第14話 新宿区大久保1ー〇ー〇〇 ⑦

 高校生のころに戻った気分だ。良い気分だ。涙が止まらない。でも、笑いも止まらない。あのころに戻った気分だ。


あの人、大して批判も論破もしなかったな。最後のあれはそんなもんじゃない。ただの悪口だ。昔はあんな感じだった。


 …俺の為に昔のスタイルに一瞬戻ってくれたのか。


 …思えば、誰かがおれのために何かやってくれたことがここ数年間であっただろうか。………どこかであったかもしれない。だが、直接的なのは初めてだ。金も発生しないで、しかも人質をとっているとは言え、むしろやれば状況が悪くなることだって考えられう。


 それをあえてやってくれた…。


 ツイッターのDMを確認する。TV局からだ、でもなんか疲れた。ぐったりと項垂れる。


 俺に思ったよりもう気力が残ってない、いいたいこと全部言った。もう、体力も残ってない。取材を受ける元気はない。だが、TVに出て初めて意味がある。でも、もう疲れた。もう、疲れたんだ。もう疲れた。なんだか疲れた。


 久しぶりだここまで人に自分のことを話したのは。ここまで自分の感情を爆発させたのは。疲れた。そんな場無かった。俺には何もなかった。


 いや、打っておこう。音声じゃなくても…俺の人生について…


 私が生まれたのは…


 受話器が鳴る。


 取る。


 「…配信見たよ」


 「…」


 「君にもいろいろ思うところはあったんだろう、きっとそれは我々大人の責任でもある、だからそれは私でよければ謝る、すまない…」


 「…」


 「…頼む、出てきてくれ、これは君のためだ、本当に君のためだ、今自分から出てくればまだやり直せる、いや我々が責任もってやり直させる、君は一人じゃない、一人にしない、頼む…」


 「…」


 「……私ごとですまないが、私には君と同じくらいの子供がいる、男の子だ、大学に行ったんだが君と同じようにずっとオンラインでね、やっと登校しだしたんだが…中々ね…」

 

 「…」


 「仕事の忙しさを言い訳にして、息子の話を聞かなかった、私だけが残った親だっていうのに、甘えなんじゃないかって思いこんでね、中退してしまって…今は部屋から出て来てくれないんだ」


 「…」


 「君の話を聞いて分かった、私は息子に向き合わなかっただけだ、死んだ妻の面影と対面するのが怖くて、だから無事にこれが終わったら今度こそ息子と向き合ってみる気だ」


 「…」


 「頼む、どうか出て来てくれ、さすがに無罪とはいかない、だが君の話は伝わった、少なくとも私には伝わった、頼む、頼む…どうか出て来てくれ本当は言ってはいけないんだが、身勝手だが私は君を信じてるんだ、今SATが待ってる、突入準備を整えて待機している、突入されれば無傷では済まない、いま出てくれば安全に終わる、全て終わる…頼む、頼む」


 「…」


 SATが待ってる。突入されればそれを防ぐ手段はないだろう。こちらには包丁一本だ。


 俺の話は少なくとも一人には伝わったみたいだ。俺の存在、俺の意義、無視はさせなかった。少なくともこれで……。社会にも俺の存在をもう見せつけてやった。TV局は俺の人生を報じるだろう。きっと、バカみたいな感じで。


 でも、それ以上に…もう、なんて言うか、満足だ。まだ、目的は十分に果たせてないきもするが…。


 …そうか……俺に本当に必要だったのは、話を聞いてくれる人だったのか。


 確かに、そんな存在……ここ数年間ずっといなかった。俺は本当に一人で…一人だった。だから、一人で考え、一人で落ち込んでいた。


 誰かと…話す人さえいれば変わったのかな…


 だが、そんな人はいなかった。残念ながら、こんなことをするまでは誰一人として俺の話なんて誰一人聞かなかった。努力が足りなかったか?だが、別に努力しなくても友達はできる。それに友達を作るのになぜ努力をするんだ?そこまでして、無理して作ったのは友達になるのか?相手にあわせて、笑って………。


 俺は結局こんなことをしないと理解者も得られなかった。話すら聞いてもらえなかった。これ以外どうするべきだったのか。方法は山ほどあっただろう。だが、時期が許さなかった。この時期が俺に焦りを生ませた。すべてを否定したかった。本当にあまねくすべてに否定されたら楽だった。


 俺は中途半端な野郎だったか。孤独に押しつぶされそうになって、狂って、こんな凶行をして、誰かに知ってほしかった。俺という存在を。無視させたくなかった。かといって、人を疑いきれなかった。人の言葉を信じてしまった。


 あの人達の言葉、そして本心が俺を肯定している。否定していない。俺のことを考えていると思っている。信じてしまっている。


 はぁ…


 もう…ここらへんでいいかな…。本当に疲れた…。もう、怒りも無い。


 さくらさんのほうを見る。


 俯いている。


 「ここまで付き合わせてごめんなさい」


 机から立ち上がり、右手に握っていた包丁を床に捨てる。


 机をどかす。


 そうだ…せっかくだし、聞いてみるか。


 「ねぇ、Shellac好き?」


 ………さくらさんがゆっくりこっちを見る。驚いた顔で。


 「…はい」


 「そっか…答えてくれてありがとう」


 扉を開ける。左側を見る。バラクラバで顔を隠した、全身灰色の、バイザー付ヘルメットをした男と目が合う。弾倉がオレンジ色の銃を持って、こちらをじっと見ている。


 あぁ、あの子、こんな形で会ってなければなぁ…本当に…。


 

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