16
「開けるぞ」
獅童さんの大きな指が蓋をつまみ、そっと開けた。ボクはドキドキしながらそれを見守った。ちょっと、推理小説っぽい展開になってきてないか?
宝石箱の中は小豆色の布張りになっていて、中には宝石類は一切なかった。その代わり、小さな紙が折り畳まれて入ってきた。
「紙……?」
獅童さんの指がそれの角を持つ。幾重にも畳まれたそれを開くと、便箋一枚くらいの大きさだった。
「なんだこりゃ」
その言葉に、ボクは思わず紙を覗き込んだ。そして獅童さんと同じような言葉を発しそうになった。なんだこりゃ。暗号か。
紙には、真ん中くらいの位置に数字がいくつも書かれていた。
「暗号、ですかね」
最後の方にだけ、日本語が書かれている。『月の文学館』。いったいなんだ?
「訳わかんねぇな」
獅童さんが嘆息した。ボクは自分のスマートフォンを取り出し、検索を始めた。唯一の手がかり、『月の文学館』はなんなのか。何かの文化施設なのか、それとも商業施設あるいはカフェ、レストラン名。わからないなら検索するしかない。この時代に生まれてよかった。一昔前は、この言葉と数字の並びを見ただけでお手上げだったろうに。
「獅童さん、これ」
頭を抱えている獅童さんに、検索結果画面を見せる。何か心当たりがあるといいんだけど。
「なんだこれ」
「月の文学館、って言葉で検索しました。こういう本があるみたいですね。大叔母さんの愛読書とか、そういうことありそうですか」
「まったくわかんねぇ」
獅童さんは困惑した顔をボクに向けた。いつもは圧たっぷり、唯我独尊という態度の獅童さんが相当参っている様子は、レアだろう。
「この家の中で、この本を見たことはありますか」
「いや……、オレがここで暮らしてからは目に入るところにはなかったと思う。書斎にいけばあるかもしれないが」
「書斎があるんですか」
「ある。相当立派な蔵書だらけだが、
「へぇ」
ボクはちょっと興味が湧いた。獅童さんとは気が合わないけど、獅童さんの大叔母さんとは気が合うかもしれない。石好き、古書好き、この家の趣味からしてアンティーク好み。一度お会いしたかった。
「探してみます?」
「ああ……。だが、また日を改める。今日はもう終わりにしよう。送るよ」
「え、いいですよ」
「オレの車で送らないでどうやって帰るつもりだよ」
「えっと、最寄駅までバス、とか」
この地の交通の便がまったくわからないけど、神奈川県内なのだから神奈中バスが通っているだろう。いや、京浜急行線が三崎口まで出ているから、京急バスか。
「ここまで来る途中でバスを見たか」
ボクは少し考えて、ゆっくりクビを横に振った。
「この辺りはバスは通らないし、タクシーも来ない。迎車にしたら相当高くつく。送らせてくれ」
「……はい、ではよろしくお願いします」
最寄りの駅まで送ってもらって、あとは電車で帰ろう。モリオンの最後の一粒は取り戻した。ブレスレットの形にしていないのはちょっと心許ないけれども、パーツの数は13で合っている。グリッドを組めてるわけじゃないが、きっと家に帰るまでは守ってもらえるだろう。
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