第7話 ぼくたち若者

 バイトは辞めた。泣きそうな顔で、バイトリーダーみたいな感じの人に泣きついた。あれは社員だったのか?よくわかんないけど、本当につらかったからもうやめたいと言ったら、若干引きながら退職届をくれた。これまでにない勇気を使った。二度とあそこにはいかない。


 だが、もう疲れた。これで、俺は完全に社会との接点が無くなった。大学は別に社会との接点ではない。俺自身が接してないからだ。


 これは俺の努力不足か?どうすればよかった?


 こうして、大学の3年は夏休みを挟み、しばらく経ちクリスマスイブ前日になった。今日までなんとか講義には出てきた。だが、食堂にはいかなくなった。理由は2つだ。奨学金ONLYになって昼飯をわざわざ大学で買って食べるのがきつくなったからと、あの空間に耐えられなくなったからだ。


 おかげで今は一日1食だ。最近、痩せてきた。無駄に痩せてきた。本当に無駄に。そして髪も長くなってきた。そろそろ、結んだほうが良いな。床屋に行くのがめんどくさい。


 今は大学と家を往復する生活を繰り返している。だから、今日もいつもみたいに大学へ行く。


 俺は、なんとなくゼミに希望を抱いていた。だが、それも無駄な希望だった。俺のゼミは3人と元々少なかったが、馬鹿みたいな事が起きて、俺以外の2人が既に中退してたからだ。オンラインでやってるとき、なんとなく途中から来なくなったからサボリか?と思ってさみしかったが、まさか中退だったなんて…。


 そのうち一人は恐らく女がらみだ。児童ポルノ所持っていうを教授が教えてくれた。俺一人になったのを気の毒に思って教えてくれたんだろう。高校生と付き合ってたらしい。そして、写真を送り合ってたのを相手の親が見つけちまったんだ。


 …


 どう反応するのが正解なのかは分からなかったから、言われた時は無言だった。いや、まじで、なんていえば良いんだ?


 このゼミはだからどこか他のゼミと合併するらしい。でも、正直もう…どうでも良い。友達を作ろうなんてもう思わない。もう、ここまで来たらどうしようも無い。


 俺が大学に欲しかったものは全部手に入らなかった。


 夏、インターンに行った。取り敢えずいろんな所を回ってみたが、どうやら俺の口は馬鹿みたいに重くなってたみたいだった。喋るのが本当に苦手になってた。だからグループワークが多くてきつかった。


 …今日は冬休み前の最後の大学だ。


 リュックを背負って、馬鹿みたいな姿勢で馬鹿みたいに歩いて馬鹿みたいに登校する。そして、馬鹿みたいに座り、馬鹿みたいにイヤフォンを耳につける。


 …分かったんだ。どうして、やたらみんなイヤフォンをつけて、飯食べてるときもスマフォを見て、何をしてる時もずっと液晶を見てるのか。


 孤独がきついんだ。本当にきつい。だから、誰かに最初は助けてほしがる。が、可愛い女の子ならまだしも、こんなしみったれた男を助ける奴なんていない。だから、みんな情報を常にいれるんだ。自分は情報に集中し、孤独を意識する暇を作らない。


 そう、孤独を感じないシステムなんだ。


 教授が来た。イヤフォンを外し、ノートとボールペンを出す。


 イヤフォンは声も遮ってくれる。だから、好きだ。周りの声は俺の孤独を引き立てる。


 どうして、俺がそこにいなかったのかって…


 講義を聞き終え、イヤフォンで耳をふさいだ状態で移動し次の2個の授業も聞き終えて、イヤフォンを付ける。帰る。Shellacを聞きながら帰る。音楽以外は何も聞こえない。


 そして、前を見ない。ツイッターを開いて、それを見る。


 本当に前を見たくないからだ。今、外を歩いているのは殆どが学生の…カップルだ。そこら中にクリスマスごみが光り輝いている。そんなのを見たら…俺は……本当に……


 駄目だ、今既に泣きそうだ。


 …家が見える。鍵を開け、部屋に入る。…当たり前に暗い。電気をつけ、リュックを下す。靴を脱ぎ、イヤフォンをはずす…


 …隣の部屋から複数人の笑い声と喋り声が聞こえる。


 隣…?両隣から声が聞こえる。


 男女それぞれの声だ。糞みたいにさわ…楽しそうな声だ。イヤフォンを耳につける。うずくまる。Shellacを流す。目をギュっとつむる。ここは地獄だ。すべてを呪う。全部呪う。俺が何をした?何もしてないからか?じゃあ、何をすればよかった?


