第二章 彼らの嘘 ~薪拾いで少女を拾う~

「ま、俺たちにとっちゃいつもやることと何も変わらねえし、そいつらが――あー、不幸? な目に遭うだけでこっちもお宝がもらえるんだったら、特に文句はねぇ」

「よろしくお願いしますよ、バグリオーニどの」

 こうして“商談”を終えると、粗野な身なりの賊たちに見送られ、シャルタトレスたちは小さな馬車に乗り合わせて彼らの隠れ家をあとにした。

「……先の戦争の頃に築かれた砦を再利用するとは、連中もなかなか知恵をはたらかせてるじゃねえか」

 顔を隠すために頭からかぶっていたショールをほどき、シャルタトレスは長い溜息をついた。同じように裕福な商人を演じていたバムサウドも、金糸の縫い取りのある帽子を脱いで首をくきくきやっている。

「このあたりは、ボドルムとフルミノールの間でまだ国境がはっきりと確定していないらしいです。荒っぽい商売をするには都合がいいんでしょうな」

「それにしても、あんな連中にどうしてあそこまで大盤ぶるまいしちまったんすか? お偉いさんからもらった軍資金の大半を使っちまうとかもったいない――」

 シャハラニは背後を振り返り、心底惜しそうに呟いた。

「悪党でも人の命はそう安くねえのさ」

「どういうことっすか?」

「欲深い連中をその気にさせるには見せ金が必要なんだよ。いざとなりゃ、あとで奪い返せばいい。……それで、連中の数はどのくらいなんだ、バムサウド?」

「外にあった馬の数から見て、多くて一〇〇ちょいというところでしょう。まあ、捨て石としてはなかなかでは?」

 バムサウドの回答にうなずき、シャルタトレスはシャハラニにいった。

「――シャハラニ、てめえは今夜ひとりでお嬢さまの一行の正確な位置と兵の数を確認してこい。くれぐれもさっきの連中には見つかるなよ?」

「了解っす」

「ボドルム領に入られる前にケリをつけねえとな」

 腰の鞘から鉈を引き抜き、その刃に砥石をすべらせながら、シャルタトレスは薄く笑った。


          ☆


 王都の南西に広がるトロワダールの森は、その一部が王家の所有となっているという。そこに棲む獣を狩っていいのは王家の認可を受けた狩人だけで、それ以外の人間は野鼠一匹獲ってはいけないらしい。

「ここがもうその森なわけ?」

 薪になりそうな枝を拾い集めていたクリオは、枝葉を透かして西日が射し込む森の中を見回した。

「狩り場になっているのはもっと南西のほうだったと思います。トロワダールの森というのは非常に広大で、その南端はボドルム領にまで広がっているそうです」

「ボドルムって?」

「戦史学の講義でやったはずですが……一八年前に王都に攻め込んできた六国連合のひとつです」

「え? それじゃこの森をずっと行くと敵国に着いちゃうわけ?」

「厳密にいえば、今の我が国に敵国と呼べる存在はありませんよ。仲が悪い国ならいくらでもございますが」

 クリオの疑問に答えながらも、ユーリックは大量の枯れ枝を拾い集め、細いロープで手早く束ねている。幼い頃から屋敷で使用人に交じってはたらいてきたからか、この手の作業に関しては恐ろしく手際がいい。

「連合の盟主であったアフルワーズはいまだに我が国を敵視しておりますが、それでもあの戦争は完全に終結して講和条約も締結されております。特にボドルムとは、終戦後かなり早い段階から民間レベルでの経済交流は再開されていたという話です」

「じゃあ、この森の中を抜けてボドルムとフルミノールを行き来する人ってけっこういるんだ」

「それはどうでしょう? もちろん森の中を突っ切っていくのが最短距離だと思いますが、猛獣や追い剥ぎもいるでしょうし、そもそも森を迂回してボドルムまで通じている街道はほかにいくつかございますから」

