第四章 狩りの始まり ~馬が足りない!~


          ☆


 現場に残されていた賊の遺体は全部で一七あった。さすがにそのまま放置していくわけにもいかず、ロッコ隊長やジュジュたちが話し合った末に選んだのは、クリオとユーリックに大きな穴を掘らせてひとまず埋めておくという選択肢だった。

「……これ、熊とか来たら簡単に掘り返されちゃうんじゃない?」

「といっても、今はこれ以上の弔いは無理ですし、仕方ないでしょう」

 ユーリックが深い穴を掘り、賊の遺体を無造作に放り込んだところへ、クリオがあからさまに嫌そうな顔で土を盛っていく――といっても、クリオはただ板状のゴーレムを作ってそれで穴をふさいでいくだけだった。ユーリックとしては、クリオにはあまりこういう仕事はさせたくはない。ただ、状況からすれば仕方のないことでもある。

 近くにほかの人間がいないのを確認し、ユーリックはいった。

「馬車を押し潰したあの大木ですが」

「ん? あ、さっき倒れてきたあのでっかい木?」

「はい。少し調べてみたのですが、ある程度まで切り込みを入れておいて、ひと押しすれば倒れるように準備してあったようです。……つまり、先刻の賊は、森の中で偶然我々を発見して襲いかかってきたわけではない可能性があります」

「……要するに、わたしたちがここを通るのを待ち伏せていたってこと?」

「はい」

 クリオがふたをした上から巨大なてのひらで土を押し固め、力仕事に使ったゴーレムの両腕も土に還せば、それですべての作業は終わる。軽く溜息をつき、ユーリックはあたりを見回した。

「ただ、そのわりには詰めが甘いというか、あきらめが早かったのが気になりますが」

「何だろ? こっちがほんとにただの狩人の集団だとでも思ってたのかな?」

「その可能性もありますが……」

 再出発の準備にかかっている一行のもとへ戻る途中、クリオがユーリックに尋ねた。

「でもこれ、もういったん都に戻ったほうがよくない? そもそもの話さ、大事な花嫁を送っていくのに、たった五〇人ぽっちの護衛しかつけなかったことに無理があったんだって」

「戻るかどうかを判断するのは隊長ですが……たぶん、戻ることはないでしょう」

「え? この状況でまだ引き返さないとかあるの?」

「両国の友好関係を推し進めるためには、何があろうとアマユールさまをボドルムにお連れしなければならないでしょうし、ある程度の危険は織り込みずみだと思います」

「いや、だってこっちはそういうことぜんっぜん聞かされてなかったでしょ? ユーくん、それ知ってたらそれでもわたしに参加しろっていった?」

「いえ」

 ユーリックは即答した。クリオに無用の危険がおよぶと判っていれば、何かそれらしい理由をつけて辞退していただろう。たとえレティツィアが参加すると知っていても、クリオの身の安全には代えがたい。

「お嬢さまはいかがです? 今からでも都に引き返したいとお考えですか?」

「わたしは――わたしがどうのっていうより、あの子のことが心配だから、できることならアマユールを連れて戻りたいけど」

 アマユールの境遇を知れば、やさしいクリオはアマユールに肩入れしてしまう。だからクリオがそう答えることはほぼ予想できていた。

「だいたいさ、何が起こるか判らない森の奥を行くんだから、最初からもっとたくさん護衛つけて、替え馬も充分に用意しておけばよかったのに――」

「それができないからこその小細工でしょう」

「何ができないわけ?」

「そのようなやり方では、両国間の緊張感をいたずらに増すだけです」

 酷使したガントレットの具合を確認しながら、ユーリックは説明した。

「――ゆうべテントが同じだった近衛のかたからお聞きしたのですが、前の戦争で軍人たちが大きな発言力を得たことで、ボドルム軍には親アフルワーズ派の人間が多いということです。つまりボドルム国内では、我が国と結ぼうとする廷臣たちと、アフルワーズに味方しようとする軍部が、暗に対立を続けているのだとか……」

「ボドルム軍はどっちかというと敵ってこと?」

「大雑把にいえばそういうことです。ですから、もしアマユールさま護衛の名目で我が国の軍隊が国境周辺に現れたら、これさいわいと、ボドルムの軍部も動き出すかもしれません」

「え? そ、そのくらいのことで?」

「ええ。彼らからすれば、アフルワーズと組んだまま我が国と睨み合っていたほうが、自分たちの既得権益を守りやすいわけですから」

 ボドルム軍内の親アフルワーズ派がこの婚礼の件を察知すれば、あえて大仰に軍を動かし、騒ぎを大きくしようとする可能性もある。フルミノールと干戈を交えようとまではしないまでも、いまだ線引きが明確ではない国境地帯で睨み合うくらいの事態に発展すれば、アマユールの輿入れどころの話ではなくなるだろう。

「……そのためこの一行は、ごく小規模で、しかも実態が近衛軍であることを悟られないように行動しなければならなかったのです」

「バラウールさん! ドゼーくん!」

 戻ってきたユーリックたちに気づいて、レティツィアが手を振っていた。

「どうしたの? もう出発するんでしょ?」

「それはそうなんだけど、何しろ馬車がね……」

 先刻の襲撃で、さいわいにもこちら側に死者は出なかった。ただ、負傷者ゼロというわけにはいかなかったし、馬車も破壊されてしまった。何より厄介なのは、乱戦の中でかなりの数の馬が逃げ散ってしまったことだろう。馬の疲労が気にはなるが、ここは一部の馬にふたりで相乗りしていくことでしのぐしかない。

「そ、それならわたしはバラウール卿の馬に乗っていくことにする!」

 額をつき合わせて今後のことを話し合っている大人たちの間をすり抜け、アマユールがクリオのところに走ってきた。

「は!? ですがおひいさま――」

 案の定、カルデロン夫人が少女の思いつきに渋い表情を見せたが、アマユールは引こうとしなかった。

「馬の数が減った上に馬車が使えなくなったのだから仕方ないと、ロッコ隊長もいっていたであろう? 別にばあやに手綱を取れといっているわけでもなし……まあ、別にわたしはそれでもよいのだぞ?」

「そ、それは……しかしおひいさま、警護の都合というものもあります。ね、ねえ、隊長さん? そうですわよね?」

「は? いや……」

「ねえ夫人」

 隊長が逡巡の色を見せたところに入ってきたのはジュジュだった。

「夫人のご懸念も判りますけど、ここはアマユールさまのおっしゃる通り、バラウールさんの馬に乗せてもらっていくほうが安全ではありません?」

「先生まで何をおっしゃるのですか!?」

「冷静にお考えください。もしまた賊による襲撃があった場合、咄嗟にアマユールさまをお守りするのであれば、すぐそばにバラウールさんがいるほうが安心じゃありませんか? 先ほどご覧になった通り、彼女ならすぐにアマユールさまを小さな砦の中に隠してお守りできますし」

「そっ、それは……そのような事態になる前に、近衛のかたがたが賊を捕らえてくださればよいだけのことではありませんの!?」

「無論、そうできるよう最大限の努力はいたしますが――」

 ロッコ隊長は言葉のお尻を溜息で長く伸ばし、ジュジュとふたりで夫人の説得にかかった。

「まったく……ガミガミ夫人、ぜんぜん現実見えてないねえ。わたしも世間知らずだとは思うけどさ」

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