 もう、ここにはいれない。だが、外に行っても駄目だ。クリスマスばかやろうで駄目だ。くそ。くそ。


 くそ。


 そうだ。


 風呂場に行く。全裸になる。イヤフォンを外し、Shellacを最大音量で流す。シャワーを出してそこら辺の壁にあてる。そして、馬鹿みたいなステップを踏みながら、奇声を発して、バカみたいに踊る。本当に馬鹿みたいに踊る。大音量のShellacが風呂場に響きわたる。


 気持ちいい。なんて気持ちいいんだ。俺は、なんか、今この世の全てを超越した気分になっている。


 オォォォオォァアアアアアアアアアアアアアアアアォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオhhhッホホホホホホホホホホhアアアアアアアアアアアアアォオオオオオオオオオオオオオ。


 馬鹿みたいなステップで馬鹿みたいな声を出す。本当に気持ちいい。もっと初めからやっておけばよかった。一切、他のことを考えずに踊りまくる。


 …ドンっ


 遠くで何か聞こえたが絶対に耳を貸さない。俺は、絶対に耳を貸さない。


 …ドンっ


 「壁ドンかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?うるせぇぇぇぇオオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアホホッォオオこっちはおどってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 全てどうでも良い。全部全部どうでも良い。俺はどうでも良い。今、おれこそ世界の中心だ。こんなことをしてる人間が今いるか?いるはずがない。俺はいま世界で唯一の存在だ!


 インターホンがなる。


 流石に冷静になる。


 ドアがどんどんと叩かれている。なんだか、怒ってるみたいだ。


 Shellacを止めて、急いで服を着る。


 ドアスコープから外を見る前に声が飛んでくる。


 「うっせぇんですけど」


 恐る恐るドアを開ける。


 「あの、いま友達来てて…もうちょっと静かにしてくれないですかぁ?」


 怖そうな体格の良い大学生だ。隣のやつか?さんざんそっちからやってきて何言ってんだ?


 怖いので、無言でドアを閉めた。


 そして、風呂場に行ってさっきの続きをする。


 良いだろう。お前がそういうなら、勝負だ。どうせ、女に良い顔見せようとしてんだろ。ダボが。死ねよ。糞が。知らねぇよ。俺の存在知らしめてやる。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオホアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオ


 しばらくそうしていると、またインターホンの音が鳴る。…なんだ?またか?無視して続けるが、玄関先から警察だという声が聞こえた。俺の名前を呼んでいる。


 この声は、さっきのクソ大学生じゃねぇ。急いで、服を着て、shellacを止めて玄関のドアを開ける。


 「ここのアパートの人から通報が来て、君の部屋から奇声が聞こえると、それでとんできたんだけど…君なんかハーブとかやってる?」


 そこには制服を着て、防刃ベストをつけた警察官が3人立っていた。


 すいませんと申し訳なさそうに頭を下げる。ていうか、普通に申し訳ない気分だ。


 「まず、これに息吐いて、アルコールとか飲んでる?ちょっと、家の中見せてもらっていい?」


 はい…はい…。力なく返事する。すいません…すいません。


 一人の警察官が玄関で靴を抜いて家に入っていく。だが、そもそもあさるところも大して無い家だ。すぐに家宅捜索は終わった。


 「うん…アルコール反応ないっすね…えぇ、麻薬もなかったですか?えぇ…?」


 なんていうか、目の前の警察官が困惑している。


 「君さ、なんでそんなことしてるの?ここアパートだよね、ダメだよそういうことしちゃ他の人の迷惑になっちゃうでしょ」


 でも…隣の部屋が…


 口が裂けても言えない。


 黙ってうなずく。


 「はぁ…今回はさ我々は厳重注意って形で終わるけどさ、もう1っ回やったら書類送検ね、最悪前科ついちゃうから、後大家さんが迷惑するからやめなよ、君も若いんだからさ、そんなことしてないで遊んできなよ」


 あ…


 「ほんとさぁ…じゃあ、もう俺たち帰るから、二度とやらないでね」


 3人の警察官が引き上げていった。残されたのは俺一人。部屋が暫く沈黙につつまれるが、10分ぐらい後にまた、両隣から男女の声が聞こえ始めた。


 イヤフォンを付けて、ベッドの上でうずくまる。

 


 


 


 


 

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