第十話 「野獣と美女、 『共』に『有』る」

 


 リフィが旅立ち、 一年が経った。

 ......いや、 もうとっくに過ぎていた。


 彼女は旅の経過を手紙で教えてくれていた。

 しかし、 丁度旅立ちから半年程経った時。

 魔王様が住むという国に辿り着いた時から......連絡が途絶えている。

 それから半年以上が経過していた。

 予定通りなら戻ってきてもおかしくない頃だ。


 何か、 あったのだろうか。


 心配しても確かめる術は俺たちにはない。

 渡していた「虫の知らせ」も距離が離れ過ぎているからか発動した事がない。

 それとも本当に危険に陥っていないのか。

 やはりそれも、 俺には確かめようがなかった。


 時折頭に最悪の結果が過ぎる。

 心配のし過ぎで発狂した事も、

 あらぬ事を疑ってしまいそうになった事もあった。


 それでも、 俺は結局信じていた。

 リフィの、 帰りを。

 ......ま、 夫として当たり前の話なのだがな。


 だが、 きっとそろそろ限界だろう。

 それはリフィを信じていないとかそういう話ではない。

 心の問題ではなく、 身体の問題。


 俺はもう、 一年前の時点以上に死にかけている。


 今度こそ本当に、 俺には時間が残ってはいなかった。


 ◇◆◇


「おはようございます、 ウルフォン様」


 朝。

 俺はテンシュが扉を叩く音とその声で目を覚ます。

 ......とは言ったものの、 一日中寝ている為に今が朝かどうかも本当はよく分かっていない。

 その言葉から時間を推測しているだけだ。

 最近じゃ視力どころか、 「匂い」も「光」もあまり感じなくなってきている。


「今日は朝食、 食べられそうですか? 」


 どうやらテンシュは食事を運んできたようだ。

 微かに「匂い」を感じられた。

 おかげで食欲をそそられる。

 ......今日は、 食えそうだな。


「ぁ......う、 く、 ん......」


 俺はそれを伝える為に声を出す。

 しかし言葉にも単語にもならない。

 何故なら、 歯は全て抜け落ち、 口も舌も上手く動かないからだ。


「分かりました。 調子が良さそうでなりより」


 けれどテンシュは俺の意図を理解してくれたようだ。

 ベッドに腰掛け、 食事をスプーンで掬い口に運んでくれる。

 暖かいものが口の中に流れ込んできた。

 もはや味覚すら殆どない。

 だがその、 半固形のスープのようなものが俺の唯一摂れる食事だ。

 病人食だが介護食だか分からないソレを、 俺は何度も咳き込みそうになりながら飲み込む。

 生きる為の栄養を、 逃す訳にはいかんのだ。


 食事は一時間程かけてゆっくり食わせてもらう。

 その間、 テンシュは付きっきりだ。

 何度も零しただろう。

 何度もむせただろう。

 それでも彼女は文句一つ言わない。


 その量など小さなパン一つにも満たないだろう。

 しかし、 俺はそれを完食するのがやっとだった。



「それじゃ。 ウルフォン様、 失礼しますね? 」


 食事が終わると身体を拭いてもらう。

 もはや自力で水浴びも出来ん。

 しかし放っておけばノミやシラミが住み着く。

 他人に毛繕いのような事をしてもらわねばたちまち俺は虫の巣になってしまうのだ。


 この時におしめも変えてもらう。

 当然ながら自力でトイレに行く事も出来ない。

 情けない、 実に情けない話だ。

 そして何より......テンシュに申し訳ない。


「何を今更。 ここまできたら最後まで面倒見ますからね」


 言葉にならない声を発すると、 彼女は意図を汲み取ってくれる。

 そしてその返事が、 ありがたさと申し訳なさを生む。

 それは「呪い」の発作の要因になりかねないが......もはや痛みすら感じないこの身体には意味のない話だった。


 身体を拭き終わると魔術を掛けてもらう。

 痛みすら感じなくなったものの、 「呪い」による身体が蝕まれる症状は消えない。

 これはその進行を抑える為のものだ。


「それでは、 また昼に来ます。 それまでゆっくりお休みください」


 それらの流れが終わるとテンシュは部屋を出て行った。

 彼女は忙しい身だ。

 屋敷維持の為の金策や、 畑や牧場の管理をしなければならない。

 メイドがいない今は掃除すら仕事のうちだ。

 俺ばかりに構ってられる暇はないのだ。


 寝室から誰もいなくなると、 俺は寝る。


 これだけの事。

 たったこれだけの事で疲れ切ってしまい、 ぐっすりと眠れる。

 自分では何もしていないというのにな。


