第36話 まともな友達がいない私は平野会長に恋の相談をする。三人寄らばモンキーの浅知恵(スバルサイド)



◆ 


 数日後 午後二時 平野邸 



 本日は会長の家にお邪魔していた。

 相変わらずすごい豪邸だ。昔から続く名士の家だったらしく門構えから全て和風建築。庭は日本庭園ぽく池には錦鯉が泳いでいる。


 客間に通してもらった。十二畳ある和室、テーブルの上にはお茶と和菓子が出される。


「やあやあ二人ともよく来たね。楽にしてくれたまえ。今日は何用かな? おすすめの映画を持ってきてくれたとか?」

「えっと、何でしょうね。あははは」

「もちろんそれもありますけど、実は会長に相談があります」

「改まって何かな、織音君」


 映画好きの趣味と性格が合うのか会長は織音のことをとても可愛がってくれた。それはたまに泊まりに行ったりウチに泊まったりするほど。

 しまいには第二の姉として懐いていた。本物の姉としては遺憾だが、本人が喜んでいるので野暮なことは言わないようにしている。私自身も会長好きだしね。


「ちょっと、まだ心の準備が!?」

「実は姉が恋の病にかかってしまって重症なのです。ちゃんと来たるべきに心構えとか備えてなかったから……」

「なんと、気を落とすな。また新しい恋を探せばいい。命短し恋せよ乙女だ」

「ちょっと待て! それじゃ私がウイルスにかかってるみたいじゃん! しかも振られること前提かい!」


 似た者コンビにいいようにイジられる私。冗談で言ってるのは分かっていてもついツッコミたくなってくる。

 というか何を考えているんだ織音。敵の総本山に乗り込んでるようなもんだろう。しかもくろーを実の弟のように可愛がってるんだ。協力なんかしてくれるわけないじゃないか。


「女神会長、何かいいアドバイスはありませんかね。男の子と恋をしたこともないので力になってあげたいけど私は力不足です」

「悪いがその辺は私も同じだ。力を貸してあげたいが恋愛の情報源は織音君と一緒で映画経由だぞ」

「で、ですよね。じゃあ、そういうわけでおいとまします——あれ?」


 だけど織音が私の服を掴んで離さなかった。 まだ帰るつもりはないということか。


「三人寄らば文殊の知恵。私も姉もぼっちで親しい友達がいないのです。頼りになるのは友達付き合いをしてくれてる年長者の女神会長だけ。助けてください」


 頭を下げる織音。妹にだけさせるつもりはないので私も頭を下げた。

 織音が会長にこだわっていた。くろーをよく知る人物にして幼馴染み達のまとめ役。上手く味方に付ければ一気に状況を一変できると。


「仕方ないな、大したことはできないがアイデアだしぐらいなら付き合おう」

「ありがとうございます平野会長」

「ありがとう女神ちゃん!」


 その後私たちは話し合った。それに従い会長へ情報を提供。それは夕は暮れて夜まで続く。

 今はまだくろーのことは伏せている。情報開示にはまだ早い。会長もまさか私が好きになった相手が、自分が可愛がってる弟のことだと思わないだろう。


「——なるほどなるほど。好きなんだけど嫌われている、相手を振り向かせるためにはどうしたらいいか? ふむ、諦めろ。嫌いなものは嫌いなんだ。君は大ッキライなブラック珈琲を強要されても飲めないだろ? それと同じことだ」

「会長。それでは相談した意味がないです。何かいい手はありませんか?」

「女神ちゃん、お願い!」


 今は平野会長のご自宅で夕御飯を食べていた。会長はいつも家政婦さんが作ってくれたものを一人で食べているので、友達が家にいるととても嬉しいのだとか。なので今日も会長の家に泊まることになる。


「はぁ……ならば根気よく話しかけるとかどうだろうか。まあ私だったら幾ら話しかけられても興味のない輩だとウザいだけだけどな」


 会長は味噌汁を豪快に飲む。最近値段が高騰している焼き鮭の切り身を皮ごとパクり。骨とか一切気にしない。


「どこかで経験したことはあるから却下です」


 私は白米を食べている。おかずがいならないご飯。どんだけこだわっているんだというくらい美味い。未だにかまどで炊いているそうだ。家庭婦さんお疲れ様です。


「じゃあじゃあ、好きって言い続ける。でも嫌いな相手に告げられてもキモいだけだけどね」


 と妹は里芋の煮っころがしに入っている人参をどさくさ紛れに私の皿へ移す。なのでお返しというか報復処置として織音の大好物の茶わん蒸しを強奪。一瞬で平らげた。

 織音は腹いせに持参してきているマイ七味唐辛子をご飯にかけようとするも死守する。その様子を会長は爆笑して観察していた。


「あとは自宅に押しかけるとか。まーそこまでしたらただのストーカーだがな。はははっ」

「二人ともわざと言ってるでしょう? どれも却下です!」


 この人絶対に私がくろーの家へ毎日通っていたこと知っている……。

 作戦会議だから思ったことを口に出さないと先に進まないとは言え、作戦とは言うには稚拙すぎる。

 これでは三人集まってもモンキーの浅知恵だ。


「女神ちゃん、もっとフェイバリットホールドぽいのないですか? 一撃必殺みたいなやつ」

「じゃあ、後は既成事実か事後承諾しかないなぁ」

「え! 既成事実、事後承諾ですか!?」


 やばい単語が出てきて尻込みする私。夜這いは流石に処女にはレベルが高すぎるよ!


「ほうほう、それはいいですね。じゃあ、みんなの前で首筋を噛むはどうでしょうか、もしくは油性マジックで腹部に統星専用とか書き込むとか?」

「インパクト抜群だが会長としては認められない。大胆すぎる。そんなことしたら間違えなくギンちゃん……蜂須賀先生に連行されてお説教だぞ。代案として大衆の面前で抱きしめたらどうだ、あくまでも抱きしめるだけ」


 いやいや、それでも十分大胆なんですけどね。


「ありがとうございます。なんとなく彼にアタックするビジョンが見えてきました」

「女神ちゃんありがとうね。助かりましたよ。これであとは微調整して作戦に取り込ませてもらいます」


 お礼の品として織音厳選の映画コレクションを贈呈する。平野会長はとても嬉しそうだった。


「まー私は中立の立場を取らせてもらうよ。織音君も大事だが、北斗も大事なのでな。でも君なら私の弟を任せても大丈夫だろう」


 とニヤリと笑う会長。白い歯が輝く。


 最初から会長は分かっていたんだ。それでも私たちに力添えしてくれた。本当にいい人。

 

「あーそうだ、統星君。君へ渡しておかなければならないものがあった」

「何でしょうか」


 会長は一枚の紙を私に渡す。


「あれ? デート券?」

「放送部の企画でファン感謝祭。朗読の王子様との一日デート券だ。応募していたろ?」 

「当たった?」


 うそ! うそうそうそー⁉


「よかったねお姉ちゃん」

「ほぼ全学園の女子から選ばれたんだから大したものだ。これで息抜きでもしてこい」 


 いやいや、息抜きじゃなくてそれ拷問なんですけど〜〜。今は好きな人で頭いっぱいなのに、念願だった憧れの王子様とデートなんて、針のむしろをほふく前進して進むが如しっしょ。

 しかもこの前、変なこと相談したからそれ以後王子様と微妙な空気だしさー。


 平野会長の相談したのがきっかけで後の伝説になる、あの二学期始業式の惨劇に発展するとはこの時私達は誰も想像してなかった。





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