14

「わかった。このことは誰にも言わない」

「水帆先輩にも、言わないでもらえますか」

「約束する」

「ボクたちの、二人だけの秘密です。約束してください」

 ボクは右手小指を獅童さんの前に立てた。指切りゲンマン、なんて子どもっぽいが、今のボクには、安心が欲しい。

「指切りか。いいよ、なんでもやるよ」

 獅童さんの小指(ボクの小指の何倍あるんだろう)がボクの小指に絡む。指切りゲンマン、と小さな声で歌い、指切った、と互いの小指を離す。そのときの、獅童さんの瞳の色がなんとも言えず美しく、ボクは思わず見入ってしまった。彼の瞳はまるでオニキスだ。黒い光はブラックホール。あらゆるものを吸い込んでいく。

「で?」

 待ち切れなさそうな獅童さんに、ボクはゆっくりと説明を始めた。若い女性と男性。身分違いの恋。互いを思いやり、愛から別れを選んだ男性。男性から贈られたムーンストーン の指輪を、どうしても捨てられなかった女性。そして、恐らく晩年で男性と再会でき、互いの思いを伝え合えたらしいこと。

「ふむ……」

 見たビジョンをかいつまんで説明し、それを聞き終えた獅童さんは顎に手を当て、考え込んでいるように見えた。話の内容から、何か記憶を探っているのか。ボクはしばらくその様子を見守っていたけれども、いつまでも考えている獅童さんに、恐る恐る声をかけた。

「あの、大叔母さんって、道ならぬ恋とか身分違いの恋をされていた、というのは聞かれていますか」

「いや……それは聞いたことがない。ただ、大叔母はいわゆる政略結婚だったというのは聞いてる。まぁ、オレの祖母もだが」

「へぇ……」

「代々そういう家だったらしい。時代もあって仕方がなかったとは思うが……もし大叔母に好きな人がいたんだったら、それは辛かったろうな」

 ボクは頷いた。そして先ほど見たビジョンを、もう一度反芻する。

 彼と別れた後に、ムーンストーンの指輪はずっと仕舞い込まれていた。どこにだろう。部屋の雰囲気、終われていたケースなど、思い出せる限りできるだけ鮮明に。特徴を捉えて。

「おい、黒水。また倒れるなよ」

 獅童さんの声にボクははっと目を覚ました。ビジョンを回想していて、思わず目をぎゅっと瞑っていたらしい。

「手がかりなしか。まあ、気長にやるか」

 獅童さんは胸ポケットからモリオンのパーツを出すと、そっとボクの手のひらに乗せた。

「交換条件なんか出しちまって悪かったな。おかげで助かったよ、ありがとう」

「で、でも」

 ボクはそのとき、どうして反論してしまったのか。やるべきことはやったのだから、素直にパーツを受け取って帰れば良かったのだ。そうすれば、平凡で静かで、人を避けるいつもの生活が続いていくだけだったのに。

「……せ、せっかく、ビジョンを見れたのに。全然役に立てなくてごめんなさい」

 獅童さんは意外そうな顔をし、そして、存外優しそうにボクに微笑みかけた。

「充分だよ、ありがとう」

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