 目覚めた頃には次の食事の時間になっている事だろう。

 そして同じ手順を繰り返す。

 それが、 俺の毎日だ。



 ご覧の通り、 俺は寝たきりの病人だ。

 介護が必要な者よりもタチが悪い。


 俺の内臓は、 半固形でなければ食べ物を消化吸収出来ない程に弱っていた。

 俺の身体は、 テンシュが拭くだけで折れてしまいそうな程に痩せ細り骨も脆くなっている。

 俺の体力は、 一日に数時間しか起きていられない程に衰えていた。


 分かっている。

 こんな日々はそう長くは続かない。

 限界が近づいている。

 リフィが帰ってくるまで持たないかもしれない。


 ......いや、 きっととっくのとおに限界を超えているのだろう。

 それでも死なずにいられるのは、 テンシュを始め屋敷の者たちが全力で助けてくれているからだ。


 そして何より、 俺は信じているのだ。


 こんな状況でも。

 何度疑っても。

 俺は信じている。


 リフィの帰りを。

 あの子が何かしらの成果を持って帰ってくれる事を。

 俺は信じている。


 後は最早気力の問題だ。


 俺の心身が折れるのが先か。

 リフィが帰ってくるのが先か。

 それだけの問題だ。


 正直、 もう生きる事は苦痛でしかない。

 死んで楽になれるものならなってしまいたい。

 一日のうちにそう何度も思う。


 だが本当にそうなった時に、

 その後リフィが帰ってきたとしたら、

 彼女はきっと深く悲しむだろう。

 自分の事よりも、 俺を死なせてしまった事に後悔するだろう。

 その姿を想像すると、 死ぬ訳にはいかないと毎度思い直す。

 それだけが、 今の俺の生きる糧だった。


 こうして俺はこの一年以上を生き抜いてきた。

 なんとかなる。

 きっと間に合う。

 そう自分に言い聞かせ一日一日を越えていったが......。


 終わりは、 ある日突然訪れた。


 ◇◆◇


 その日はとても暖かかった。

 毎日毎時全身を包む気だるさを不思議と感じなかった。

 まるで雲の上に寝ているようそんな感覚。

 俺をそれを、 ベッドの上で味わっていた。


 けれどその時の俺に意識はない。

 いよいよ寝たきりを通り越し、 昏睡状態に陥ってしまったのである。


 本当に不思議だった。

 意識は全くない筈だ。

 しかしそれを自覚し、 意識はハッキリしているのだ。

 本当に不思議だった。


 まるで半分幽体離脱でもしているような状態、 とでも言うのだろうか。

 身体は軽く、 部屋の中も見渡せる。

 目が見えない筈なのに見えるのだ。

 しかしどうにもハッキリではないが。

 まるで全てにモヤがかかっているようだった。


「......」


 俺が寝ているベッドの横に、 テンシュが椅子に腰掛けているのが見えた。

 正確に言えば人型の「光」程度にしか認識出来んのだが、 何故かそれがテンシュと分かった。

 こうなってから彼女は何も言っていない。

 表情も分からない。

 でも、 これだけは分かった。


 いよいよ、 俺は死ぬのだな。


「ウルフォン様にしては、 よく頑張ったんじゃないですか? 」


 それをまるで肯定するように、 テンシュが話し始める。

 最早反応すらしなくなった俺に対して語り出す。


「逃げていた所から現実を見て、 自分の気持ちと向き合って、 リフィ様と結婚して......こんなになるまで待ってあげて。

 今なら、 向こうに行っても、 前のリフィ様と魔王様に半殺しにされるだけで済みますよ」


 ......全く。

 人が死にそうだという時にこの調子か。

 しかも半殺しとはなんだ半殺しとは。

 本当に、 コイツは......。


 その後もテンシュは俺に語り続けた。


 昔の思い出。

 今の屋敷の現状。

 未来の展望。


 それら、 延々と。

 普段ならとっくに仕事に行っているだろう。

 ずっと、 ずっと。


 ......。

 テンシュにも、 ここにはいないがメイドにも、 本当に世話になったな。

 昔から今へと続き、 返せない程の恩がある。

 遂にそれを返せなかったな。

 そして金も......。

 本当に申し訳無い事した。

 今すぐ何かの形でどうにかしたいが......。


 どうやら、 時間切れのようだ。


 俺の身体......霊体とでも言うのか。

 それが見る見るうちに薄くなっていくのが分かった。

 そしてハッキリとしていた意識も遠くなっていく。

 もう、 ここまでのようだな。


「っ!? ウルフォン様! ウルフォン様!! 」


 途端にテンシュが騒ぎ出す。

