第四章 狩りの始まり ~三本足の蜜蜂?~
「厳密にいうと、ユーくんはわたしの従者じゃなくて、ウチの屋敷ではたらいてたばあやの孫なの。で、わたしもユーくんも同じ頃に生まれて、同じ頃に母親を亡くしたから、ふたりいっしょにばあやに育てられたんだよね。要するに姉弟同然ていうか、幼馴染みっていうか」
「ふーん。……じゃあ、クリオの従者でないのなら、わたしがユーリックを雇ってもいいわけか」
「は?」
「平民出身とはいえ、ユーリックは頭もいいし礼儀作法もカンペキのようだし、落ち着きがあって弁も立つ。何より強いだろう? ああいう頼もしい男がそばにいてくれると何かと心強いからな」
「ちょ、ダメ! レッチーだけじゃなくてあなたでもダメだから! 引き抜き禁止!」
「あわわわわ……!」
クリオは手綱を手放してアマユールの頭を掴み、がくがくと揺さぶった。
「ユーくんはわたしと一心同体! 一蓮托生! なの!」
クリオが慌ててユーリックの手足のことを説明すると、アマユールは珍しく真面目な表情を見せた。
「そのことはあの男から聞いて知ってる。だから、クリオもいっしょにわたしのところに来ないか?」
「え?」
「……あれでなかなかばあやは宮中に顔が利く。そこでばあやからな、ゆうべ聞いたのだ。クリオと陛下の賭けの話」
「…………」
「もしクリオが
「こら!」
「むびゅ」
クリオは少女の口をふさいでそのセリフをさえぎった。
「今から失敗した時のことなんか考えたって仕方ないでしょ? ってゆ~か、わたしは首席で卒業するの! 絶対!」
この旅に出る前、自分が進もうとしている道が本当に正しいのかどうか確信が持てず、ユーリック相手に弱音を吐いたクリオだけど、でも、ここは気弱さを見せちゃいけない気がした。まだ子供なのに異国に嫁がなければならなくなったことで、今すでに心細い思いをしているはずのアマユールに、年上の自分が気を遣わせるなんてありえない。
「――まあ、未来の駆龍侯をそばに置いておきたいっていうあなたの気持ちも判るけどね。でもわたしを家臣とかに持ちたいなら、あなたがかな~り偉くならないと無理じゃない? 駆龍侯はリュシアン三世の臣下なんだから」
「む……いわれてみればそうだな」
「でしょ?」
周りの大人たちは、みんな神経をとがらせてぴりぴりしていた。アマユールを守らなきゃいけないという使命感と緊張感があるから、そうなるのも判る。そんな近衛の兵士たちからすれば、周りを守られているアマユールとクリオが呑気にきゃっきゃしているのは、もしかすると腹立たしいことなのかもしれない。
だけど、せめてこの道中くらいは、アマユールをいつも笑顔でいさせてやりたい。クリオはアマユールを背後から抱き締め、その口にそっとクッキーを押し込んであげた。
☆
ジュジュ・ドルジェフが一行の最後尾につくことになったのは、ロッコ隊長が彼女の魔法の腕と、有事に際しての冷静沈着ぶりを高く評価したからだった。彼女が一時期軍にいたということも、その判断を後押ししたのだろう。がしかし、それら以上に決め手となったのは、おおよそ大半の男性に好意を持たれるであろうジュジュの、にこやかな微笑みであったに違いない。
昼下がりの森の中を行く一行は、静かな緊張感に支配されている。一度ああいう襲撃があった以上、そうなるのも必然かもしれない。ただ、それでも当のアマユールがあっけらかんとしているのは、彼女の生来の明るさゆえか、あるいはそばにいるクリオのおかげか、はたまた単なる空元気か。
「…………」
思案顔でゆったりと馬を進めていたジュジュは、いつの間にか自分の斜め後ろに猫背の男がいることに気づいた。みんなとおなじ勢子の衣装を身にまとっているものの、奇妙な――ジュジュにもうまく説明できない違和感がある。ジュジュは目を細め、右手を手綱から放した。
「ようやく追いつきましたよ」
ジュジュが光の矢を放とうとする寸前、男が帽子を軽く浮かせてジュジュにあいさつした。
「――モドリコ商会のエルストンドと申します」
「モドリコ商会?」
ゼクソールの大食堂に食材を納入している業者の名前を思い出したジュジュだったが、ならばなおのこと、そこの人間が近衛のふりをしてここまでやって来るというのがよく判らない。そもそも商人というわりにはどこか下卑た雰囲気を感じる。むしろ詐欺師と名乗ってもらったほうがすんなり納得できるような男だった。
「ま、いかにも怪しいとお思いでしょうが」
ジュジュの警戒心が透けていたのか、男はそんなことをいいながら、馬の鞍から下げていたバッグに手を突っ込み、小さな青いリンゴを取り出した。
「まさか……あなたが“
青リンゴをかじる男にジュジュがいぶかしげに聞き返すと、男は小さくうなずいた。
「そんなふうに呼ばれることもありますが……ま、オレがきょうここに来たのはモーズ学長からドルジェフ教官への伝言を伝えるためでしてね」
「伝言?」
「花嫁を狙ってさっそくアフルワーズが動き出してるんですよ。学長にそのことをお伝えしたところ、大宰相と
いいながら、エルストンドはひょいと背を伸ばし、
「……ひょっとして、すでに何かひと波乱あったあとですかい?」
「ええ。でも、襲ってきたのはどう見ても下品な盗賊たちでしたよ? すぐに追い散らしましたし……」
「それは何より。――ですがね、アフルワーズが送り込んできたのは汚れ仕事専門のチャグハンナ、森を抜ける前にかならずどこかで仕掛けてくるでしょうよ」
「チャグハンナ……今の頭領は確か女だと聞いているけど」
「へえ、そいつはオレも知りませんでした。さすがはお師匠さまの覚えめでたい“
「…………」
ジュジュが軽く睨むと、エルストンドは首をすくめて帽子を目深にかぶり直した。
「いやまあ、余計なことをついつい口にしちまうのがオレの悪い癖でして……」
「そんな人間に伝言を頼むなんて、学長もよほど切羽詰まっていたんですね」
「ま、それだけ厄介な話だってことでしてね。どのみち引き返すって選択肢はないんでしょう?」
「たぶん」
「チャグハンナは手強い連中だって聞いてますが、ま、“
無責任なことをいうエルストンドをもう一度睨みつける。その視線に気づいたエルストンドは慌てて口を押さえ、
「……本来ならオレもここに残ってドルジェフ女史をお手伝いするのがスジなんでしょうが、あいにく、顔を覚えられるとのちのち面倒なことになりそうなんでね」
「それ以前の問題でしょう? この一行がチャグハンナに狙われているだなんて、たとえわたしが隊長さんに注進したとしても信じてもらえそうにないのに、いかにも怪しげなあなたがのこのこ出ていったところで、話を聞いてもらうどころか曲者と騒がれるのがオチなのでは?」
「こりゃまた手厳しい――」
「れっきとした証拠がないかぎり、今の段階では隊長さんには何も伝えられませんよ。わたしにできるのはせいぜい注意をおこたらないようにするくらいですね」
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