19
誰が彼らを救えるんだ。ボク以外にいないじゃないか。
生き物じゃない、人間でない彼らの声を聞けるのはボクだけで、普通の人からしたらどうして無機物にそこまで夢中になるのか、理解できないだろう。
けど、ボクの唯一の味方だったのは彼らだ。物心つかない頃からボクを慰め、見えない世界との橋渡しをしてくれた彼ら。大人になってからは子どもの頃ようにいつでも会話ができなくなってしまったけれども、それでも彼らはボクの大切な友達、いや恩人なんだ。
下田さんの手を振りほどこうと必死にもがくも、彼も死ぬ気でボクを止めている。それだけじゃない、周りの野次馬の中から数人が出てきて、下田さんに加勢を始めた。
ああ、ボクはひ弱で華奢で、力なんか全然ない。けど、彼らはあの部屋で、ボクの部屋のあの箱の中で、動けずに助けを待っている。ただひたすらに助けを待っているっていうのに。
自分の無力さに腹が立つ。こんなときに何もできない。何も助けにならない。己の不甲斐なさに涙と鼻水を垂れ流し、地団駄を踏んでもからだは開放されない。誰か誰か。水晶たちを助けて。あの炎の中から救ってよ。
「お前の部屋はどこだ」
頭の上から突然声が降ってきた。聞き覚えのある響く低音ボイス。見上げると、仁王立ちしている金髪坊主がいた。獅童さん……帰ったんじゃなかったのか。なんでここに。
「部屋の場所を教えろ」
「い、ちばん、奥、です」
呆然としているボクに、獅童さんが幾分凄みを聞かせて再度尋ねる。その圧に条件反射で答えてしまった。ボクの部屋の場所など聞いてどうするんだ。
「石が入っている箱の特徴は? オレが見てすぐにわかるか」
「は、え、あの」
「早く言え。燃えちまうぞ」
「あ、はい、いえ、けど」
獅童さんがイライラとしているのがわかる。ボクは働かない頭で考えていた。ナンデソンナコトヲキクンデスカ。
「鎮火したぞ!」
鎮火を告げる声にその場にいた人たちが湧いた。ボクはその場にへたり込む。下田さんが「良かった」と泣いている。
「早く教えろ」
「つ、机の下に箱があります。段ボール2つ。後、窓のところに並べてあるのがいくつか」
「わかった」
獅童さんは短く返事をすると、駆け足で去っていった。一体何をするつもりなのか。
「君、まだ危ないから離れて!」
消防士の声が聞こえた。少しの間、何かやりとりしているような声が聞こえたけれども、すぐに静かになった。
獅童さんは戻ってこない。まさか本当にボクの石たちを取りに行ったのか。いやいや、いくら鎮火したからってそんな危険なこと、赤の他人のためにする人がどこにいる?
「取ってきた。無事だったぞ」
目の前に仁王立つ人の影。ボクは恐る恐る見上げ、彼が手に持っている段ボールを見る。バイト先から預かっている2箱だ。そして……。
「これは窓から取ってきた。全部あるかはわからん」
ポケットから出されたのはローズクォーツでできているイルカ、水晶のクラスター、卵形で緑と紫が混じり合っているフローライト。
「こ、これで全部です。え、でもなんで。どうして。危ないのに」
「取ってこれたのはここまでだ。他の部屋とか玄関とかにもあるんだったら、奇跡的に焼け残ってるのを期待しよう」
「獅童さん、なんで、なんで」
「別にいいだろ」
ちっ、と獅童さんが舌打ちをする。その音にボクは首を竦める。泣いて鼻水垂らして叫んで首を竦めて。ボクは一体なんなんだ。
「それよりお前、今夜泊まるところがないだろ。オレんちに来い」
「は? え?」
「さっきまでいた三浦の別荘だ。部屋は腐る程ある」
「えと、けど」
ボクはすっかり涙を忘れた。現実を受け止めるのが難しい。えーと、獅童さんはそもそも、さっき別れたのになんでここにいるんだっけ?
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