 俺自身の身体が何かしら変化を見せたのだろう。


「待って! 待ってください!! まだ話したい事が沢山......! 」


 さっきまでの話はお別れの挨拶のつもりだったのだろうか。

 落ち着いてた様子から一変し、 泣き声混じりに怒涛の勢いで話すテンシュ。

 そして、


「......やっぱり、 やっぱりダメです! リフィ様たちが戻ってくるまで死ぬなんてダメですよ!! 生きて待つって言ってたじゃないですか!! 」


 最早それすら保てなくなったのか、 必死に俺を


 お前の言う通りだ。

 言う通りだが......こればかりはもうどうしようもないのだ。

 心の限界よりも先に、 身体が持たなかったのだ。

 数多くの延命処置をしてくれたが、 それですらどうにも出来ないところまできてしまったんだろう。


 ありがとう。

 もういい。

 お前こそよく頑張ってくれた。

 もう、 俺の事など気にしなくてよいのだ。


「待って! 待ってくださいウルフォン様!! 私は、 まだ何も、 何も貴方に返せてない......! 」


 ハハッ、 何を言っておるのか。

 最早十分。

 お前が思ってる以上に、

 俺が与えた以上に、 返して貰ったさ。


 ......。

 どうやらもう本当に限界のようだな。


 伝わるかは分からんが、 本当に世話になった。

 ありがとう、 ありがとう。

 もし伝わっているなら、 リフィが戻ったら伝えて欲しい。



 愛していると。

 俺の為に手を尽くしてくれた事に本当に感謝していると。

 お前と過ごした時間、 本当に幸福だったと。



 それだけをテンシュに一方的に語り掛けた後、 俺は意識を手放した。

 後は流れる身を任せるのみ。

 ......そう、 思ったのだが。



『ハッ! そんなの自分で伝えるんだね! 』



 声が、 聞こえた。

 その声に頭を殴られたような衝撃を覚え、 拡散する意識が再び収束する。



『そもそも半殺しってなんだい! ワタシは許した覚えはないよ! 全殺しだよ全殺し! 全く、 甘えてんじゃないっての! 』



 それは、 聞き覚えのある声だった。

 そして、 一生......死んでも忘れられない声だった。


 そうだ、 忘れる、 訳がない......!



『リフィ......』



 俺は思わず名を呼んでいた。

 それはリフィに対してではない。

 死んだ、 俺の妻に対してだ。


 ああ、 そうか。

 お前が迎えに来てくれたんだな。

 ハハッ、 この口振りじゃあ死んでも殺される。

 しかしどうして、 こんなにも心地よいか。

 ......いや待て違うだろう。

 俺だけが勝手に楽になってどうする。

 俺はコイツに、 何個も何個も謝らなければならない事が......。


『あ、 その、 だな。 何から話せばよいか......。 とにかくお前に謝りたい』


 この状態で何故声が出ているのか分からない。

 しかしそんな事も気にしてられない程に俺の心は様々な感情に襲われていた。


 言いたい事は沢山ある。

 思う事も沢山ある。


 死んだ妻にもう一度会えた喜び。

 彼女の名を他の人間に使ってしまった事への罪悪感。

 その女性を愛し結婚した事の報告。

 それに後悔はないが、 謝らなければいけないのも間違いない。

 そしてそんな彼女を待つことが出来ず死んでしまう事の情けなさ。

 ここまで前妻を裏切っておいてのこのオチ。

 言い訳がましいかもしれないが、 話したい事謝らなければいけない事が沢山あるのだ。


 しかし何から話せばいいものか。

 そもそもさっきの口ぶりからして全てお見通しなんじゃないのか?

 だったら最初に謝って......。


『ああもう! ウジウジウジウジ相変わらずだねアンタは! 』


 色々考えているうちに檄が飛んでくる。

 懐かしいな、 この感覚。

 しかし感傷に浸るのとは別に、 俺は無条件で縮こまってしまう。

 条件反射というやつだな。


『そういうのは本当に死んでからにしておくれ! なぁに安心しなよ! その時は聞いた上でボコボコにしてやるからね! 』


 ひ、 ひぃ!!

 やっぱりコイツは恐ろしい獣人だ!

 ......ん、 待てよ。

 今コイツなんと言った?


『俺はまだ、 死んでいないのか? 』


 さっきの発言から考えうる答えはこうだ。

 それに対し、 前妻は大きく頷く。


『ま、 結局はほっときゃ死んじまうけどね! だからその前にワタシが引き止め役を任されたのさ! 』


 またその発言に引っかかる。

 引き止め役?

