第12話 新宿区大久保1ー〇ー〇〇 ⑤

 もしツイキャスでよければ今から配信いたします。


 この人の配信、大して好きじゃなかった。人の事を晒上げるような配信で、昔のネットの象徴だった。今はネットのご意見番みたいになちまって、すっかり牙を抜かれた。中坊どもの学校の告発場だ。


 …だからこそ飛びついてくるだろうと思った。正直、昔から大して好きではなかったけど、今のほうがもっと嫌いだ。そのせいもあってか、この人最近はオワコン気味だったんだ。こんな話題性抜群のものがしかもわざわざ自分の目の前に来てるんだ。絶対に逃がすわけない。


 分かりました、ありがとうございます、ツイキャスのアカウントはこちらです。


 後ろでコンコンと扉のガラスを叩く音がした。振り返る。警察の制服らしい色使いの足と胸。他はスリガラスと張り紙で良く見えないが、警察の人だろう。奥を見ると、ダンボール箱が置いてあった。なるほどさっき言った物資か。


 こんこんとこちらも扉をたたき返し、行けという合図を出す。暫く、その人はそこで佇んだが、そのあと、どこかに行ってしまった。足音が遠くなるまで待つ。


 気づけば、店内の有線の音楽がやんでいた。人が歌う声も聞こえない。今、聞こえるのはカラオケマシーンが待機中に流すくだらない宣伝だけだ。それだけが室内に鳴り響いている。


  さくらさんに包丁を向けて、こちらに来るように手招きする。躊躇するが、すぐに膝ではってこちらに来る。扉を塞いでいた机の上からデンモクともう水しか入ってないコップを地面に置き、縦にして横のソファにのっける。


 さくらさんがこちらにたどり着くと、その後ろに回り、首に包丁を向けたまま左手で右肩をつかんでがっちりと固定し、離れないようにする。


 …ちょっといちいち肌の感触が分かって…ぬくもりを感じて、きついな。初めてだ。初めて女の子と密着している。こんなのが初めてか…。本当に最悪だ。もっと…普通に…。


 …そして、正気を保て。気にするな。目的を間違えるな。


 包丁を向けた瞬間に一瞬ビクンと小刻みに震えるのを感じた。


 恐る恐る、その中腰体制のまま、なんとか扉を開けながらさくらさんと一緒に扉から出る。


 右を見る。左を見る。

 

 …誰もいない。ほっとして、そのままダンボールの前まで進み、さくらさんの膝の上にのっける。そして、向きを返し、また扉の内側へ戻る。


 ふぅ…緊張した…。


 女の子に元に戻るように言ってから、机とデンモクとコップを戻し、床に置いたダンボールを載せ、開ける。


 中身はカンパン4缶、600mlペットボトル入りの水8本。そして、なんかマスクの袋みたいだが…あぁ、これが携帯トイレか。大丈夫かこれ?使えるのか?


 なんだか、一息ついたら無性に喉が渇いてきたな。取り敢えず、ペットボトルをダンボールから取り出してラッパ飲みする一瞬でなくなってしまった。


 女の子のほうにダンボールを滑らせる。


 「腹減ったら、どうぞ」


 また受話器が鳴る。


 ケータイの通知が来る。


 …


 受話器を無視して、ツイキャスを開いた。…そして、ついでにダンボールから一つとってカンパンを開ける。


 「こんにちは、初めまして、本日はよろしくお願いします」


 金平糖を口に放り入れる。かみつぶす。甘い。


 …初めまして、よろしくお願いします…


 カンパンのほうに手を伸ばす。口に入れる。水分が取られる。モサモサしてやっぱりおいしいもんじゃないな。


 えっと……あの、僕の配信見てくれてたってことでお分かりだと思うんですけど…あの、もうちょっと待ってもらっていいですか?もう少し人が集まったら始めましょう…


 まぁ、そうか。これは、ゲリラ配信だ。そう早くには人が来ない。ただこの人の人気はまだ凄い。すぐに、ネットの暇人たちが集まって来るだろう。今日は幸い休日だ。


 「分かりました」


 ミュートにする。さて、この人は一体なんて言うんだろうか。俺の話を聞いてどんな説教をするんだろうか。どんな論破をしようとしてくるんだろうか。まぁ、それは正直どうでも良い。俺は俺の話を聞いてもらいたいだけだ。


 俺の存在を知らしめる。絶対に忘れさせない。


 ついでにテレビ局にDMを送る。


 こんにちは、私は今新宿で人質をとり立てこもっています、取材してみませんか?


