第八章 遺書

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「なんで鹿田さんが大叔母の遺書をお持ちなんですか」

「それについては、話すと長くなりますが」

「構わないです。先ほどの、オレの耳後ろのホクロをどうして知っていたのかも理由を知りたい。最初から説明をしていただけませんか」

 なぁ、とボクに同意を求めるように獅童さんがボクを見る。ボクは反射的に大きくうんうんと頷いた。

「確かに。初対面の私からいきなり遺書を渡されても、なんのことだという感じでしょうね」

「そもそも、大叔母とどういう関係だったんですか」

「あの」

 ボクは小さく挙手した。

「もしかして、鹿田さんのお父様と、獅童さんの大叔母さんは、恋人同士だった、とかありますか」

 ムーンストーンに見せられた映像を思い出す。獅童さんの大叔母さんと一緒にいたあの男性。晩年は病院で床についていた、あの人。鹿田さんを目の前にすると、やはりあの人の面影が残っていて、ボクはこのギャラリーに来て彼に挨拶をしたときから、確信を持ったのだ。

 鹿田さんはちょっと驚いたようにメガネの奥の目を瞠ると、ボクに優しく問いかけた。

「どうしてどう思われましたか」

「あ、あの」

 獅童さんの鋭い目がボクに向けられる。ああ、あのビジョンのこと、ムーンストーンに見せられた映像を鹿田さんに説明するのは……勇気が、必要過ぎる。

「なんとなく、そう思っただけです」

「そうですか」

 ボクは嘘をついた。だって仕方がないじゃないか。あのビジョンの説明をするには、ボクが持っている特殊能力について説明をしなければならず、目の前の、きちんとした大人の男性が、そんな霊感まがいみたいな話を信じてくれるとはとても思えなかったのだ。

「推察された通り、私の父の鹿田久造は、若い頃に獅童麻子さんと恋仲だったそうです」

「え!」

 鹿田さんは、少し遠い目をした。亡くなったお父さんのことを思い出していらっしゃるのだろうか。

「父の父……私の祖父は、獅童家に仕えていた使用人でした。

 祖母は父を産んですぐに亡くなり、祖父は一人で父を育てていたため、しょっちゅう父を獅童家に連れていっていたそうです。そこで、大叔母様と出会いました」

 鹿田さんは淡々と語り始めた。麻子さんには同じくらいの年頃の友達がおらず、久造さんとすぐに仲良くなったこと。二人はすぐに恋仲になり、最初は子どもの恋遊びと微笑ましく見ていた周りも、やがてそれが真剣な恋だと知ったときに、身分の差から危惧を抱いたこと。

「二人は恋を貫こうとしましたが、想像に易いと思います……身分差の恋は何も生まないどころか、二人を不幸にする。そう父は祖父に説得され、麻子様に別れを告げました。そのとき、実は父は、麻子様に将来の約束のつもりで指輪を託していたそうです」

 ボクは目を閉じた。あの日に見たビジョンが蘇る。幸せそうな二人が、少しずつ眉間にシワを寄せ、その間の空気が冷えていくのが感じられた。あれは、そういう経緯があったからなのか。

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