「そんなに昔から交流がさかんだったのに、どうして戦争なんかしちゃったわけ? むしろ我が国の味方をしてくれてもよかったじゃない」

「いろいろと理由はあると思いますが――」

 そう説明をしかけたところで、ユーリックは口を閉ざした。

「どしたの、ユーくん?」

「……お嬢さま、まだ作業の途中ですが」

「いや、だってほら、ユーくんがひとりで必要以上にはたらいてくれてるから、別にわたしはいいかなって」

 森に入ってほどなく、一行は街道沿いのやや開けた場所を選んで夜営の準備に取りかかった。人数ぶんのテントの設営や馬の世話、水汲み、竈の用意などなど、日が暮れる前にやらなきゃいけないことは山のようにあって、当然のように学生たちにもそれぞれに仕事が割り振られたんだけど、そこでクリオとユーリックにあたえられたのが、今夜使う薪の調達だった。

 手頃な木の幹に寄りかかったクリオは、腰のポーチの中から缶を取り出すと、ふたを開けてクッキーを食べ始めた。ナッツとレーズンたっぷりのクッキーの甘さが、疲れた身体に染み渡る気がする。

「……だいたい、馬鹿らしいとまではいわないけど、わたしが両手でやっとかかえられるくらいの束を必死に作ってる間にさ、ユーくんは同じような束をいくつも作ってるんだもん」

「私のほうがお嬢さまより何倍も役に立つのは事実ですが、だからといってお嬢さまがあたえられた役目を無視していいわけでもないでしょうに……」

 ユーリックは大袈裟に首を振って嘆息すると、これまでに作ってきた無数の枯れ枝の束をまとめ、背負えるようにロープでひとつにくくり始めた。

「私たちが薪を持ち帰らないと火もおこせませんし、食事の用意にも取りかかれません。もう戻りますよ?」

「判ってる」

 ユーリックやレティツィアと違って、クリオはまだ馬に乗っての長距離移動に慣れていなかった。昼すぎからずっと馬に揺られてここへ来ただけでもぐったりするほど疲れたし、何よりお尻が痛い。クリオがこうして木に寄りかかっているのは、お尻が痛すぎて座りたくても座れないからである。

「――ところでお嬢さま」

「なぁに?」

「そちらの小さなご令嬢は、お嬢さまのお知り合いですか?」

「はい?」

 ユーリックの視線を追いかけてふと脇を見やったクリオは、少し離れたところにある木の陰から、じぃ~っとこっちを見ている少女に気づいた。

「――――」

 見た感じ一〇歳くらいだろうか、金髪を短く切り揃えたちょっとボーイッシュな、とても可愛い少女だった。身なりも小綺麗――というかかなり立派で、何やら上等そうなビロードのマントまではおっている。ユーリックがいった通り、たぶん貴族の娘に違いない。

 ただ、だからこそ、そんな子が夕暮れ間近い森の中にいるのは明らかに妙だった。

「……誰?」

 思わずもれた呟きにも少女は無反応で、ただじぃ~っとクリオの手もとを凝視し続けている。クリオは首をかしげつつ、クッキーの缶のふたを閉め、ポーチの中にしまおうとした。

「あっ!?」

 思わず、といった感じで少女が手を伸ばした。

 それを見たクリオは、てのひらの上にクッキーを何枚か取り出し、まるで犬にエサをあたえるかの差し出してみた。

「ほ~らほら、来い来い来い。おいしいよ~?」

「……!」

 甘く香ばしい匂いに釣られて少女がふらふらと近づいてきたところで、クリオはぱくっとクッキーを口の中に放り込んだ。

「あーっ!? なっ、なん、何だ、おまえ!? どうしてそんな意地悪をする!? 意地悪すぎる!」

 さっきまで無言だった少女が、一転して今度は息継ぐ間もなくわめき出した。

「そっ、それ! ちょっと寄越せ! 寄越さないと父上にいいつけるぞ!」

「どこのどなたか知らないけど、たとえあなたの父上がこの国の国王だったとしても、国民の財産を不当に奪う権利はないんだけど?」

 ぼりぼりとこれ見よがしにクッキーを咀嚼しながら、クリオは少女が背伸びをしても届かない高さに缶をかかげた。

「ちょ……お、おまえ、いたいけな少女への、その……あれだ! 寄越せ!」

「あれだっていわれても判らないですー!」

「おっ、大人げないぞ、おまえ! それが子供に対する態度か!?」

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