 一体誰に頼まれたというのか。


『そんなの決まってるだろ? 魔王様だよ』

『っ!? 』


 魔王、 様?

 いや待て落ち着け。

 今重要なのは魔王様がコイツを寄越したという結果じゃない。

 あの方だって全知全能な訳じゃない。

 遠く離れた地の、 俺の死期など分かる筈がないのだ。

 

 という事は、 つまり。


『あの子、 中々根性あるじゃないか。 アンタの事は許さなくても、 あの子の事は認めてやってもいいよ』


 ああ、 そうか、 そうなのか。

 ちゃんと会えたんだな。


『言ったろ? 自分で伝えろってね』


 そういった瞬間、 前妻の姿が薄くなっていった。

 なっ! まさか、 まさかこれで別れだというのか!?

 待ってくれ! まだ話したい事が!


『そんな顔すんじゃないよ馬鹿! いい加減今の女を見てやったらどうだい! ......大丈夫。 死んだらちゃんと会えるんだからね』


 ......そうだな。

 ああ、 分かったよ。


『ありがとう、 リフィ』


 そう伝えた刹那、 前妻は光になって消えていった。

 最後に見慣れた笑顔を残して。

 俺はそれを静かに見送る。


 これは今生の別れではない。

 いや、 「今生」ではあるか。

 何にせよ、 きっとまた会える。

 その時は全力で殺されよう。

 そう改めて誓ったその瞬間。



「ウルフォン様!! 」



 リフィが、 寝室に駆け込んで来たのだ。


 それは今消えていったリフィではない。


 今を生き、 そして今俺が愛すべき存在。


 盲目だったリフィだ。



 ああ、 そうか。

 帰って来てくれたんだな。

 魔王様に会い、 戻って来てくれたんだ。

 だからこそ、 前妻と魔王様は、 俺の死に目に会えるように時間稼ぎをしてくれたのか。

 どうしてこう、 俺は恵まれているな。

 逃げてばかりだった俺を、 こうして気にかけてくれるとはな。

 本当に、 ありがたい話だ。

 おかげで、 最後に愛する者に会えた。


「ウルフォン様! わたくしです! リフィが戻りました! もう大丈夫ですからね! 」


 状況が分かっているのか、 リフィは今正に死のうとしている俺の身体を揺さぶり声を掛けている。


 もういいんだ、 リフィ。

 こうして最後に顔を見せてくれただけで幸福だ。

 アイツが言っていたように、 自分で言葉を伝えられる。

 伝わるかどうかは分からんが。


「リフィ様! ウルフォン様が、 ウルフォン様が!! 」

「テンシュ様、 大丈夫。 大丈夫です。 わたくしが必ずこの方を救って見せますから」


 二人が何やら話している。

 しかしもうその内容すら聞き取れない程、 俺の意識は薄れていた。

 今度こそ本当に時間がない。


 最後に、 最後に伝えなければ。


 リフィ、 俺は......。



「その為に、 わたくしは魔王様から力を授かったのですから......! 」



 だがその健闘虚しく、 俺の意識は途切れてしまった......。


 ◇◆◇


「......はっ!! 」


 気が付くと、 俺は意識を取り戻していた。

 それはあの霊体のようなものでなく......確かに身体の感覚がある。

 先ほどとは違い目は見えなくなっている為、 身体に戻ったのは確実なようだ。


 どういう事だ? あのまま死後の世界に行ったのではないのか?

