第九章 提案、っていうけど
33
ギャラリーを出てから駐車場まで行く間、獅童さんはかなりの早足で歩いていた。
身長差イコール足の長さの差でもある。高身長の獅童さんに着いていくので精一杯で、ボクは一生懸命歩いていた。
そのときだ。
ふと、首筋に刺すような痛みを感じた。虫にでも刺されたかと首に手を当てるも、そこには何もいない。
ボクは振り返った。人通りが少ない場所ではあったけれども、それなりに人はいる。散歩中のご老人、犬を連れた若い女性。ベビーカーに乗った赤ちゃんと、それを押す母親……。また、ピリッと首筋が痛む。
「どうした?」
獅童さんが振り返る。ボクは愛想笑いをして「なんでもないです」と小走りになって獅童さんに追いついた。
行きと同じく、獅童さんが運転する。スムースで無駄のない動きを助手席からチラ見しながら、ボクはため息をついた。恵まれている人は、本当に恵まれているんだな。
高身長のイケメン。人当たりは悪いけど金持ちで、大叔母さんから譲られた遺産もあって。
寡黙だけれども優しい。ボクは獅童さんがアパートの火事の中から助け出してくれた水晶たちのことを思い出した。そうだ、この人は危険も顧みず、ただそれがボクの……、その、物言わぬ友人たちだということを素直に受け入れてあの燃え盛る炎の中、飛び込んで助けにいってくれたのだ。
そして唐突に大事なことを忘れていたことに気がついた。住む場所、どうしよう。
今は好意で置いてくれているけれども、長居ができるわけじゃないし、早々にどこかにアパートを借りなければ。
けど、今、新しいアパートを借りられるお金なんてない。アルバイト代は生活費で消えて、貯金なんて雀の涙だ。
それに、普通のアパートの家賃を払う余裕はない。住んでいたあの物件は、築年数が古くて所々ボロかったからこその破格で敷金礼金もなかった。
もしかしたら、大家さんの火災保険か何かがおりて、ボクのほうにも多少お金が回ってこないだろうか。あるいは、大家さんの知り合いで、同じような物件を持っている人がいたら紹介してもらえたりしないだろうか。
ムーンストーン・セレナーデ 橘薫 @tachibana_kaoru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ムーンストーン・セレナーデの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます