第三章 謀略の森 ~即席の砦に籠もれ!~

「なっ、何なの、こいつら――」

 男たちが身につけている武器や防具はどれもちぐはぐで統一感がない。ただひとつ共通しているのは、みんないかにも不潔で粗暴そう、なおかつ野蛮そうだということだった。こんな男たちに捕まったりしたら――と、最悪な想像をしたのはきっとクリオだけじゃないだろう。

 小さく身震いしたクリオの手を、その時、ユーリックの大きな手が掴んだ。

「お嬢さま」

「ユーくん――」

「少しばかり大暴れしてまいりますので、先払いをお願いできますか? それと、“魔拳召喚マーノ・ヘカテス”の準備も」

「それはいいけど……大暴れなのに少しばかり?」

 恐怖のせいでこわばりかけていたクリオの心がユーリックの言葉でほぐれていく。この少年といっしょにいるかぎり、自分は大丈夫――そのことを思い出したクリオは、ユーリックの手にうながされるまま、少年の額の六芒星に人差し指を押し当てた。

「――――」

「それでは先に行きます。お嬢さまもお気をつけて」

 視覚記憶の還流にわずかなめまいを起こしかけたクリオの肩を叩き、ユーリックは飛び出した。

 すでにあちこちで、謎の賊たちとそれを迎え撃つ近衛兵たちとの乱戦が始まっていた。でも、練度でいえばかなり高いはずの近衛がならず者たちを相手に苦戦しているように見えるのは、たぶん、ロッコ隊長の指示がないままに戦いに入ったからだろう。

 その中に突っ込んでいったユーリックを見て、レティツィアも剣を抜いて追いかけようとしたけど、クリオは咄嗟にそれを引き留めた。

「!? なぜ止めるの!?」

「ユーくんなら大丈夫だから、レッチーはここでちょっとわたしを守ってて」

「何をいっているの!? 彼をひとりで行かせるなんて――」

「ひとりで行かせないためにそうしてっていってるの!」

「バラウールさん、それはわたしが引き受けるから、ロゼリーニさんには好きにやらせてあげて。そのほうが彼女の性格にも合っていると思うから」

 そう声をかけてきたのはジュジュ先生だった。観兵式の時の騒動でも思ったけど、ふだんほわっとしていてとても軍人には向いていないように見えるこの女教官は、実際にはやたら肝が据わっているし、頼りになる。実際、浮き足立っている近衛兵たちよりよっぽど落ち着いていて冷静だった。

「――とにかく急いで、バラウールさん! ロゼリーニさんも!」

「ありがとうございます、教官どの!」

 ジュジュ先生の許可をもらって走り出すレティツィア。クリオと違って人並み以上に剣が使えるレティツィアなら、さほど心配はいらないのかもしれない。

「さあ、お願い。バラウールさん。……いっておくけど、アマユールさまたちの安全を確保するのが最優先よ?」

「判ってます」

「な、何をするのだ、クリオ?」

「まずはあなたたちを守るためのちっちゃな砦をね」

 ジュジュ先生と先輩たちが周囲を警戒してくれている間に、クリオは両手をひらめかせ、しっかりと抱き合うアマユールとガミガミ夫人の足元に光の魔法陣を描き出した。

「こ、これは……!」

「ちょっと暗くてせまいけど、しばらくがまんしてね?」

 軽いウインクとともに少女に詫びたクリオは、アマユールたちの周囲に六枚の壁をそそり立たせた。

「うおっ!?」

 相変わらず女の子らしくないアマユールの驚きの声が、石壁に反響して妙にくぐもって聞こえる。クリオが土を材料として生み出した六体の板状のゴーレムは、大雑把にいえば天に鋭角を向けた二等辺三角形で、厚みは図書館にあるどんな辞典よりもさらに厚く、しかも二階家の屋根よりも高い。それらが組み合わさってできた六角錐は、たとえ暴れ馬がぶつかってきたとしてもびくともしないだろう。