 それにおかしい。

 身体が妙に、 軽い。

 まるで衰弱する前に戻ったようだった。

 一体、 どうなって......。



「ウルフォン様、 お目覚めですか? 」



 その時、 俺の耳に声が届いた。

 今度は確かに、 意識ある俺に向けられた声だ。

 聞くと安心し、 心地よい声。

 リフィの声だった。


「これはどういう事だ......っ?! 」


 思わず漏らして驚いた。

 喋れている。

 使い物にならなくなった唇や舌が動いている。

 それどころか歯が生えているではないか。


「リフィ! 一体何をしたというのだ! ......まさか! 」


 もはや死を待つだけだった俺の身体を、 リフィが治した。

 魔術を扱えるようになったとはいえ、 テンシュですら回復させられなかった俺の身体をだ。

 こんな事を出来るとするならば、 それは......。


「そうです。 わたくしは、 魔王様の力の一部をお借りしたのです」


 そう言葉を返してきたリフィは、 魔王様の住む国に着いてからの半年以上の出来事を語り出した。


 ◇◆◇


 その国に入り、 魔王様とは思いの外早く出会う事が出来たらしい。

 何せ国公認でそこに住んでいる重要人物だ、 見つけるのは簡単だったと言う。


 そこまではトントン拍子で進んだものの、 ここから少し手間取ったようだ。

 魔王様が抱えていた問題に巻き込まれたらしい。

 聞けば理不尽な扱いを受けていた人間を助けていたとか。


 ふふ、 実に魔王様らしい。

 強大な力を持ちながらも、 弱き民を見捨てる事が出来ない......あの方はそんなお人だ。

 その慈悲の手は相手が魔の者だろうと人間だろうと種族問わず伸ばしていた。

 だから俺は、 そんなあの方に憧れそれに習った。

 だからテンシュやメイドを拾ったのだが......まァそれはいいか。


 とにかく、 リフィはそんな魔王様を間近で見ていたらしい。



「正直な話、 あのお方と実際会うまでは迷っておりました。 わたくしの愛するウルフォン様を助けてくださるに値する人物かどうかを。 だからこそ、 敢えて行動を共にし、 見定めようとしました。

