06

 獅童さんは大学近くのコインパーキングに車を止めていたらしく、ボクはそれに乗せられた。車に疎いボクでもわかる、高級車。このヒト、ほんとボクとは住む世界が違うんだ。

 道中、獅童さんは無口で、ボクもまた不要な口を聞く気はない。二人押し黙ったままだ。

 車は高速道路を降りると一般道をしばらく走り、やがて道幅はやけに広くて立派だけれども、他の車の影がほとんどない道路へと入った。あたりの景色も一変し、山並みが見え、自然が豊富だ。道路は綺麗で歩道の幅も広いのに、誰一人歩いていない。道路沿いの家は最近のものもあるようだけど、昔からの家という風情の古そうな佇まいの家も多い。

 やがて道は細くなり、民家も減ってきた。ボクはそっと周りを見回した。なんだか落ち着く気がするのは、人の気配が少ないからか。

「着いた。ここだ」

 獅童さんが車を停めて数秒すると、ちょっとびっくりするようなクラシカルな鉄の門扉が、音もなくスムースに開いていく。自動で開くのか、と驚いた。門扉の向こうには森が広がっている。これ、全部庭……なわけ、ないよな。

「車を車庫に入れる」

 獅童さんの言葉にボクはオドオドと肯いた。こんな金持ち、ボクの周りにはいないしこれまでに出会ったこともない。

 ドラマとか映画の世界でしか見ないような金持ち。それが獅童さんなのか、それともこの家の持ち主だったという獅童さんの叔母さんがそうなのか。

 門扉を背にし、獅童さんは左寄りにハンドルを切った。車庫の扉は門と同じくハイテクなのか、遠隔リモートコントロールなのかわからないが、自動で開いた。獅童さんがゆっくりと車を進める。

 車庫は車が3台は余裕で止められそうな大きさだった。サイドには棚があり、車の手入れ用品だったりタイヤだったりが積み上がっている。ボクは詳しくないからそれらがどういうものかよくわからないけれども。

「こっちだ」

 獅童さんは車庫を出るとボクを連れて庭に出た。この庭もすごい。綺麗に手入れがされている。まさか獅童さんが手入れをしている、なんて思えないから専門の人でもいるのだろうか。ボクの庭を見る視線に気がついたのか、獅童さんは「庭師が毎日手入れをしてくれてる」と言った。

 庭師を雇えるなんて、やっぱり金持ちってことだよな。成人しているとはいえどもまだ学生の身でこんな金持ちなんて、獅童さんはお金に困ったこともなければ恐らく就職することもないのだろう。そう思うと、羨望が湧いてくる。

 重厚な木の扉。一枚板に繊細な彫刻が施してある。門のところにもあったけれど、扉にも貼ってあるセキュリティ会社のシールが、この家が本当に、ボクなんかこんなことでもなければ一歩でも入ることが一生ない、縁がないであろう家なのだと知らしめられる。なにせボクの実家、と言っていいのか。母が住んでいるのは賃貸の安アパートだった。今は、再婚相手の家に引っ越してこれまでよりは暮らし向きは楽になっているけれども、それでもごくごく普通の建売だから、こんなシールが貼られることは一生、ないだろう。

 獅童さんは何ヶ所かの鍵を開けて扉を開けると「入れ」と言った。ボクは彼に背を押されるようにして中に入った。気後れしまくる……誰か、ご家族とかいるのだろうか。それにしては家の中がしんとしている。いや、広すぎるから気配が感じられないだけか。

「こっち」

 獅童さんは無愛想にボクを案内する。玄関ホールは、ボクのアパートより広い。廊下の壁には美しい風景画がいくつも飾られている。

「入れ」

 獅童さんの声がボクを促す。開けられたのはガラスの両開きの扉で、一歩中に入ると眩しさに目が眩んだ。

「ふ、わ」

思わず腕で目を庇い、少しずつ目を慣らしていく。慣れていくと部屋の広さが尋常ではないことがわかる。なんだこれ。いったい何畳あるんだろう。

「適当に座って」

 示されたソファはとても値段が高そうで、ボクは尻込みした。細かい彫刻が施された背もたれや脚。座面や肘掛けに施された美しい織物生地。ボクは実家で使っていたぺらっぺらの座布団を思い出した。

「どうした、座ってろ。今何か淹れる」

 座ってろ、と言われても座ったら座面を穢してしまいそうで、ボクは立ち尽くしたままだった。やがてトレイに繊細なティーカップを乗せた獅童さんが戻ってきて、呆れたようにボクを見た。

「座るの、嫌いなのか」

「いえ、なんか、その、恐縮しちゃって」

「立ちっぱなしじゃ話もできねぇ。座れよ」

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