第二章 彼らの嘘 ~おかしくない?~
「意見を求めるなら! まずわたしでしょ! レッチーじゃなくて!」
「それではお嬢さまの意見をお聞かせください」
「そうだね。バラウールさんはどう思う?」
「それはたぶん……あー……」
「ありがとうございます。たいへん参考になりました」
今頃になってあれこれ考え始めたクリオに軽く頭を下げ、ユーリックはレティツィアにいった。
「予定では、日暮れ前にトロワダールの森に入り、テントを張って夜営の準備にかかるということですから、否応なくその時に伯爵夫人にはお目にかかれるのでは?」
「……そうだね。ならば今ここでことさら騒ぎ立てる必要はない、か」
「また! そうやって! わたしの意見を聞かないで話を進めようとする!」
クリオがぺしぺしとユーリックの腕をはたく。レティツィア小さく微笑み、
「だからさ、それじゃあきみには何か建設的な意見があるの?」
「だから! さりげなく馬車の中を――」
「ですから、そんな真似をすれば隊長から叱責されるだけではすみませんよ」
鼻息の荒いクリオをなだめ、ユーリックは苦笑した。
☆
そこそこ広い部屋であるにもかかわらず、置かれている明かりの数が少ないのは、室内のあちこちにあえて暗い部分を残しておくためなのかもしれない。
あからさまにすべて見せすぎてしまってはよくない場合もあることを、シャルタトレスはよく知っていた。何しろここは、この一帯を縄張りとする盗賊団の隠れ家――目の前にいる禿頭の大男はその首魁なのである。その周囲にいる男たちも、揃いも揃って剣呑な目つきをしてシャルタトレスたちを見据えていた。
「まずは――」
シャルタトレスが油断なく室内の様子に気を配っているかたわら、バムサウドは異国から来た金回りのいい商人をうまく演じている。テーブルの上に置いた小さな革袋を大男のほうにそっと押し出し、バムサウドは鼻の下の髭を撫でつけた。
「ごあいさつ代わりということで……どうぞご確認ください」
「ボドルムからのお客人だと聞いたが」
剃り上げた頭に無数の傷を刻んだ大男は、革袋を手に取って首をかしげた。
「……金貨じゃねえのか」
「この国の金貨を用意するのに手間取りまして……それに、このほうがかさばらなくてすむでしょう?」
「諸国を股にかけて商売するお客人らしいセリフだな。……で?」
小粒の宝石がたくさん入った袋を懐に納め、男は身を乗り出した。
「――俺たちにいったい何の用だ? そもそも俺たちが何者なのか、知らねえわけねえよな?」
「商人仲間の間では、“森の王”バグリオーニどの、と呼ばれておるようですな」
「バグリオーニどの、か。どの呼ばわりはいいや、生まれて初めてだぜ」
禿頭の盗賊の王――バグリオーニはジョッキのエールを軽くあおって笑った。だが、表情こそ笑っているが、目は笑っていない。この部屋に詰めているバグリオーニの配下たちも、笑うどころかひと言も発することなく、腰の剣の柄に手をかけて立ち尽くしている。たがいの言葉遣いほどに友好的な話し合いではないのは明白だった。
「それで、えー……」
「バムサウドです」
「そうそう、バムサウド――どのだったな。真っ当な商人のはずのバムサウドどのが、俺なんかのところに何の用があってやってきたんだ?」
「商人がする話といえば商売の話でしょう」
「おいおい、こっちは盗賊だぜ? 盗賊相手に商売って正気かよ? しかもおめえ――たった五人でここまで乗り込んでくるとはよ」
「大国同士の戦争の場でも損得勘定で動くのが商人ですからな」
「それなりに度胸はあるってわけかい」
バムサウドの背後には、シャルタトレスやシャハラニたちが用心棒風のいでたちで控えていたが、数でいえばバグリオーニたちとはくらべるべくもなかった。もしこの場で乱戦になれば、シャルタトレスたちが圧倒的に不利なのはいうまでもない。
「……そんな危ない橋を渡ってまでここへ来た目的を聞こうか。“商談”だってことは判ったがよ、俺たちには売るモンなんかねえぜ? 逆にそっちから買いたいモンもねえ。欲しけりゃ奪うってのが俺たちの流儀だからよ」