 しかしそんな事はわたくしの杞憂でした。 傲慢だったと言ってもいいかもしれません。

 魔王様にお仕えしていたウルフォン様のお気持ちが分かりました。

 だからこそ、 問題が解決した後に、 ウルフォン様を助けてくださるようにお願いしたのです」



 ふ、 ふむ。

 言いたい事は分かったが......そこまで真っ直ぐ気持ちを言葉にされるとむず痒いな。

 テンシュなぞそんな俺の反応を見てニヤニヤしておるではなちか。

 お前、 さっきまでの汐らしさはどこにいったのだ、 全く。

 ......まぁなんにせよ、 リフィが魔王様を認めてくれたのならば良かったが。


 その後の話を聞くに、 どうやらリフィは魔王様から「力」の一部を授かったらしい。

 それにより、 瀕死状態だった俺を健康な状態まで戻せたのだとか。

 流石に「呪い」まではまとめて治せなかったようだが......それでも流石は魔王様だ。

 ふむ、 相変わらず頭が回らん。


「ごほん」


 そんな風に関心していると、 テンシュが分かりやすく咳払いをしだした。

 なんだ? 放っておいたから拗ねたのだろうか。


「あの、 ウルフォン様? 久しぶりの魔王様の凄い話を聞けて嬉しいのは分かりますが......それよりも先に思う事言う事があるんじゃないですか? 」


 彼女はそう言いながらリフィの背中を押したようだ。

 相変わらず何も見えないが、 リフィが俺の身体に倒れてきたのでそれが分かった。


「あ、 い、 いえ! わたくしは、 その......」


 ......そうだな。

 大切な事を忘れる所だった。

 俺というやつは、 全く。


 だから俺は。

 そっと背中に腕を回し、 強く抱き締めつつ。

 もう片方の手で頭を撫でながら言った。



「おかえり、 リフィ。

 お前が帰ってきてくれて本当によかった。

 これ以上の幸福はない。

 例えもう目が治らなくても......それだけで充分だ」


「あ、 ああ......ウルフォン様。

 はい、 はいっ! ただいま......ただいま......! 」



 リフィはそのまま、 俺の腕の中で泣いた。


 ◇◆◇


「ウルフォン様、 目が治らなくてもいいとは聞き捨てなりません! 」


 暫くして落ち着いた後、 リフィは俺から離れるや否やそんな事を言い出した。

 もはや元気いっぱいと言う様子だ。

 しかしこの口振りからするに......。


「魔王様から、 その方法も授かったと言う事か? 」

「ええ、 勿論です! 」


 そう返事をするリフィの「匂い」は確信に満ちていた。

「光」も見た事のないくらい輝きに満ちている。

 つまり本当という事か。


 ......そうか、 治るのか。


 リフィから「呪い」を引き継いだ時、 俺はそれごと命を道連れにする覚悟があった。

 だからさっきの状態のまま死んだとしても構わなかった。

 リフィがその分生きてくれるのならそれでよかったのだ。

 この「呪い」は解呪不可能だと思っていたからな。


 だが、 それが治るとなれば......、


「聞かせてくれ、 その方法を」


 俺だって生きていたくなる、 リフィと共に。


「はい! 」


 俺の素直な気持ちに、 リフィはいつになく元気に答えたのだった......。


 ◇◆◇


 あれから、 二年の月日が流れた。


 俺たちは今、 「夢」に向けて毎日各々必死に働いている。


 俺が夢見ていた事。


 幼い頃に抱き、

 魔王様が体現された事に憧れ、

 色んな事を忘れても心の奥底に持ち続けていた「夢」。


 俺はそれを皆に語り、 共に叶えて欲しいと頼んだ。

 皆はそれに共感してくれた。

 俺の夢は、 いつしか皆の夢となったのだ。


 だから我らは今、 その為に毎日奔走している。


 人間と異種属の共存。

 種族など関係なく、 共に暮らせる世界。

 どちらが上や下などなく、 対等に生きられる社会。

 それを目指して。


 昔読んだ童話で、 人間の美女と獣人の男が恋に落ち結ばれていた。

 そこから始まった俺の憧れ。

 それはリフィと結ばれた事によって叶っている。

 でも俺は、 その先を童話の奥に見た。


 思えば俺の半生は、 童話よりも数奇な運命と共にあった。


 今では悪の権化として語られる魔王様の傍で戦い、

 物語のように、 勇者によってその幕を閉じる事となる。


 しかし、 思えばこの二人がいなければ俺の夢物語は童話のままで終わっていたであろう。


 魔王様は、 種族問わず弱き者を受け入れていた。

 勇者は、 生き残った魔の者が爪弾きに合わないようにと人間社会に受け皿を作った。

 今考えれば、 その時点で俺の夢は叶っていたのだ。


 だがそうならなかったのは......今を生きる者たちのせいだろう。

 そこには、 俺やリフィたちもきっと含まれている。


 俺たちは互いを受け入れなかった。

 建前上は共存を語っても、 本心はそこにはなかった。

 二人が用意してくれた道筋を無下にしていたのだ。


 だが俺たちは出会った。

 そして互いを受け入れ、 変わった。


 だからこそ信じているのだ。

 この変化が世界中に広まる事を。


 まだこの世界では、 種族の違いによる差別が起きている。

 それだけでは無い。

 戦いに勝利した人間とて、 リフィのように奴隷になる事もある。

 それらを全て引っ括めて、 俺は変えたいのだ。

 ......まぁ、 最初からそんな大それた事をするつもりはないがな。


 だからこそ、 先ずは一歩を踏み出した。


 俺は俺たちは、 ここから始める。

 人間と魔の者が共存する屋敷を更に発展させ......村にするのだ。


 ◇◆◇


「おいオオカミ。 とりあえず予定通りには進んでるが......この調子でやっちまっていいのか? 」


 俺とオヤカタの関係性は相変わらずだ。