「な、ま、真っ暗で何も見えないぞ! クリオ! は、早く、こっ、ここから出せ! 出してくれ!」

 六角錐の内側から、アマユールが石壁を叩きながらわめく声が響いてくる。クリオは外から壁を叩き返し、

「あなたたちを守るために入ってもらったんだから、すぐに出したら意味ないでしょ? もう子供じゃないっていうなら暗くたって怖くないだろうし、ちょっと静かにしてて!」

「お、おい――」

 少女の泣き言はそこでいったん無視し、クリオはすぐさま次の作業に取りかかった。さっき使ったものとはまた別の魔法陣を描き、空を見上げて叫ぶ。

「ユーくん、四つくらいでいい!?」

「充分です!」

 どこかからかユーリックの声が返ってくる。クリオは作ったばかりの魔法陣からユーリックの“腕”を倍くらいのサイズにしたものを左右ふたつずつ生み出し、声が聞こえたほうへと飛ばした。

「――あとは任せたから!」

 四つの腕の制御はユーリックに引き渡し、クリオは静かに息を吐き出した。

 アマユールたちが立て籠る即席の砦を維持しつつ、さらに自分の身を守るための魔力も確保しておくためには、ユーリックに託せる腕はあれが限界だろう。やろうと思えばもっと腕を増やせるけど、無理をして砦が壊れてしまったら元も子もないし、何よりユーリックが身につけている手足まで失いかねない。そうならないよう加減しながら魔力を使うのは、思いのほか気疲れする作業だった。

「大丈夫、バラウールさん?」

 膝に手を当てる姿勢で呼吸を整えているクリオに、ジュジュがそっと寄り添った。

「……かなり消耗する魔法のようね、それ?」

「まあ、多少は疲れますけど大丈夫です。むしろ後先考えずに派手にやるほうが気が楽っていうか……細かい加減とか小細工が苦手なんです、わたし」

 疲労を認める、イコール自分の未熟さを認めるようで悔しかったけど、事実だから仕方がない。本来ならマーノ・ヘカテスだって、ユーリックの手を借りずにクリオひとりで完成、完結させなきゃいけない魔法なのである。実際、クリオの父はひとりで数十本の腕を召喚し、クリオが逃がしてしまった鶏たちを傷つけずに捕獲してのけたこともあった。それだけの数の腕を同時にあやつり、繊細で正確な作業を平然とさせていた父とくらべると、クリオがまだまだ未熟なのは間違いない。

「とりあえず、あなたはアマユールさまたちをお守りすることに専念して」

 ジュジュ先生はクリオやほかの先輩たちの前に進み出ると、両手の指先にともした光を矢に変えて次々に飛ばし、攻め寄せてくる男たちを次々に撃退し始めた。ゼクソールの法兵科スージェ・マジーリで教鞭を執るだけあって、さすがの腕前である。

 一方、ユーリックが走っていったほうでは、耳汚い男たちの悲鳴が断続的にあがっている。ただでさえ人間離れした剛腕を持つユーリックに、今はさらに四本の巨大な腕がおまけでついているんだから、負ける要素はどこにもない。

「アマユールさま! カルデロン夫人!」

 やがて、倒木によって分断されていたロッコ隊長たちが駆けつけてきたのをきっかけに、明らかに潮目が変わった。雑然とした乱戦ならともかく、統制さえ取れれば、大陸屈指の陸軍を持つフルミノールの正規兵が、集団戦で賊ごときに後れを取るはずもない。一気に旗色が悪くなった賊たちは、それこそ潮が引いていくように森の奥の薄闇の中に消えていった。

「深追いはするな! アマユールさまをお守りするのが我々の……は? こ、これは何だ? アマユールさまはどちらに――」

 クリオの作った六角錐に気づき、ロッコ隊長は慌ててあたりを見回した。

「ちょっと待ってください、ふたりならここに――」

 クリオが六角錐を形成していた石壁をもとの土塊に戻すと、その中から傷ひとつないアマユールとガミガミ夫人が現れた。ただ、その表情はどちらも渋い。

「…………」

 頭から大量の土をかぶるはめになったアマユールは、じとりとしたまなざしでクリオを見据えた。

「……これもそなたの仕業か、クリオ?」

「そっ、ま、まあ……非常事態だったし、不可抗力じゃない、この場合? ほら、キレイキレイ」

 少女の頭や肩に乗った土を払いのけ、クリオは取りつくろうようにぎこちなく笑った。

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