第四章 狩りの始まり ~悪党の末路~




 森の奥の泉のそばで、バグリオーニは安い酒をあおって荒れていた。太い二の腕には何かでこすってできたような血のにじみが残っている。

「……おい、いったい何人やられた? 戻ってこねえのは何人いる?」

「正確な数は判りやせんが、だいたい一五、六人はやられちまったんじゃねぇかと――」

 おずおずと答えた男も肩口から血を流していた。一〇〇人ほどいる手下のうちの一割以上が死に、負傷した者は少なくともその倍はいる。バグリオーニたちのいつもの“仕事”であれば、この結果は最悪というべき失態なのかもしれない。

「くそっ、ありえねえ! あいつらどう考えても素人じゃねえぞ!」

 酒の入った革袋を投げ捨てたバグリオーニは、腰から引き抜いた剣を見てまた荒れた。その切っ先は見事に欠け、あちこちゆがんでいる。

「――おまけに何なんだ、あの小僧!? 馬鹿力にもほどがあんだろうがよ! 鋼の剣をへし折るとかありえねェっての!」

 勝手知ったるこの森の中で、しかもこれだけの数の差があれば、ふだんのバグリオーニ一党ならまたたく間に獲物をねじ伏せ、今頃は戦利品といっしょに意気揚々と根城に戻っていたに違いない。その目算が大きくはずれたのは、当の獲物がバグリオーニの予想よりもはるかに手強く、加えて奇妙な少年たちまで交じっていたからだろう。

 折れた剣を投げ捨てたバグリオーニは、泉の水で顔を洗って深呼吸した。

「……なりはともかく、連中、中身は軍隊だったぞ。いったいどういうこった?」

「そ、そうなんですか? でもあの恰好は――」

勢子せこの衣装なんぞ着てたってこっちはごまかされねェよ。俺だって若い頃にはボドルムの軍にいたんだ。ちょいと戦ってみりゃあ、相手が正規の戦闘訓練を受けているかどうかくらいはすぐに判る。あの動きはどう見たって軍人だ」

「それじゃああいつらは、フルミノール軍の人間てことですかい?」

「ど、どうします? 連中、まだ近くにいると思いますが――」

「知るかよ!」

 大雑把に顔をぬぐい、バグリオーニは吐き捨てた。

「……そこそこ死人は出ちまったが、たとえここで手を引いたとしても、前金代わりの宝石だけで充分にまだ黒字だ。あいつらがこの森を抜けてえってんならおとなしく通してやらあ。割に合うかってんだよ、こんな仕事」

 頭領のその言葉に、周囲にいた男たちの顔にも安堵の色が広がっていく。もう一度あの一行に仕掛ける気力はすでにないようだった。

「……あれは駄目だ。意外に肝が小さい男ですな」

「討伐軍も来ないような森の奥で、小規模の隊商を襲ってちまちま稼いでる程度の男さ、仕方ねーよ」

 バムサウドと顔を見合わせて冷たく笑ったシャルタトレスは、樹上に忍んでいた仲間たちに軽い手ぶりで指示を出すと、音もなくバグリオーニの目の前に飛び下りた。

「うおぁ!?」

「え――」

 突然のことに驚いているバグリオーニに、シャルタトレスはそこに転がっている折れた剣を掴んでいい放った。

「もったいねーな。折れてもまだ使い道はあんだろ? ――役立たずを始末するとかよ」

「てめ――っ!?」

 数秒遅れで立ち上がろうとした男ののどに、逆手に持った剣を突き立てる。あまりの反応の鈍さに、ついついまた笑みがもれてしまった。

「おご、ぼっ……」

 ちょうど鎖骨のつなぎ目のあたりに、切っ先の折れた剣を強引にねじ込むと、バグリオーニは奇妙な呻き声をもらして仰向けに倒れた。

「おっ、お頭!?」

 いきなりリーダーを殺害された盗賊たちの間に、ふたたび動揺が走った。

「迂闊に動くな。……それともテメーら、後追いするほどこいつに恩があるのか?」

 浮き足立つ盗賊たちをゆっくりと振り返り、シャルタトレスはいった。

「――要するにテメーらは、真っ当にはたらかずに人サマの稼ぎをかっさらって楽に暮らしてェんだろ? なら誰がアタマだってかまわねーんだよな? この腰抜け野郎じゃなくてもいいんだよな?」

