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「開けるぞ」

 獅童さんの大きな指が蓋をつまみ、そっと開けた。ボクはドキドキしながらそれを見守った。ちょっと、推理小説っぽい展開になってきてないか?

 宝石箱の中は小豆色の布張りになっていて、中には宝石類は一切なかった。その代わり、小さな紙が折り畳まれて入ってきた。

「紙……?」

 獅童さんの指がそれの角を持つ。幾重にも畳まれたそれを開くと、便箋一枚くらいの大きさだった。

「なんだこりゃ」

 その言葉に、ボクは思わず紙を覗き込んだ。そして獅童さんと同じような言葉を発しそうになった。なんだこりゃ。暗号か。

 紙には、真ん中くらいの位置に数字がいくつも書かれていた。

「暗号、ですかね」

最後の方にだけ、日本語が書かれている。『月の文学館』。いったいなんだ?

「訳わかんねぇな」

 獅童さんが嘆息した。ボクは自分のスマートフォンを取り出し、検索を始めた。唯一の手がかり、『月の文学館』はなんなのか。何かの文化施設なのか、それとも商業施設あるいはカフェ、レストラン名。わからないなら検索するしかない。この時代に生まれてよかった。一昔前は、この言葉と数字の並びを見ただけでお手上げだったろうに。

「獅童さん、これ」

 頭を抱えている獅童さんに、検索結果画面を見せる。何か心当たりがあるといいんだけど。

「なんだこれ」

「月の文学館、って言葉で検索しました。こういう本があるみたいですね。大叔母さんの愛読書とか、そういうことありそうですか」

「まったくわかんねぇ」

 獅童さんは困惑した顔をボクに向けた。いつもは圧たっぷり、唯我独尊という態度の獅童さんが相当参っている様子は、レアだろう。

「この家の中で、この本を見たことはありますか」

「いや……、オレがここで暮らしてからは目に入るところにはなかったと思う。書斎にいけばあるかもしれないが」

「書斎があるんですか」

「ある。相当立派な蔵書だらけだが、稀覯書きこうしょばかりで触れるのが畏れ多い」

「へぇ」

 ボクはちょっと興味が湧いた。獅童さんとは気が合わないけど、獅童さんの大叔母さんとは気が合うかもしれない。石好き、古書好き、この家の趣味からしてアンティーク好み。一度お会いしたかった。

「探してみます?」

「ああ……。だが、また日を改める。今日はもう終わりにしよう。送るよ」

「え、いいですよ」

「オレの車で送らないでどうやって帰るつもりだよ」

「えっと、最寄駅までバス、とか」

 この地の交通の便がまったくわからないけど、神奈川県内なのだから神奈中バスが通っているだろう。いや、京浜急行線が三崎口まで出ているから、京急バスか。

「ここまで来る途中でバスを見たか」

 ボクは少し考えて、ゆっくりクビを横に振った。

「この辺りはバスは通らないし、タクシーも来ない。迎車にしたら相当高くつく。送らせてくれ」

「……はい、ではよろしくお願いします」

 最寄りの駅まで送ってもらって、あとは電車で帰ろう。モリオンの最後の一粒は取り戻した。ブレスレットの形にしていないのはちょっと心許ないけれども、パーツの数は13で合っている。グリッドを組めてるわけじゃないが、きっと家に帰るまでは守ってもらえるだろう。

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