「何も商品の売り買いだけが商売になるわけではございませんよ」
「ってぇと?」
「近々、この森をボドルムに向かう一行がやってきます。五〇人ほどの護衛を引き連れた一行です」
「ほう? 何者だ?」
「フルミノールのとある貴族のご令嬢が、ボドルムの貴族のもとへ輿入れすることになりましてな。ですが、このボドルム貴族には敵が多い。そして、そんな敵の中に、私のお得意さまがおられる」
「ふん……? 察するに、得意先からその婚礼を邪魔してほしいとでも頼まれたわけかい?」
「いえいえ」
バムサウドはどこか芝居がかった仕種でかぶりを振った。
「決して、決してそのような頼まれごとはされておりません。これは単に、私が勝手に察して勝手に動いているだけのこと」
「……って体で動くように頼まれたわけか。ま、そこはこれ以上突っ込まねえよ」
ジョッキをテーブルに置き、バグリオーニは厚みのある唇をにいっとゆがめた。
「今回の“商談”は、俺たちにその一行を邪魔してほしいってことだろ、要するによ?」
「私もそうですが、バグリオーニどのも察しがよろしいようで……」
何度もうなずきながら、バムサウドはもうひとつ、さっき取り出したものと同じような宝石の袋をバグリオーニの前に置いた。
「もし……その一行がこの森を通る際に不幸な事故でも起こるようなことがあれば、これと同じものをあと一〇袋、こちらへお届けに参上いたしますが」
「そいつはまた景気がいいこった」
年期の入った盗賊なら、宝石についての目利きもある程度はできるだろうし、バムサウドの贈り物がどれほどの価値を持つか、おおよそではあっても把握できるに違いない。手に持った袋の重みをたしかめながら、バグリオーニは目を細めた。
「こいつはありがたくもらっとくが……考えなかったのかい、バムサウドどの?」
「何をですかな?」
「たとえば――俺たちが前金だけ受け取って、あんたの頼みを無視するとか、最悪、今この場であんたらを捕らえて身代金を要求するとかよ? それがなくとも、あんたはどうやってか知らねえが、俺たちの根城を突き止めて乗り込んできやがった。このままおとなしく帰すと思うか?」
バグリオーニのその言葉に、彼の配下たちが静かに殺気を放ち始めた。
「……ヤバくないっすか、頭領?」
シャハラニが小声でシャルタトレスに耳打ちする。が、シャルタトレスは無言のまま、シャハラニの爪先を踏みつけて黙らせた。最初からシャルタトレスは、この場はすべてバムサウドの交渉術に任せるつもりでいたのである。ここで騒ぎ立てるつもりはない。
シャルタトレスの期待に応えるかのように、バムサウドは取り立てて慌てた様子もなく、泰然とした態度を崩さなかった。
「これは私にとっても賭けなのですよ」
「賭け? 自分の命をテーブルに乗せるほどのか?」
「詳しい事情は申せませんが、私には仲のよくない兄たちがおります。加えて、父は病を得て先は長くない。このままでは私が家督を継ぐことなどできないのです。……ですが、目に見える形で一族に大きな貢献したという事実があれば、父の私を見る目も変わるでしょう」
「……よっぽどの金持ちってことかい、あんたの家は?」
「おそらくバグリオーニどのが想像している以上の、でしょうな」
そういって、バムサウドはさらにもうひと袋、同じ量の宝石をバグリオーニの前に置いた。
「…………」
三つ目の袋を手にして、それまで饒舌だったバグリオーニが黙り込んだ。そこに、バムサウドがさらなる追い討ちをかける。
「このご縁を機に、バグリオーニどのとは末永いおつき合いを続けていきたいと思っております。“森の王”と称されるだけあって、バグリオーニどののところはかなりの大所帯でしょうし、私が家督を継ぐことができれば、さまざまな面であなたをおささえすることも可能ではないかと――」
「さすが商人、口がうまいな」
結局、バグリオーニは三つ目の袋も懐にしまい込んだ。
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