第七章 いざ、ギャラリーへ
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県道から横横道路に入り、首都高に乗る。渋滞の状態によっては目的地まで約二時間だ。ギャラリーのオープンは11時。大体そのくらいの時間には現地に着けそうだ。
獅童さんの横、助手席でボクは嘆息した。果たして、本当にこの直感は当たっているのだろうか。獅童さんにお願いして車を出してもらったけれども、首都高に乗ったあたりから不安がひたひたと押し寄せてくる。
道すがら、獅童さんに聞いた話では、どうやら獅童家とこのギャラリーは特に付き合いはなかったらしい。
お金持ちの美術品購入経緯なぞボクのようなザ・平民には想像もできないのだけれど、大概は長く家に出入りしている蒐集家がいて、そこから購入することが多く、獅童家もまたそれに倣っているとのことだった。
獅童家は、元を正せば華族の血筋らしく……詳細は語ってもらえなかったが、要は長い時代、家同士の付き合いとして紡いできた縁があちらこちらにあるということなのだろう。
洋服なども、ボクのようにネット通販や量販店などではなく、デパートの外商とかいうので購入するのだそうだ。住む世界が違いすぎて、まったくイメージができない。ってか、外商って初めて聞いた。
ボクは手元のスマホを見た。さきほど調べたギャラリー「かたわれ月」のオーナーのブログページが開いている。こちらのオーナーは鹿田久道さん、年齢は多分50代だろう。先代のお父様が亡くなられ、彼がギャラリーを引き継いだらしい。
ブログの自己紹介には、ご自身の写真が引きで載っている。なんとなく、ムーンストーン にダイブしたときに見た、あの男性に似ているような気もする。
「もうじき着く」
獅童さんの声に我に返った。いつの間にか首都高を降りていたのだ。
「そろそろオープン時間だから店に電話をして、オーナーに会える算段を取ってくれ」
「え?」
「なんだ」
「ボクが電話、するんですか」
「そうだ。文句あるか?」
「え、いや、えっと、なんて言えば、いいんですかね」
最後の方はしりすぼみに小さな声になった。
人と話すの、苦手なのに。ましてやギャラリーなんて普段まったく縁のない場所、年配の男性に電話なんて、一言目に何を言えばいいのかすらわからない。ハードルが高すぎる。
「オーナーいますか。近くまで来ているんですがお会いしたいのですが、でいいだろう」
「なんで会いたいのか聞かれたら、なんて言えばいいんですか」
「絵を買いたいでもなんでも好きに言えばいいだろ」
「それって嘘を吐くってことですよね」
「なんでもいいんだよ、会って話ができれば」
「でも、でも」
「でももなにもねぇだろうが。ほら、もう駐車場に止めるぞ、早くしろ」
ぎろり、と睨みつけられその迫力に押されて、地図アプリに登録されているギャラリーに電話をする。何を言うのかまったく考えられないまま、呼び出し音が鼓膜に響く。
「いつもありがとうございます、ギャラリーかたわれ月でございます」
温和そうな男性が電話に出た。多分この人、オーナーの方だ。
「あ、あの、あの、えっと」
ぐいっとスマホを掴まれ、奪われた。まだるっこしいと思ったのだろう。獅童さんがボクのスマホで、電話に出た方と話している。
獅童さんは電話を切るとボクにスマホを寄こした。
「すぐに会ってくれるそうだ」
「あ……、はい。すみません、ボク、その」
役立たずで、という言葉を飲み込む。それを言ったらボク自身、さらに落ち込んでしまう。
獅童さんはボクを一瞥すると「車を降りてから、ずっと「オレのそばにいろ。できるだけ離れるな」と言った。
「なんでですか」
「は? お前自覚ないのかよ」
「自覚って」
「ブレスレットが壊れて、まだ直ってないだろうか」
「あ」
そうだ、そうだった。ボクは胸元の、モリオン の十字架のネックレスを握りしめた。ボクのお守り。人がいるところでボクは、モリオン のネックレスとブレスレットがないと、すぐに様々な「思い」の圧を感じてしまうのだ。
「多分、オレといればある程度大丈夫なはずだ。昔から、目に見えない力を跳ね返す力が強いらしいからな」
ボクは改めて獅童さんを見た。出会ったばかりの頃は怖くて仕方がなかった人だけれども、今は……確かに、この人のそばにいれば守られるかもしれない。
「すみません、よろしくお願いします」
「よし、降りるぞ」
車をコインパーキングに止め、ボクと獅童さんはギャラリーに向かった。
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