に、シナリオハンティング、つまり、下調べをする。

場所を見るだけでなく、人にあって話を聞くのも、より、大事です。

相手がヤクザだと気をつかう。

本は読まない。映画は大好き。

当然、ヤクザ映画への思いこみが強いから、名前のつけ方など、悪役と重ならないよう、襲名式の名簿を見たりして細心の注意をはらう。シリーズも四作続き、広島抗争として記録に残る知られた事件や、派手な活躍?をしたヤクザはみな笠原先輩が使っている。高田は取材に苦労した。

 菅原文太が演じた広能こと美能幸三氏や小林旭の武田明こと服部武氏ら抗争の主役の大物は、現役を退き普通の実業家になっている。服部氏は、開口一番、

「今の広島ヤクザは「仁義なき戦い」の時代より怖い、映画化は止めたほうが良い」と強い口調で言った。

 

 公開された五作目「完結篇」で、主役の北大路欣也が演ずる松村保は、当時、広島の裏社会の実権を握っていたヤクザがモデルである。笠原さんの巻物にも、その人物が書かれていたが、主役として扱われていない。

「頂上作戦以降の広島やくざは怖くて手出しできない」。

陰で、そう、言っていた、と、耳にした。

「それが、降りた理由?」

知って、よけい食指が動くのがプロ根性である。

五作目をやる以上、既成のものを超えるキャラクターが欲しかった。広島市内は避けて、取材は呉だけでした。

 日下部(プロデューサー)が、旧作で馴染になっていたバーで、中堅どころのヤクザに話を聞くことが出来た。松村の人間味のあるエピソード、若い頃の失敗話など、オフレコ、と言われたが、こっちは書くために聞いている。

 あるヤクザの命を狙って、警察に追われ、咄嗟の機転で拳銃を女に渡し、本人は警察の目の届かない場所に隠れた。

シナリオでは押し入れにした。作劇としては在り来たりの行動や。

 

それでも、映画を見て、東映の本社に抗議が来た。

 

金目当ての抗議でなく、その人の恥を世にさらしたことへの怒り。

当たり前だが組織も名も、架空のもの。恐らく、抗議は本人でなく子分がしたことで、東映が収めてくれて、高田には何のとばっちりもなく済んだが、広島ヤクザとは長い付き合いの笠原先輩は引き際を心得ていたと言うことだ。 

 

 

 映画そのもの(完結篇)について。

 北大路欣也の松村保は凄味がありカッコ良かった。

宍戸錠の大友勝利と、松方弘樹の市岡輝吉のからみ、

「牛のクソにも段々(だんだん)があるんで」(註※何事にも序列や順番(段々)があるという意味)

という世に知られた場面は迫力がある。

松村の妻を演じた野川由美子も。こんな極妻、前四作にあったか?

何より、深作監督の信頼を得たのが、高田の最大の喜びであった。



 深作さんと初めて会ったのは、俊藤さんとの打ち合わせで京都からはるばる出向いた北海道・旭川のホテルの広間やった。

 藤純子ーーー。東映任侠路線の花と言われ「緋牡丹博徒ひぼたんばくと」などで絶大な人気の女優さん。梨園の大御所、尾上菊五郎じょうとの結婚で引退することになり、俊藤さんは跡継ぎの女優を育てる企画を探していた。

 (純子さんは、俊藤さんのご息女です)

 その頃、東映東京撮影所は「網走番外地」(監督・脚本 石井輝男)や「女囚さそり」(監督 伊藤俊也)など、型にらはまらないアウトロウの傑作を世に出して勢いがあり、高田は「現代やくざ、人斬り与太」の深作監督の切れ味鋭い演出に注目していた。

 真冬の旭川は猛吹雪の大荒れ。こびりついた雪をはらいながら部屋へ入って行くと、麻雀をしている男たちがいて、写真で見覚えのある、渋い端正なその人の顔もあった。

「高田コウジです、京都から来ました、よろしく」

 持前の大声で挨拶すると、深作さんはドテラの袖をたくしあげ麻雀パイを持ったままの手を振り上げて、

「おう、こちらこそ」。


「ロン」

 満貫まんがん、振り込んだ。

「すんません」(高田)

 なんで謝ったのか分からない。

「ワ、は、はーー」(深作)

 なんで、笑ったのか分からない。

 

