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 重厚な書斎の扉を開くと、埃っぽい空気に思わず咳き込んだ。獅童さんが壁のスイッチを探る。電気がつくと柔らかな光が室内を照らした。ボクはきゅっと目を瞑ってから、光に目を慣らすために少しずつ目を開く。

 やがて目が慣れてくると、室内の様子が見えてきた。先日の幽体離脱で訪れた部屋と寸分の違いもない。

 重厚なデスクの上には、最新型のノートパソコンが鎮座していた。これは幽体離脱のときにはなかったものだ。もしこれが獅童さんの大叔母さんの持ち物だとしたら、御年80歳を越えていただろうに、ハイテク感が強い。

 デスクの後ろには大仰な遮光カーテンがかかっている。手前にはひとりがけのソファと小さなテーブルがあった。

 デスクを囲うようにこれまた天井まで様々な本が詰まった本棚があり、これも幽体離脱で見た通り。ということは、この中にラヴクラフト全集があるということか。

 ボクは本棚の本たちを注意深く見た。太陽光による変色を防ぐためか、それぞれに薄紙でカバーが掛けられている。引き寄せられるようにそちらにふらふらと歩きそうになって、ふとソファの前のテーブルの上に本が置いてあることに気がついた。その表紙が目に止まり、思わず獅童さんに声をかけた。

「獅童さん、これ見てください」

「なんだ」

 獅童さんはボクが持ち上げた本の表紙をちらりと一瞥した。

「これ、前に検索したときに出てきた本です」

「検索……? ああ、あのときのか」

 以前、大叔母さんのメモに書かれていた一文から検索をかけたとき、候補として上がってきた本。それが今、目の前にある。

「ちょっと貸せ」

 獅童さんはぱらぱらと本をめくり始めた。ボクも釣られて覗き込む。しかし、特になんの変哲もない、ごくごく普通の文庫本だ。獅童さんはカバーを外して裏側を確認したり、奥付を見たりしている。

「……あ」

「なんだ」

 獅童さんが何度かページをパラパラとめくったときに、何かが掠った。

「獅童さん、あのリングケースに入っていたメモ、持ってこれますか」

「ああ、待ってろ」

 獅童さんはボクに本を渡すと自室にいき、すぐにリングケースを手にして戻ってきた。

 ケースを開き、慎重に中のクッションを外す。出てきた紙を丁寧に伸ばし、書かれている数字をよく見る。

「なんだ、なにかわかったのか」

「ちょっと待ってください」

 ボクは慎重に文字数を数え始めた。メモに書かれた最初の数字「304−15−38」に当たるのは「渡」、次に書かれた数字「304−16−1〜3」に当たるのは「海神社」、その次に書かれた数字「304−16−15〜18」は「永代橋」。そして最後に書かれた数字「305ー9ー26〜30」にあたるのは「かたわれ月」……。

 ボクはスマホを出すと地図アプリを出して検索をかけた。やっぱりそうだ。手が震える。

「獅童さん、車出せますか」

「なんだ急に。出せるよ」

「東京に行きませんか。行きたいギャラリーがあるんです」

 ボクは獅童さんに検索結果の画面を見せた。

「かたわれ月」で検索したところ、「渡海神社」と「永代橋」の近くにその名前のギャラリーがあるのを見つけたのだ。

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