貧乏な男

@MUL630

第1話

 秋も終わる頃、剥がれた外壁と錆びた手すり、そんな廃墟にも見えるような安アパートの一室で、T氏は肩を落としていた。


 この男は生粋の貧乏人だった。真面目に働いてはいるのだが、ポケットの金は落とし、泥棒に入られ、病気にかかり……ありとあらゆる事象が彼の金をむしり取っていった。


 しかし、なぜか不思議と死ぬことはなかった。なぜか生きていくのに必要な分の金だけは、手元にはあったのだ。


「なんとか金を稼がないと、このままでは、住むところまで失ってしまう」


 他人が見ると格安と言えるアパートの家賃ですら、数か月滞っていた。どこかに儲け話はないかと、T氏は色あせたコートにすり切れた靴を履き、街へと足を進めた。


 しかし、不潔で薄汚れたT氏を町の人らは、汚い身なりでうろつかれると迷惑だと言いい、邪険にあつかった。


「もし、そこの人」


 T氏があてもなく街を彷徨っていると、じゃらじゃらと数珠を首にかけた、妙齢の女性に声をかけられた。


「なんですかな?」

「あなたはなかなか面白い相をしていますね、いや失礼、私はここで占いをしているのですが、あまりに珍しいものだったので」

「占いなんかに払う金はないよ、別の方に声をかけたらいかがです?」

「いえいえ、お金はいりませんよ。こんな機会を逃したら、一生見られないような相ですので……ささ、どうぞこちらへ」


 女性はT氏を無理やり引き留め、人相、手相と占っていく。


「それで、私はどんな運勢なのですか?」

「100年に一人の運勢、いや、運命と言ったところですわ。死ぬまで金と、人の縁に恵まれないというものです。そういう星の元としか言えないような……」

「まさか、そんないいかげんな」


 たかが占いと思うことにして、T氏は女性と別れたが、どうにも気になってしまう。そして、猛スピードで向かってくる車に気が付かなかった。


 T氏は車とガンとぶつかり、吹き飛ばされて、そのまま意識を失った。


「ううん、ここは、どこかな?」


 T氏が目を覚ました時、そこは町中や病院ではなく、どこかの川辺にいた。そこにはたくさんの人が列を作り、川を渡し船で渡っている。そこで、T氏は列の後ろの人に声をかけた。


「すみません、ここはどこでしょうか」

「三途の川に決まっているだろう。あんた、知らないのかい?」

「なんと、ああ、私は死んでしまったのか。つまらない人生だった」

「それにしても、なんだいその汚い恰好は、臭いし、あまり近づかないでくれよ」


 まさか死んでからも邪険にされるとは、T氏もさすがに堪えたが、とりあえず列に並び、船の順番を待った。そして数時間後、ようやくT氏の番が来たところで、船頭は手のひらを上に向け差し出し、口を開いた。


「お代を先にいただくよ」

「お代? 死ぬのにも金がかかるのですか?」

「当然だ、三途の川の渡し賃といえば、昔から六文銭と決まっているだろう。普通に生きて、死んだのなら持ってるはずだ、さっさとだしな」


 T氏は着ていたコートやズボンのポケットをひっくり返すが、一銭もでてこない。  


「あんた、一文無しでここにきたのかい」

「ええ、そのようです。あいにく生きている間、金には縁のなかったもので……」

「ロハで川を渡る気だったとは、いい度胸だ。こいつを食らいな!」


 T氏は船頭の持つ櫂で頭を殴りつけられ、再び気を失ってしまった。


 そして、次にT氏が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。


「目を覚ましましたか」

「あなたは?」

「私はここの院長です。あなたは車に轢かれて、救急車でここに運ばれたのですよ」

「そうでしたか。ちなみに、だれが救急車を呼んでくれたのですか?」

「ご婦人でしたよ、なんでも明日、見舞いに来ると言っていました」


 次の日、T氏のもとに、昨日出会った占い師が訪れた。


「あらあら、思ったよりお元気そうで……やっぱり、運が変わっていますわ。今度は、お金に恵まれるに相になっていますわね」

「はは、まあ、一度死んでしまったようで……」

「よくわかりませんが、よかったじゃありませんか。ちなみにあなたを轢いたのは、町の代議士様の息子だそうですよ。たっぷり慰謝料を頂けると思いますわ」


 そう言うと占い師は、バッグから紙の束を取り出して、T氏に渡した。


「これは?」

「わたくし、普段は保険のセールスをやっていますの。あなた、次はケガの相が出ておりますわ。もちろん、契約していただけますわよね?」

 

 T氏は苦笑するしかなかった。

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