第37話 ドキドキ、王子様とワクワクデート(スバルサイド)



 数日後 正午前 駅前 ロータリー


 今日は待ちに待っていた王子様と公開デートの日。

 私は待ち合わせ場所で一時間前から、そわそわと手鏡でお化粧の最終チェック。

 王子様ってどんな人なんだろうね? ワイルドなオレさま系、もしくは優しい文化系、もしくはクールなツンデレ系。あああ、どれもいとおかし。

 私としてはいつも会話している通りの優しい人がいいなー。

 ちなみに王子様ファン仲間かすやんには今回の企画を打ち明けた。そのことでチャットを使い朝まで語ったから全く寝てない。ねむいー!


 緊張するなー。とうとう素顔が分かるのか。いやもしかして代理の他人とか、最悪、『あとで修正するのでそういった演技をしてください』と言われる可能性もなきしにあらずや。それはそれで気は楽になるが数日は寝込むかもしれない。

 それだけ楽しみだったんだ。


 悪い妄想も手伝って私は会う前から心臓の鼓動がレッドゾーンに突入している。胸に手を当てるとバグバグで最悪デスロックのリズムにまで達している。くろーの事で悩んでいた私は何処に隠れたの? などと思ってしまうぐらい頭の中は王子様一色なのだ。

 乙女は現金、意中の殿方より憧れの推し。例えば皆の恋人と言われているアイドル俳優が隣の席に座った途端に、失恋とかプロボースされた女の子も全てを忘れてしまうでしょう? それと同じなのよ。推しのパワーは。今だけはこの時間を大切にしたい。神様ありがとう。


 でもこれは浮気にならないだろうか? いやいやデートと言っても企画ものだから。放送部で流すから音声として残るみたいだし。

 今日は楽な格好で来てくれと放送部の通達で書いていたが、もしかしたら彼氏以上に気合いが入ってるかもしれない……。なにせ憧れの王子様だからね。


「お待たせしました加藤さん。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 ……分かっていたけど一人じゃないんだね。

 録音とか進行役の人も来ていた。


 それにやっと王子様の正体がわかるとワクワクしていたが、残念、帽子を深く被りマスクしてるので誰だか見当もつかない。もしかしたら替え玉ということもありうる。

 がっかりしたようなホッとしたような。でもどこかで見たことがあるような気もする。

 

 でも、その心配は杞憂、「ごめんね加藤さん。上層部の意向で顔出しNGなので申し訳ない。今日は恋愛相談とかはできる雰囲気じゃないけど、開き直って目一杯楽しもうね?」いつもスマホ越しで会話している王子様だった。よかった……。完全な赤の他人だったら帰るところだったよ。


「大丈夫ですよ。その方が緊張しなくて済みますし、今日は楽しくやりましょうね」

「ありがとうございます」


 メインとして頭を下げる。


 そこに今回の進行役の少女が、「こほん、今回の進行役、放送部の母里 多恵(モリ タエ)です。今日の企画ですがリスナーと王子様による擬似恋人デートとなっています。二人にはなるべく恋人として振る舞っていただきます。羨ましい……ではなくて、趣旨は王子様の恋人デートをリスナーに追体験。なので加藤さんは王子様のセリフに簡単でいいので返しをお願いすることになります。できれば気の利いたお返事が欲しいのですが、カタコトになってムードが壊れることもあるので、気負うこともなく相槌でも結構です」と私にデート進行のテキストと小型マイクを渡す。


「了解、母里さん」


 デートコースはもう決まっていて、王子様のセリフにもアドリブは一切ない。要は公開ラジオドラマのようなものだ。

 今回はデートの様子を記憶して、後でナレーションを付け加える。地の文に相当する箇所だね。


 三つ編み、おでこ、眼鏡と真面目キャラ全開の母里さんは無論制服。遊びではなくて部活で行ってることだとアピールする狙いらしい。そのお陰で結構浮いているだけどね……。


「では行こうか加藤さん」

「はい、王子様」


 私達二人が歩き出し、大分あとに母里さんが続く感じ。


「加藤さん、まだ普通に話してて大丈夫だからね。目的地についてからスタートだから」

「了解しました。結構緊張しますね?」

「実は僕もだよ。初めての試みだからね。いつも最前線で活動している本番に強い加藤さんが側にいるからなんとかなっている感じ」


 何だろうか、初めて一緒に歩くのにまるでいつも一緒にいたような安心感がある。この違和感は何なんだろうか?

 毎回モーニングコールで会話しているかだろうかね?


 初めてマイクや受話器を通さず王子様の生声を聞く。この時、電話通話で今までスルーしてきた疑問がおぼろげに現れてくる。


 透き通るオーシャンブルーボイス。

 何処かで聞いたことある声。とても安心するようなあったかいような懐かしいような。

 何なんだろうか、このデジャヴは?


「いやいや、王子様に比べて私なんて大したことないですよ。廃部寸前だった放送部をたった一人で抜本的な改革を行って立て直したんだから尊敬します」

「大したことはやってませんよ。蜂須賀先生に依頼されて僕のアイデアを伝えただけです。外部の人間じゃないと見えてこないビジョンもありますからね」

「なるほど、それは言えてますね」

「それよりも、今日はいつもより一段と綺麗ですね。どこかのお嬢様かと思いましたよ」

「そうですか、大したことはやってないのですが」


 嘘だ。相当気合を入れた。

 この日の為にわざわざ新調したレイス多めな白いワンピース、大きめの白い麦わら帽、白いハイヒール。相手が王子様だから、このぐらいやらないと釣り合いが取れないと思った。幾ら声だけの出演だとはいえ見えないところにもこだわりは必要だと思う。

 実際、王子様もシックにカジュアルに纏まっていて、ばっちり決まっている。大ファンのかすやんなら間違いなく抱きついていたであろう。


 今回は遠出はしない。近場で巡り学生達が普段行ってない場所も発掘できる商店街のPRも兼ねている。地域に貢献するとかでこのデートイベントのプランを上層部(先生)へ上げたときに納得させる為のエサだったとか。


「王子様もかっこいいですよ。とても似合ってます」


 ……………うん? いつより一段と綺麗? 今気づいた。


「ありがとうございます。相手がカリスマアイドルで有名な加藤さんなんで相当悩みました」

「ところで失礼は承知でお尋ねします。私達って初対面ですか? 何処かで会ったような気がするのですが」

「……初対面ですよ。加藤さんは元々矢面に立つ人なので僕は何度か見かけていますが、 直接の面識はないはずです」

「そうですか。親近感があったのでもしかすると思ったんです」


 気のせいか……。


「多分、電話で話しているせいだと思いますよ。なにせ一ヶ月間ずっとですからね」

「確かに気が付いたら私の生活の一部になってます。後半あたりは殆ど恋愛相談室でしたが。ご迷惑おかけしました」

「迷惑なんでとんでもない。とても楽しかったですよ」


 表情では見えないが声がはずみ目が笑っていた。

 そうか私の気のせいか。そうなのかな? 

 この背格好、話し方に言い回し、雰囲気というか安心感、どこかで見覚えがあるんだけど……。気のせいなのかな?

 というか、くろーも放送部だったよね。確か。しまったなんで今まで気づかなかったんだ⁉


 王子様なら何か良い情報持っているかもしれない。それとなく当たってみるかな?


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