初対面の印象は、ざっくばらん。作さんかっこよかった。

山本隣一と言う北海道旭川出身の俳優がいて、彼が撃った鹿が運び込まれ、豪快な宴会になった。

 深作さんは「シルクハットの大親分」(監督 鈴木則文)や、「まむしの兄弟」(監督 中島貞夫)の喜劇のセンスをほめてくれて、

「何時か一緒に」

と頭を下げた高田との約束を守って、仁義の完結篇につながったと思う。

 喜劇のセンスについては、作さんとの二作目「資金源強奪」で見事に生かしてくれた。ハリウッドでタランティーノ監督(パルプ・フィクションは高田のお好み)によるリメイクの話も作さんの仲立ちで進んでいたが、実現に至らなかったのは無念でならない。

 

宴会後の麻雀で、高田は有り金残らず作さんに持って行かれた。

何にしろ、自分が勝つまで止めないんだから。

 

 作さんとは七作品つきあったが、その脚本の打ち合わせも麻雀と同じで、その真剣勝負が、高田が体験した最悪の映画の事件になる。

 なお、前述の俊藤さんとの打ち合わせは、一九七二年の「緋ぢりめん博徒」(監督石井輝男)で実現したが、「藤純子は二人いなかった」、と言うのが結末です。


 

 何時のころからか、映画がつまらない、との声を耳にするようになった。

クレジットされる製作スタッフの脚本に監督の名があることが多いのが気になる。監督の中には、自分の言葉でしか映画を撮れない人がいて、高田の経験では、ひとりよがりで他者の意見に耳をかさない。学びのない仕事師は、間違いなく才能がしぼんで行く。

高田は「直しの作家」と言われるほど直すのが好きで、周囲から、口パクで喋る話が一番面白く、最初に活字にしたものは最悪で、三番煎じくらいが最高やと言われる。

 作家の中には直しを嫌がって強情をはる人もいるらしいが、他人の意見を聞いて自分のものとして消化する度量を持たないと、やけ酒を飲んで胃を壊して血を吐くようなことになりかねない。

 映画に限らず、どんな仕事でも同じやろう。

 深作欣二監督はホン(脚本)には厳しかったが、高田との仕事で脚本に手をつけたのは「復活の日」(一九八〇年)だけ。

 英語版をアメリカの作家と共同で書いたからで、他の六作品は話し合いはしたが、ほぼ、脚本通りに演出している。

 準備台本が出来ると、例の祇園の蛍の宿(事件五に登場)に一緒に泊まって、作さんは昼間はロケハン、夜は麻雀をしたり映画を見たりしながら打ち合わせになる。

 

楽しかった。

 

そうでない時もあった。


高田が面白い芝居やセリフを書くと手を叩いて喜んでくれた。

こじれると何も言わなくなる。

 

 実録ものは、モデルはあっても、そのままでは劇にならない。こっち(作り手)が手詰まりになると、にらみ合いになってしまう。

 

 極め付きは、実録やくざ映画の極北きょくほくとされ、今でも上映されると満席になる、一九七七年の「北陸代理戦争」で起こった。

 関西の人間は、北陸と言うと、福井、石川を思い浮かべる。冬は厳しく夜は長く、どの家にも、仏壇と花札はあると言われる土地柄。

 信仰心があつく、博奕を慰みにして遅い春を待つ。

 カニなどの漁業資源や温泉が豊かで金は動くから、関西系のヤクザに狙われる。

 立ち向かったのが、福井三国の「北陸の虎」と呼ばれるイケイケのヤクザ、川田(映画の役名)であった。

 

 脚本に取り掛かったものの、川田(松方弘樹)の妻きく(野川由美子)と弟隆士(地井武男)が敵味方になって対立する芝居が在り来たりで面白くない。

 撮影所の企画室で二人で徹夜で話し合って、結論が出ないまま、作さんはソファで寝てしまい、朝、高田がパンと牛乳を買って来て渡すと、食べてまた寝てしまった。

 

 麻雀で勝つまで止めない、しぶとさ。

 

 今回は主役の問題でいろいろあって、作さんに迷いがあるのが分かっていたから、監督を降りる、と言いかねない、心配もあった。

「仁義なき戦い」のあと、「新仁義なき戦い~」、と称するシリーズを3作出して、菅原文太に出演を拒否された。


「もう、飽いた」

 