 奴は俺をこき使い、 力仕事をさせてくる。

 変わったとすれば......彼も俺の夢を共感し動いてくれている事。

 今では村の開拓を進めている実行部隊は彼ら大工だ。

 屋敷に住んでいた獣人たちを部下におき、 日々村を作ってくれている。


「軍隊ちょ......ウルフォン様。 流石にそろそろ周囲の目は誤魔化せなくなってきますが......」


 ブタイチョウは相変わらず俺を慕ってはくれているが、 今ではオヤカタの部下だ。

 俺が味わったシゴキを日々受けそれに耐えている。

 何故それが成り立っているかというと......リフィを殺そうとしたあの事件で双方が戦ったからだ。

 あの時はオヤカタたちの被害も心配したが......ブタイチョウたちが手加減をしたのもあり、 皆無事だった。

 しかしあれ以来、 互いの気骨を気に入っていたのだという。

 そして何かを作るとなれば、 指揮系統を担うのはオヤカタの方。

 だから今の関係性が成り立っていた。


 勿論、 ブタイチョウの部下である獣人たちには畑や牧場の仕事もある。

 彼らは、 村を作るだけでなく皆の生活を支えてもらっている。

 ありがたい話だな。


 ......ちなみに。

 二人が心配している事は領地の話だ。

 俺の屋敷がある場所......もとい洞穴がある場所は元々魔王様の領地だった。

 しかし今では人間の領地になっている。


 そこは森の深いところにある為、

 俺一人が洞穴で暮らしたり、

 少しばかり大きな屋敷を建てた程度では領主にバレる事もなかったが......村を作るとなればそれも無理だろう。

 何より、 ここが村として認められなければ、 「異種属共存の場所」が公認のものとならなくなってしまう。

 それでは意味がないのだ。

 だからこそ村の開拓をこっそり進めつつ、 この場所を我らのものにしなければいけないのだが......。

 当然、 こういった事はが動いてくれている。


「ご安心を! たった今話をつけてきましたからねぇ! 」


 そこで頼みの綱である、 テンシュが丁度戻ってきた。

 この地の現領主、 人間の領主からこの辺り一体を手に入れたというのだ。

 まぁ今のところ、 ただ土地を手に入れただけで村を作る事まで認められている訳ではないらしい。

 その為には人間の国に公認してもらわなければならないようだ。

 まだまだ先は長い。

 しかしこれは大きな一歩だった。

 俺も、 オヤカタもブタイチョウも、

 それを成し遂げたテンシュを褒めたたえた。


「まぁその為にガッツリお金使ったので......返済はよろしくお願いしますね! ウルフォン様! 」


 ......だからこれぐらいは目を瞑ろう。


「今日は、 めでたい日。 夕飯は期待してて、 いい」


 そしてそんな皆の胃袋を支えてくれているのはメイドだ。

 畑や牧場で手に入れた食材を使って毎日食事を作ってくれている。

 それだけではなく、 掃除洗濯も完璧だ。

 しかしこれに関しては今後村となれば一人では回らなくなるだろう。

 ここが村として機能し、 様々な者を受け入れるようになれば、 彼女に部下をつけるようにしよう。

 まぁそれが進み各家庭でどうにかなるようになれば彼女もメイドとしての役割が必要なくなるかもしれない。

 その時は、 一人の人間として生きて欲しいものだ。

 なんせ家事は完璧な人間なんだ。

 きっと彼女を必要としてくれる相手も見つかる事だろう。


「さてさて。 じゃあ『村長』への報告、 よろしくお願いしますね? 」


 そんな事を考えていると、 テンシュにそう急かされた。

 その顔はニヤニヤしている。

 些かその行動に腹立たしさを感じるも......仕方がない。

 それが俺の仕事だからな。


 当然ながら、 村長は俺ではない。

 俺の仕事は、 この村を見回り、 何かあれば村長に報告するというものだ。

 こっちで解決出来るものならこっちで解決する。

 多忙な村長の仕事を少しでも減らす、 補佐的な役割だ。


 この村の発展。

 それは俺が夢見て皆に共有しただけで、 実際に何かしている訳ではない。

 動いているのは皆で......それを支えているのもだ。

 村長になるなら当然彼女という事になるだろう。



「村長、 報告だ。 先ず何から話すか......」


 屋敷の中の一番高いところにある部屋。

 そこに尊重はいる。

 報告など誰にでも出来る事だが......まぁこれは俺が適任だろうな。

 何故なら......。


「ウルフォン様。 二人きりの時は名前で呼んで頂きたいとあれ程言っているではないですか」

「......全く。 それでは職務怠慢だぞ、 リフィ」


 その人物は我が妻だからだ。



 魔王様の元から戻ってきた彼女は、 その「力」の一端を借りただけでなく、 多くの知識も授けて貰っていた。

 そのおかげで、 今の発展がある。

 村長になるのも当然だろう。

 そしてその補佐は俺以外に適任はいない。

 自惚れではあるが、


「だってウルフォン様! わたくし、 ずっとこの部屋に籠りきりなのです! たまには息抜きをしてもいいでは無いですか! 」


 こうなった彼女の相手を出来るのは俺くらいだろう。

 妻の......村長の精神安定剤となるのは、 夫としても補佐としても当然の事だからな。


 リフィはすっかり管理者のような仕事が板についてきた。

 しかしその代わり、 反動で甘えたになってしまった。

 愚痴りながら席を立ち、 俺に抱きついては甘えてくる。

 全く、 コイツときたら。

 だがそんな姿も可愛いもので、 俺は抱きしめつつ頭を撫でてしまうのだった。

 だがこれでは報告もままならないな。

 仕方ない、 もう少し甘やかしてやるか。


「見てみろリフィ。 こうして発展していく村の姿を。 これらは全てお前の手腕によるものだ。 凄いのだぞ、 我が妻は」