 すでにその時には、バムサウドやシャハラニ、そのほかの仲間たちも地上に下り立ち、剣を抜いて盗賊たちを取り囲んでいた。人数でいえば盗賊たちのほうがまだはるかに多いのに、それでも誰ひとりとしてシャルタトレスの言葉に反論もせず、剣を取って立ち上がりすらしないのは、精神的に完全に呑まれてしまっているからだろう。

 まさに烏合の衆――だがそれだけに、まだ使い道はある。バグリオーニの折れた剣と同じように。

 シャルタトレスはバグリオーニの懐にあった宝石の袋を開くと、その中身を掴み出してばらまいた。

「テメーらの元頭領とくらべてアタシは気前がいいんだ。まずは取っときな!」

「お、おお……!」

 怪我をした者も、無傷の者も、頭上から降りそそぐ小粒の宝石のきらめきを目にして、ふっと我に返ったように動き出した。全員がその場にしゃがみ込み、地面に転がった宝石を我先にとかき集めていく。

 それを冷ややかに見つめ、シャルタトレスは続けた。

「テメーらの根城にこいつが貯め込んでたお宝も、帰ったらテメーらにちゃんと分けあたえてやる! アタシらの目的はお宝じゃねーからよ。……その代わり、テメーらは今からアタシのいうことを聞くんだ。いいな?」

 そういって、シャルタトレスはバグリオーニの骸を泉に蹴落とした。その派手な水音が盗賊たちの動きを束の間停止させ、その視線を褐色の肌の女狩人へと向けさせる。

「……今度はアタシが仕切る。さっきテメーらが討ちもらした連中を今度こそ始末するんだ。うまくいったら最初からの約束通り、今くれてやったような宝石をさらに一〇袋ぶんくれてやるよ。もう一度いうが、アタシは気前がいいからね」

 その言葉を聞いて、盗賊たちは無言でかくかくとうなずいた。結局、人より獣に近いこの手の連中は、欲望に忠実であろうとすることに躊躇なく、そして自分より強い者には素直にしたがうものなのである。

「……しかし、本当に役に立ちますかね?」

 剣を鞘に納めながら、バムサウドがシャルタトレスに歩み寄って声をかけた。

「最初の襲撃で馬の数を減らすぐらいのことしかできなかった連中ですよ?」

「それで充分だろ。最初からそれほど期待してねーし」

 宝石集めに血道を上げている安っぽい盗賊たちを、シャルタトレスは冷笑とともに見つめている。

「……予想してたとはいえ、案の定、一行を護衛してたのはフルミノールの近衛だ。何だかんだでケチな盗賊ごときじゃ相手にならねー。それがはっきりしただけでもひと当たりさせた甲斐はあんだろ」

「それはそうですが……一行に交じっていた子供たちが気になります」

「ありゃあ魔法士マージだな。だが、法兵にしては若すぎるし、何だったら周りの近衛より厄介そうだが――いざとなりゃアタシがブチ抜くさ」

「それをいい出したら、そもそもさっきの襲撃の時に、お目当てのお嬢さまを始末しちまえばよかったんじゃないっすか? そうすりゃこんなやつらに宝石をばらまかなくたって……」

「テメーはやっぱりアタマが悪いな、シャハラニ」

「は? どういうことっすか?」

「始末も何も、そもそもこっちは、そのお嬢さまの顔を知らなかっただろーが。……ま、さっきので顔も確認できたし、次にチャンスがあれば狙ってやるよ」

 背負っていた弓を手に取り、シャルタトレスはその弦を指ではじいて鳴らした。

「――その前に、テメーは今度こそ鹿を獲ってこい。ただし、生け捕りでな」

「はぁ? 何で今――」

「必要だからに決まってんだろ。……バムサウド、薬は持ってきてんだろうな?」

「抜かりはありません」

 軽く頭を下げたバムサウドは、懐から小さな革袋を取り出してシャルタトレスにしめした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る