事件三 鯉の目刺し
事件三 鯉の目刺し
企画室の隅っこにデスクを貰い、脚本要員としての仕事は刷り上がって来た台本を製作部とか俳優部に配ることくらいで、電話番とかタクシーの手配とか雑用に追われ、それでも、たまに、ペラと呼ばれる二百字詰めの原稿用紙に作家の自筆で書かれた分厚いシナリオをプロデューサーから読んでみろと言われ、感想をのべると、真剣に受け答えしてくれる人もあって、少しづつ、プロへの道に近づく自覚はあった。
折から会社が好況の波にのって儲けを倍にしようと第二東映を立ち上げ配給番線を倍増したから、京撮で造る映画も一気に増え、監督も作家も足らなくなった。
高田の仕事も東京からくる作家の世話で外出が多く、プロデューサーの手が回らなくなると、飲食の相手や資料集めの手伝いをするようになり、ある時、企画部長から話があると言われ、いよいよ、シナリオの仕事が貰えるのかと張り切って会うと、
プロデューサーになれと言われた。
本社の許可も得た、業務命令である。
「断ったら?」
「本社に転勤させる」
話が違い過ぎる。
やめよう、本気で思った。
「北の御大が高田を気に入っておられる、たのむ」
日頃、威張りくさっている部長が頭を下げた。
市内北大路に邸宅があり、重役待遇、映画の始めにあるクレジットの名前の一カクを書き違えただけでクビなった人もいると聞いていた。
市川右太衛門、あの北大路欣也さんの厳父である。
気に入られた、その心当たり。
旗本退屈男が持ち役で、御大がシナリオに註文があるらしい。意見をうけたまわるので、メモをとれ、と、言われ、しぶしぶ、築山と池のある大邸宅にプロデューサーについて行った。
話を聞くうち、見せ場がほしい、と、
御大は立ち上がって大身の槍を持つ構えでエイャッ、と、ひと突きで池で泳ぐ七匹の鯉を刺し通す、
こんな芝居を入れたい。
「面白いですなあ、御大、それ、やりましょう」
プロデューサーは大げさな相づちで高田に目を向けた。
なんだか、あほらしくて、
「右太衛門先生、その鯉、七匹、全部、頭並べて刺されてるのですか?」
「なに?」
御大、ギョロ、と、大きい目で高田を睨んだ。
プロデューサー、青ざめている。
高田も、どうして、そんな問いをしたのか分からない、シナリオにしたら罪もない鯉を殺すことになる、可哀そうや、まあ、そんなところ。
「目刺しはみんな頭そろえて串にさされてます、きれいに」
「ウワッ、フアッ、フアッーー」
御大、豪快に笑った。
「君にまかせる」
監督の中川信夫さんはベテランの名手、高田にホンを書けと言ってくれた。
鯉の目刺しは書かなかったが、武士の意地で、倒した相手の子息を身分を伏せて鍛えてほんとうの仇を討たせる。大刀一閃、十人の敵を一瞬にして切り倒す、そんなスーパー剣豪ぶりもとり入れて御大を喜ばせた。
昭和三十七年の「稲妻峠の決闘」です。
プロデューサーの話はなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます