第15話 雨の後

 あれから、大体1年近くたった。裁判の結果。俺には執行猶予がついた。保護観察措置つきだったが。裁判長がだいぶ、情状をくんでくれたみたいだ。


 裁判には親も来なかった。どうやら本当に行方不明になってしまったみたいだ。そこらへんもこの判決に関係している。


 懲役2年の執行猶予2年だ。今は、保護措置を取られ、社会復帰している。大学は中退した。思えば、何かに縛られていた気がする。


 何か、こうしなきゃいけないとか、そういう義務感に押しつぶされそうになってたのかもしれない。本当はそんなことないのに。

 

 渦中にいるときはそんなこと分からなかった。目の前しか見えなかった。それもそうだろう。ずっと、閉じこもって、いざ出たら一人で。今思えば環境が俺にはあってなかったのかもしれない。


 時期も環境も合ってなかったんだろう。


 ただ、あんな大それたことをした代償はそのぶん大きい。俺の顔は割れてるし、名前も割れてる。だから、保護管と相談して、東京から離れることにした。正直、東京ではもう生きていけない。もしかしたら、東京はやたら人が集まるが無理に行く場所じゃなかったのかもしれない。人との関係性が必要な者は行く場所じゃないんだろう。


 あの事件はけっこう大きく報道されたみたいで、俺の送ったDMは結局TV局に報道はされなかったが、俺の人生をだいぶ誇張して、引っ込み思案の内気な異常者として報じられていた。だが、あの時の配信がそれで終わることは許さなかった。


 俺は今ネットで名前を検索すれば記事でも動画でもなんでも良く出てくる。その中には批判がやっぱり目立つ。他にも気苦労した者が多いなか、身勝手に人質をとり立てこもった迷惑ものとしての批判。また、若者を貶める為のレッテルとしても良く使われているみたいだ。


 正直、若い人にはすまないことをした。最近は、なんかSNSで10代が良く炎上するせいで更に馬鹿みたいな批判を世代でくくられてされてるみたいだから猶更だ。


 ひとくくりにされるのは何もネットだけじゃない。TVを見てると、話題の心理学者やなんの専門家でもないタレントなんかがZ世代の心理分析と称して、俺の凶行を取り上げやがる。まぁ、どうせ話題性があって見下せるからだろ。


 そんなことは、どうでも良い。人からどう思われようと関係なくはないが、俺の意思までは決して揺るがせる事はできない。俺は俺であり、「若者」ではない。そして、それは俺が知っており、勿論、社会に無視はさせない。


 メディア、特にマスメディアは代表面してるだけの屑どもだ。あいつらは決して社会の中心じゃないし、全てじゃない。あいつらは所詮狭い、奴らの業界の視線で物事を見てるだけだ。そこらへんの学生と変わらない。


 俺は、今、真面目に働きはじめた。なんのことはない地方都市の店舗アルバイトだ。都会で働くのは辛かった。誰もかれもが俺に無関心で、いやそれどころか人とすら見てくれなかった。ここでは…いや、ここでも辛いことはある。地方特有の警戒心とか、いろいろとある。だが、少なくとも、あの無関心で、それでいて使いつぶそうとだけはされる空間よりはましだ。


 俺は自分の意見を叫ぶ術を知っておくべきだったのだろう。


 …今、俺はバイトの傍らSNSで活動をしている。俺みたいなのが出る事をふせぐために。孤独で、誰からも見てもらえない男なんてごまんといる。そんな男は大体が自分で死んでしまうか、酒に殺されてる。そのくせ誰も話は聞いてくれない。なぜなら見たくないからだ。泥臭くて、取り上げる価値も無いと思われてるからだ。


 だが、それを放っておけばどうなる?もし、そういう人たちに金があれば女に依存できるかもしれない、ギャンブルに依存できるかもしれない。だが、それすらなくなったら?本当に誰もガス抜きできなくなったら?


 もし、社会に恨みを抱いたら?


 それを聞く人は誰もいない。誰も聞いてすらくれないし、見ないふりするからこそその憎しみはどんどん心の中で大きくなっていく。いずれ取り返しのつかない所までいけば、それが外に発露するのは時間の問題だ。


 俺は良いも悪くも顔が知られてる。だから、活動にはうってつけだった。今、SNSを通してそんな彼らの話を聞きに行く活動をしている。


 メディアは所詮キラキラしたものばっかり伸びる。泥臭くて、庶民的な物はツイッターでしか流れてこない。だが、それも叩き合いに変わる。マウントの取り合いに変わる。彼らに必要なのはそんな場じゃない。ただ、黙って話を聞いてくれる場所だ。自分を無視しない場所だ。自分を叩かない場所だ。


 社会はそんな場所提供しない。なぜなら宣伝できないからだ。あるけど、表舞台にはまず出てこない。絵面が悪くてマスメディアは取り上げないのだ。


 …この活動をして、初めて会ったのは…聞き覚えのある声の男だった。あの時の警部補の人。渡辺さんだ。渡辺さんは今、都内の2LDKのマンションに息子と共に住んでいる。


 息子が部屋に閉じこもるようになってしまい、あの日以降、話をしようと毎日扉を叩き、謝るようになったがどうしても出て来てくれなかったので力を借りたかったということだった。


 扉をノックする。


 「こんにちは、私は竹内悠人です、分かります?新宿で立てこもった」


 返事が返ってこない。


 続ける。


 「わたし、大学が始まって、行って見ても友達できなくて、それで結局、社会が嫌になって、憎くなって、それで立てこもったんです」


 返事が無い。


 「誰も話聞いてくれなくて、それで、ただただ辛かったんです」


 返事が無い。


 「私、どうやら本当は話せる人が欲しかったんじゃないかなって思うんです、ただ話を聞いてさえくれる人、ちゃんと真正面から目を見てくれる人が」


 …


 「渡辺さん、貴方はどうですか?」


 …


 「話を聞いてくれる人、欲しかったりしますか?真正面から、ちゃんと向き合ってくれる人、自分と本当に会話してくれる人」


 …


 「私は、それが欲しかったんです、でもどうしても手に入らなかった、手に入れ方も分からなかったし、それなりにもがいてはみたけど、ダメだったんです」


 …


 「社会は冷たいですよね、私たちみたいのは見えないふりして、責任もとらずにまっすぐ進んでいくんです」


 …


 「だけど、少なとも私はそれを許さない、無視なんてさせない、私たちは確かにここにいるし、今日も生きてる」


 …

 

 「社会がいかに無視しようと、いかに蓋しようとしても、そのたびに私が取り上げて、投げつけてやる、何度だってそうします、だから、もしよければ、一緒に話してくれませんか?あなたのこと」


 …


 「私はあなたを無視させたくないんです、社会に無視できる都合の良い存在にさせたくない、問題とも思われないようにしたくないんです…だから、あなたの話を聞かせてほしい」


 …


 「一緒に活動してくれってわけじゃないです、ただ話を聞かせてほしい、あなたの正直なところを、それが私の力になるし…何よりも貴方の話が聞きたい、ただ聞かせてほしい、それがあなたのためになるかは分からないですけど、ただ私のために聞かせてほしい」


 …

 

 今日は駄目みたいだ。バイト先に休みは貰っている。だから、少し待とう。無理に出すのは良くない。あくまで、本人が望んでないとだめだ。無理なら諦めよう。もし、そうなら俺の思い上がりだったってだけの話だ。


 「…じゃあ、今日はもう行きますね、ここらへんでホテルとってるので、また明日にでも来ます」


 隣で聞いていた渡辺さんに会釈し、玄関に行く。


 靴を履く。


 後ろからドタドタと音が聞こえ、扉が開く音がする。


 「待ってくれ」


 渡辺さんの息子さんだった。


 それからおれたちは互いのことについて話した。よく渡辺さん息子の話を聞いた。名前は連というらしい。母親のこと、父親が不在がちだったこと、高校までバスケをしていたこと、初めての彼女が浮気して一方的に別れを切り出されたこと、大学に入ったらコロナで登校できなかったこと、登校しても馴染めなかったこと、誰も話を聞いてくれなかったこと、全てが憎かったこと、全てが自分を嫌ってるから外に出れなかったこと、俺のニュースを見たこと、同じような人間がいるんだと思ったこと


 彼の話一つ一つをかみしめながら、気持ちを想像しながら聞いた。それはよくあるけど、誰もわざわざ取り上げない話だった。時折、辛そうに言葉がつっかえるがそのたびに聞いている、大丈夫、いつまでも待つと言って落ち着かせた。ゆっくりでよかった。


 最後に彼は俺に感謝の言葉を述べた。俺はこちらこそ感謝すべきだと言い、頭を下げた。少なくとも、やっぱり本当に全てが自分を嫌ってるわけじゃないと分かった、今のままじゃまずいのは分かってる、これからは、少しずつだがまた外に出てみたい、そうも言った。


 泣いた。そうか、やはり、そうだったのか。やっぱり、俺以外にもこういう人はいて、そしてどうしていいのかも分からず限界を迎えそうになってるんだと。それを今まで一人で抱え込んでいたのかと。改めて確信した。




 俺には大したものが無い。魅力も無い。だから友達ももう殆どいない。もちろん彼女もいない。家族もいない。だが、少なくとも、やっぱり分かり合える人はこの世界にたくさんいて、でもそんな人たちは誰とも分かり合えないでいる。


 だから、俺はこれからもそんな人たちの話を聞き。お互いに話。そして、お互いの存在を確認しあっていく。この世に存在していると、肯定して、確認していく。


 社会は反抗しようと変わらない。怒りをぶつけた所で金の絡まない感情なんて無視される。だから、俺たちは無視できなくなっていこう。互いに互いを認め合い、俺たちの中では肯定し合おう。無視し合わないでいこう。


 そうすれば、きっと一人でも多くの人が社会に絶望し、憎しみを積もらせるのを防げるはずだ。社会参加ができるようになるはずだ。無視できなくしていこう。


 俺たちは今生きている。


 おれたちの時代を、それぞれの時代を重ねていこう。おれたちコロナ大学生、本来ならもらえるもんも貰えなかった。だが、一人じゃない。無視されようと、胸を張って歩んでいこう。社会が認めないなら、俺たちで協力し、助け合っていこう。俺はそれを肯定する。誰が否定しようとも。


 ともに未来へ歩みだそう。


 

 


 


 


 

 

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おれたちコロナ大学生 蛇いちご @type66

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