それが理由とされるが、「仁義なき戦い」の演出、脚本に菅原文太が不満を漏らしていたのは事実で、日下部と橋本慶一プロデューサーが「トラック野郎」のロケ地の伊豆まで出向いて説得しようとしたが、門前払いを食わされ、二人で安宿でやけ酒を飲んだと聞いていた。

 日下部は二度と文太と仕事はしない。

作さんも口にはしないが同じ思いであったと思う。


「北陸代理戦争」の主演は松方弘樹に代わった。

 

意地でやる仕事。

高田としても。

 

企画室でもう三日、過ごしていた。


体力には自信のある高田もふらふら。ちょうど日曜日で、監督と脚本家が二人とも寝ているのを警備員が見たらどう思うか、

「監督と脚本家、心中ーー東映実録路線への絶望が原因かーー」(新聞の見出しが浮かぶ)。


われながらあほらしくなって、近くの大映通りでパチンコをした。


 うつろな目で、飛んではねるタマを見ていると、頭が朦朧として、シナリオの下調べで行った北陸の海が目に浮かんでくる………………。

 

取材で会った、北陸の虎、川田はかっこ良かった。

若い頃、よってたかって斬られ、河原にゴミのように捨てられた。

誰も見向きもしない、死を待たれている厄病神。

一人の女、ノブ(高橋洋子)が助ける。

今の夫人で、高田も会っている。

ヤクザのあね、と呼ばれる女性には何人も会ったが、らしくない、もの静かなひとであった。

 

 ほんものや。

 

 何が?

ドラマでは説明できない愛。

………人間をしばる、良識や欲望、そんなものを超えた愛を書こう………。

 

多分、その時、高田の脳裏には、ある劇とセリフが思い浮かんでいた。


「わて、ノブを見直したわぃね……あんな惚れ方もあるんやなァ……」

映画終盤で川田の妻、きく(野川由美子)が川田(松方)に言う。

 

妹ノブは自分を利用して川田を殺そうとした兄隆士を殺害した。

きく(野川)は川田の敵・関西の巨大組織の幹部の女になっている。


きく、ノブ、隆士。男女三姉弟妹の救いのない争い。


劇の処理には自信がある。

 

高田は企画室に戻った。

 

作さん、まだ、寝ている。

「作さん、弟を女に、野川の妹にしたらどうや?」

「それや!」

作さん、ハネ起きた。

眠っていなかった。

 

 これは高田のまぎれもない実録です。

あり得ない、ことが、あるのが、映像で表現する映画と言う芸術の不思議です。

作さんと眠りの中でも話し合いを続けていた。

何より、大事なことです。


弟を妹に。高田の性転換の離れワザを生かしてくれた、

高橋洋子さん、この人の芝居は「ほんもの」です。

 

一連の経緯は「映画の奈落ー北陸代理戦争事件ー」(著/伊藤彰彦、国書刊行会)に、詳しく書かれています。


 残念なことに、映画は不入りでね。

 「打ち込み」、と言う、一回目の上映に観客がどれほど来るかで結果が分かる。

 関西の主力上映館、梅田東映などのデータを見て、がっかりして撮影所の裏手の寮に戻る途中、山陰線のガードの下でばったり作さんに会った。

「おはようございます、作さん、映画やけどーー入り、残念ですね」

「高田君、俺たち、精一杯やったんだ、客をよべないのは、会社が悪い、気にすることない」

 サッサと行ってしまった。何故、そんな場所に作さんがいたのか分からない。

あてもなく、ただ、歩いていたのか。

 

 その後、

 モデルにした、北陸の虎、川田が、高田が書いたホンのとおりに射殺された。

現実の事件である。

こんなこと、世界中、どの映画にもないやろう。

唯一無二の映画の事件です。


高田は今思いだしても震えが来る。

 

作さんは二度と実録のやくざ、いな、ヤクザ映画は撮らなかった。


……事件から数か月後。

 かつてロケ隊が宿舎にした旅館に、作さんが一人訪れたらしい。

 製作進行係の東映社員がロケ中に旅館の娘さんと縁が出来て、婿養子になって後をついでいた。ただひとつのええ話や。


「親分の墓参りして、寄ってくれたんや。監督、縁側で、じっと、海を見てた、北陸の暗い海を、いつまでも………」

宿の新米の主人は、涙で言った。

 

作さんは、もう、この世にいない。

日下部も、

橋本さんも、

松方も、

そして、菅原文太も。


              つづく。

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