 そして写真を送り付ける。


 この時間帯、ワイドショーか何かやってるだろうか。実家から出て、久しくテレビは見てないから分からないが。生放送の何かがやってれば万々歳だ。さて、この特ダネをどう無視するかが社会人としての良識を問われるぞ。


 また、受話器が鳴る。受話器を取る。


 「君…えっと、何をしてるかは分かってるんだね?」


 「はい」


 「…分かった、じゃあ、こちらも一つ聞かせてくれ、君の要求には答えた、頼む」


 「はい」


 「君の目的はなんだい?何か伝えたいことがあると思ったんだが…どうすればその女の子を解放してくれるかな?」


 「全部済んだら…取り敢えず、俺がここでするべきこと…全部終わったらこの子は解放します…もちろん傷一つつけません」


 ケータイのほうから声が聞こえる。どうやらある程度人が集まったみたいで、状況説明してるみたいだ。緊急で配信してるんですけど…か、本当にこんなこと言うんだ。


 「君は何をしようと?」


 受話器をもとの場所に置く。


 えっと…では、自己紹介してもらってよろしいですか?


 スピーカーが鳴る。


 ミュートを解除する。


 「初めまして、私は竹内悠人です、大学3年生です、よろしくお願いします…取り上げてもらってありがとうございます」


 よろしくお願いします…あの、今新宿のカラオケ店で立てこもってる方であってますかね…。


 カメラをオンにする。桜さんにむけてカメラを向ける。うつむいた顔がカメラ越しに見えた。室内をぐるっと1週写す。そして、最後に俺の顔に向ける。


 歯を出して笑う。


 「そうですよ」


 ケータイの充電の減りが早くなるのでカメラをオフにする。


 コメントが流れる。すごい量だ。


 キッ…、怖すぎ、えなにこれ、やばすぎだろ、まじで?、こいつ大学生にしては幼すぎる、大学ってどこのFランだよ、女の子大丈夫そ?キッショ…、おいコメントオフにしとけよ何するか分かんねえだろ、こんにちは!、いまきた、いまきた、こんにちは!、こんうんこ!こん!!he is sick、ぎり抱ける、息子大学に送り出したら化け物になった件、かに道楽、まだ間に合う、竹内優斗 090-5746-1133  市立若宮中学→市立新潟中央高校→市立会津北高校→国立一橋大学商学部、特定助かる、特定早、なんだこいつ引っ越しすぎだろ、死ね、死ね、なんでこんなことしてるんですか?勉強してもこんなんなっちゃうんだね、チーズ牛丼とか好きそう、女の子可哀そう、こいつやったな?、女の子普通に可哀そう、鈴木桜19歳 明治大学2年、女の子まじで可哀そう、ふざけんな、特定早、ふざけんな、消せ、消せ、普通に可哀そう、女の子大丈夫?桜ちゃん可哀そう、女の子大丈夫?さくらさくらさくらさくらさくら、


 えっと…なぜ、僕に配信依頼を…?色々聞きたいことはあるんですけど…


 「はい、単的に言うと、私の意見を聞いてほしかったからです、世間に、それで昔よく見てたあなたを」


 え…あ、わかりました…。意見ですか…?


 「はい、どうしてこういうことしたのかとか、そういうの全部、俺のことについても全部全部話しておきたいなと思って」


 えぇっと…分かりました。じゃあ、僕から質問する感じでそれに答えてもらう感じで良いですか?


 「はい」


 後ろで受話器が鳴る。


 無視する。


 …


 えっと…じゃあ、あのまず…女の子の声とかって聞かせてもらっても…?


 「はい」


 受話器がやむ。


 あの、と声をかけこちらを向かせたあとに手でこちらに来るように合図する。スピーカーにしてるからここまでの流れも全部聞こえてるはずだ。


 「…はい」


 えっと…代わりましたか?大丈夫ですか?


 「…はい、いまのとこ……」


 大丈夫ですからね、すいませんこんな状況なのに、すぐ終わりますから、安心してください、冷静に、焦らないでくださいね


 「…はい」


 桜さんに再び戻るよう手で合図する。


 「代りました、俺です」


 

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