「......ありがとうございます」


 俺の言葉に照れ臭そうにするリフィ。

 そしてそのまま二人で、 部屋にある窓から村を見下ろした。


 少し前まではここは深い森だった。

 しかし今では開拓され、 その様子をこの窓から一望出来る。

 この全てがリフィのおかげなのだ。


 ......。

 なんだろうな。

 コイツを元気づけるつもりで外に意識を向けたが、 俺もこう、 感傷に浸ってしまう。

 夢に一歩ずつ近づいている様子を眺められるのもそうだが。

 何より、 この景色を二人で「見る」事が出来るのが、 今の俺の幸福だった。


「ウルフォン様。 目の調子は如何ですか? ちゃんと今も見えていますか? 」


 リフィは時折こうして、 「見える」ようになった俺の目を心配してくる。

 そういう時は必ずこうして微笑みながら返すのだ。


「当たり前だろう。 それよりも、 お前こそ『呪い』は大丈夫なのか? 」

「ええ。 元々これはわたくしのものですから。 それに、 今はしていますので。 呪いの発作など起きぬ程、 幸福を感じていますから」


 そして彼女から返ってくる言葉で笑い合う。

 他人が見れば新婚の歯が浮くようなやり取りかもしれないが、 俺たちにとってはこれが日常だった。


 そう、 俺の目はもう「見えて」いる。

 ただし「半分」だけ。


 そしてそれは、


 ◇◆◇


 リフィはあの時、 魔王様から「呪い」をどうにかする方法を授かってきていた。

 しかし結局は「呪い」自体は消せないものだと言う。

 何故ならそれは、 リフィ自身が自分を呪ったものだったからだと言うのだ。

 それは無意識なのか何が原因なのかは分からない。

 だが出どころがそうだと言うのは確実らしい。

 本人がそれを聞いて一番納得したと言うのがその証拠だろう。

 そこについてはあまり深く話はしなかったが。


 まぁそんな訳でこの呪い自体は消せない。

 ならばどうするか。

 やはり誰かに「呪い」を移すしかないと言う。

 つまり俺たちが行き着いた先が正解だったと言うのだ。


 当然ならがその方法は断固反対した。

 それはリフィに「呪い」を戻すと言う事だ。

 それでは意味がない。

 しかしリフィはそんな事も予想済みで、 魔王様と更に先の方法を見つけていた。


『ウルフォン様の中にある「呪い」を、 半分だけわたくしに戻すのです』


 それは、 俺が彼女を納得させる為に使った方便だった。

 テンシュには無理だったが、 魔王様から力を授かったリフィなら出来るというのだ。

 そしてその方法こそが、 一番呪いを安定させられる方法なのだとか。

 詳しい理屈は分からんがな。


 だがそれでも俺は反対した。

 魔王様がそうだと言うのならそうなのだろうが、 結局コイツが被害を被っては意味がないのだ。

 ならばこのまま俺の命と共に「呪い」を道連れにした方が......。


『ウルフォン様、 わたくしたちは夫婦です』


 そんな考えを遮るように言った。


『夫婦というものはその残りの生涯を共にするものです。

 人生を共有するのです。

 喜びも悲しみもどんな事も二人で歩んでいくもの。

 そうならば貴方様のその「呪い」も俺に共有させて欲しい。

 それでは、 ダメですか? 』


 ......。

 それは、 俺があの時嘘をついた言葉そのものだった。

 その後、 情けない事に何も反論する事が出来なかった......。


 ◇◆◇


 結局、 俺は押し切られる形で「呪い」をリフィと共有した。

 すると自動的に「見る」事も半分ずつになった。

 それぞれが片目で、 今は世界を見ている。

 決して何か物理的な視覚的な繋がりがある訳ではないが......それでも俺たち今、 同じ景色を見ている。


 それは生物的には弱くなった結果だろう。

 だが俺たちの心は、 繋がりは、 より強くなった。

 やっと分かった。

 その「強さ」こそが、 世界を変えるのだと。


 始めは俺たちの小さな繋がりに過ぎないのかもしれん。

 しかしそれは確実に広がりつつある。

 俺たちのように「呪い」を共有せずとも。

「夢」を、 「思い」を共にする事は出来る。


 俺たちは、 少しずつでも、 それを広めていけるのだ。

 そして、 いつの日か......。



「ウルフォン様、 その......日々頑張ってるわたくしにその、 ご褒美が欲しいです」



 そんな事を考えていると、 リフィが珍しくそんな事を言い出した。

 俺をそれに二つ返事で承諾するが、 どうにもモジモジとしていてハッキリしない。

 だから少し強めに問い詰めると、 リフィはこう言ったのだった。



「今夜、 わたくしを『食べて』はくださいませんか? 」



 ......ふふ。

 ああ、 そうだったな。

 俺たちはだ。

 意味は違えど、 結局は変わらない。

 だから俺も言ってやる。



「ああ。 ならばお前を幸福で満たした後に、 絶望に落としながら『食って』やろう」


「っ!? そ、 それはどういう......」


「今夜は寝かせんと、 いう意味だ」



 リフィはそれを聞いて顔を真っ赤にしていた。

 ああ、 そんなコイツが愛しくて堪らない。

 そして堪らなく、 「食いたい」と思う。


 これが童話なら、 きっとこんな題名だろうな。



『野獣は美女を食べたくて』。



 ー 終 ー



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【完結済み】野獣は美女を食べたくて ~ 絶望に落として食ってやろうと思っていた盲目の女奴隷の心が壊れていたので、 先ずは幸福にしてやる事にした元魔王軍幹部の狼獣人の話 ~ グランド @thinsu1224

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