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 ボクは呆気に取られていた。彼らの話している内容がまったく理解できなかったからだ。

「え、っと」

 ボクはしどろもどろに口を出した。

「要は、その遺言状を獅童さんが受け取ればいいってことですか」

「そうですね」

「わかりました。ではそちらを預かり、家庭裁判所に検認の申し立てをします」

 検認? 疑問を持ったボクの視線に、獅童さんが気がついた。

「公正さを記すために、親族一同集まって家庭裁判所で開けてもらう。見た感じ、自筆っぽいからな」

「ここで開けちゃダメなんですか」

「ダメだ。ここで開けたら偽造を疑われる」

 そういうものなのか、とボクは曖昧に頷いた。こういう遺言書って、親戚一同が集まったところでばーん! と中身が公開されて、遺産配分とかで大揉めになる、ってのはドラマとかの刷り込みか。

「どうぞ、お受け取りください」

「ありがとうございます。開封後の諸々の手続きが終わりましたら、改めて挨拶に伺わせてください」

「そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」

 鹿田さんはふっと表情を柔らかくした。その眼差しが暖かくて、知らずボクの心も暖かくなる。

「いえ、今回の件で、オレは大叔母にかなり興味を持ちました。生前は、本当に会うことがなかったんです。幼少期に何度か会ったとは思いますがほとんど記憶にないですし、成長してからはまったく会っていない。なのにオレを別荘の相続人に決めたのか、とても興味がある」

 獅童さんは封書を受け取ると、静かに立ち上がり、鹿田さんに頭を下げた。

「お時間いただきましてありがとうございました」

 ボクも慌てて立ち上がり、頭を下げる。鹿田さんも深々と頭を下げ、ギャラリーを出るボクらを見送ってくれた。

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