第六章 いうことをきかないぼくのうで ~先生強い!~

 予想外の方法で奇襲を受けたとはいえ、そこはさすが大陸随一の陸軍を持つフルミノールの近衛兵といったところか、ロッコ隊長を中心にすぐさま陣形を整え、混乱に乗じて襲ってきた敵の迎撃に転じた。

「きゃあ!」

「――せっ、先生!」

「あなたたちはわたしの近くにいて! 密集隊形! 頭下げて!」

 大混戦の中、ジュジュは生徒たちに声をかけ、同時に魔法の矢を四方に飛ばした。

「ぐあっ!」

「ぎゃあっ!?」

 聞き苦しい悲鳴を発する賊にとどめを刺す間も惜しんで、ジュジュは女生徒たちとともにこの場からの逃走をこころみた。周囲では近衛たちが賊と乱戦を繰り広げていたが、あいにくと彼らを気遣っている余裕はない。

「……無事に帰れたとしても、このぶんだと何人かは自主退学するかも。わたしの責任じゃないと思うんだけど」

 そんなぼやきをもらし、ジュジュは自嘲した。

 ジュジュが幼かった頃――フルミノールが王都陥落の窮地にあった頃は、貴族も平民も関係なく、剣戟の音と喊声が交錯する修羅場を逃げ惑うこともそう珍しくなかったが、戦後生まれの少女たちにそれをいっても始まらない。いくら陸軍学校ゼクソールでの成績がよかろうと、どこまで行っても彼女たちは貴族の娘であって、卒業後も戦場に立つことはないだろう。震えながらもジュジュについてこれているだけ立派だった。

 クリオとレティツィアという、今回連れてきた女生徒たちの中でもっとも実戦向きのふたりがここにいないのは、ほかの少女たちを守る上ではマイナスではあったが、アマユールの無事を確保するという意味ではよかったのかもしれない。

「できればあの子たちと合流したいけど――」

 少女たちに暗い色のマントをかぶらせ、ジュジュは南西に向かった。抜け目のないレティツィアがいっしょにいるのなら、夜の森の中でも、ボドルムを目指してこの方角へ向かって逃げているに違いない。

 一番年嵩の女生徒が、声をうわずらせて尋ねた。

「き、教官どの……襲ってきたのは昼間と同じ盗賊たちでしょうか?」

「その可能性もあるけど――わたしにもよく判らないわ」

 昼間の襲撃は、明らかにこの森を縄張りにしている盗賊たちによるものだった。この襲撃も――ジュジュが倒した連中の恰好を見るかぎり――やはり盗賊たちによるもののようだったが、ただ、奇襲の仕掛け方や、遠くから大量に矢を射かけるやり口は、最初の襲撃の時にはないものだった。それに、はっきりと確認できていないが、毛色の違う男たちが交じっているようにも見える。もしかすると、どこからか助っ人を連れてきたのかもしれない。

「――教官どの」

 低い男の声にジュジュが振り返ると、勢子せこの衣装を着た近衛が近づいてくる。ジュジュは目を凝らし、じっとその男の顔に見入った。

「あなたは――」

「お静かに」

 男――エルストンドは、唇の前に人差し指を立ててウインクすると、声色を変えて少女たちにいった。

「隊長たちが賊を足止めしている間に少しでも遠くへ逃げるんだ。後ろは私と教官どので見張っておくから、前方に注意して!」

「は、はいっ!」

 少女たちはエルストンドを完全に近衛のひとりだと思い込んでいる。いったんは姿を消したはずのエルストンドがこの局面でふたたび現れたことをいぶかしみ、ジュジュは小さな声で尋ねた。

「……どういう風の吹き回し? 確か昼間は、うっかり顔を見られたくないから手伝えないといっていた気がするけど」

「オレもそのつもりだったんですがね」

 夜営地からはかなり離れたつもりだが、まだあちこちで戦いは続いている。ばらばらに逃げ散った一行を賊たちが追撃しているのか、それとも隊長たちが態勢を立て直して反撃に転じているのか、そこまではジュジュにも判らない。だが、ジュジュもエルストンドも、油断なくあたりに気を配ることだけはやめなかった。

「……驚いたことに、帰り道で“聖母ステラ・マー”に出くわしましてね」

「え?」

「でまあ、無慈悲にもオレにこうおっしゃるわけですよ。“姉妹ソロール”ドルジェフを手伝え、地龍召喚ロゲ・ドラキスの真訣を見届けることなくクリオドゥーナ・バラウールが死ぬようなことがあれば、オレもあなたも命はない、とね」

「…………」

 ジュジュは闇の中で眉をひそめた。そんなジュジュの表情の変化にも気づかず、エルストンドは少し前を行く少女たちの後ろ姿を見やり

「そういうわけで、心ならずもこうして引き返してきたわけですが……くだんの大魔法士マージ・マヨールの娘はどちらに?」

「……ここにはいないわ」

「は?」

 今度はエルストンドがあからさまに眉をひそめていた。

「ま、まさか、もう――?」

「いえ、あの子は……アマユールさまを連れて先に馬で逃げたから」

「それじゃ……あなたはここで何をしてるんです?」

 怪訝そうに尋ねるエルストンドに、ジュジュは低く押し殺した声でいった。

「あなたがふだんどうしているのか知らないけど、わたしには教官としての顔もあるの。ここで教え子たちを見捨てていくことはできないから」

「そりゃあまあ……お気持ちは判りますがね。ですが、そもそも学長があなたに引率を任せたのだって、あの子を間近で観察するためだったんじゃないんですか? なのにこれじゃ意味がない」

「あの子に校内で目を光らせておくためには今の身分を守る必要もあるの。――だいたい、そう思うならあなたが行けばいいんじゃない? 今から追いつけるかどうかは判らないけど」

「いや、だってあの子、おそらく今もチャグハンナの連中に追われてるんですよね? それを、オレだけで……ですか?」

「あなた、位階クラッセは?」

 ジュジュはエルストンドが自分より下の立場の人間だと知っている。知っていてあえて尋ねたのは、エルストンドにそのことを強く意識させるためだった。

「……ここでそれを持ち出すのはズルくないですかね?」

「どちらがゆずるかを決める一番単純な方法――」

 思わず声を大にしかけたジュジュは、遠くから聞こえてくる金属音に気づいて口を閉ざした。

「きょ、教官どの――」

 前を歩いていた少女が立ち止まり、ジュジュを振り返った。

「誰か戦っているようです。わりと近くで――」

「ドルジェフ教官、あちらを」

 生真面目そうな声色を作り、エルストンドが闇の彼方を指差す。その方角にほのかな、ほんの小さな明かりがともっている。それが断続的にちらついて見えるのは、その明かりの近くで何かが動いているせいだろう。

「……先に逃げたあの子たちという可能性は?」

「あり……えると思います」

 エルストンドと顔を見合わせ、ジュジュは小さくうなずいた。夜営地からさほど離れていないこの場所で、ジュジュたちともあの賊とも無関係の第三者が争っているとは考えられない。

 ジュジュは腰から下げた剣の柄に手を置き、少女たちにいい含めた。

「あなたたちはしばらくここで待っていて。わたしとこっちの近衛の兵隊さんで様子を見てくるから」

「教官どの……」

「気をつけてくださいね!」

「ええ」

 少女たちに見送られ、ジュジュはエルストンドとともに明かりのほうへ急いだ。

「――――」

 遠目にちらついて見えていたのは、地面に転がっていたランタンだった。そのすぐ近くで、見覚えのある少女が数人の男たちを相手に戦っている。しかし、状況は明らかに少女側が不利だった。剣を持っている男が三人に、少し離れたところには弓を持った男がひとりという単純な数の差に加えて、少女はあちこちに無数の傷を負っている。

「ロゼリーニさん!」

 男たちの注意を分散させるため、ジュジュはわざと大きな声を出した。

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