第九話 「盲目狼獣人とその妻、 決意する」

 


 儀式を終えたその日から、 俺たちの新たな生活が始まった。


 目が見えるようになったリフィは、 今までの人生を取り戻すかのように毎日疲れ果てるまで働いた。

 家事をこなし、 魔術を学び、 屋敷の者たちが安心して生活出来るように様々な事に手をつけ実行した。

 きっとここでの生活での経験が今まさに活かされているんだろう。

 本人は満足そうだし、 テンシュもメイドも鼻高々なようだった。


 そして彼女はそれだけでは留まらず、 俺の視力や呪いをどうにかする方法を探してくれている。

 あまり無理をして倒れてしまうのではと心配だったので、 「コンを詰め過ぎるな」と伝えたものの決してその勢いを止めはしなかった。

 まぁ無茶をしているような「匂い」も「光」も感じなかったので好きなようにはやらせている。

 何より彼女自身が生き生きしていた。

 それを止めるのは野暮というものだろう。


 テンシュとメイドはリフィの手助けをしてくれている。

 彼女のしたい事、 考えを聞いたり汲み取ったりしては、 自分たちの得意分野でそれを実行に移せるよう働いている。

 今やリフィを頂点とし、 その右腕左腕が二人、 という形で屋敷の組織図が出来上がっていた。


 その元で、 他の屋敷の住人たちも必死に働いてくれている。

 俺の状況を知るや否や、 獣人たちは文句も言わずに三人の指示に従い、

 畑や牧場の管理などをしてくれている。

 今や彼らの中で、 獣人や魔の者特有の「単純な力」での「弱肉強食」という概念は薄れてきているようだ。

 きっとリフィたちがそれを変えたのだろう、 凄い事だ。

 そしてそれを変えられた獣人たちも凄い。

 素直に感服してしまうな。

 しかし誰もが「ウルフォン様のおかげ」だと言う。

 俺は何もしていないのだがな。

 全く、 一体いつ世辞など上手くなったのか。


 こうして皆の働きにより、 屋敷はより方向へと発展していった。

 街などに買い出しに行かずとも自給自足出来るようになっていったのである。

 まるで小さな村のようだ。



 村か。

 俺はそんな皆を見てそれも悪くないかと思い始める。


 ここでは俺の理想である、 「人間と獣人の共存」が成されている。

 あの童話のようにだ。

 案外、 そんな事が当たり前の世の中にするのも夢物語ではないのかもしれない。

 それがこの屋敷で証明されているのだからな。


 だからいずれ、 ここを村として発展させて住人を増やすのもいいのかもしれない。

 まずは人間からも魔の者からは爪弾きにされてしまったような者たちを受け入れ、 種族関係なく住まわせるようにしてもいいのかもしれない。

 寧ろそうしなければ、 この屋敷の者たちの生活が一代限りで終わってしまう。

 この夢のような生活を、 夢のまま終わらせたくはないのだ。

 そんな事を最近考え始めていた。

 今度リフィに提案してみるか。

 ま、 あくまで提案程度だがな。


 今の俺は屋敷の主人ではあるものの、 それに見合った働きを出来ていない。

 その為、 村などという話も提案ぐらいで留めておくべきだ。

 色んな支払いの為に作った借金も、 俺が働けない為、 リフィたちが畑で出来た作物などを売って少しずつ返している程だからな。

 そもそもその借金はテンシュに作ったものだし、 支払い先は殆どがオヤカタだ。

 だからチャラにしてくれてもいいとは言ってくれているのだが......そういう訳にもいくまい。

 なんにせよ、 俺の尻拭いを誰かがやってくれている状況だ。

 そんな俺が主人として大きな顔をできる訳が無いのである。

 リフィを皆もそんな事は関係ないと言ってくれるが......これもそういう訳にはいかないだろう。

 だから実質的には俺がリフィの下にいる、 そう立ち位置でいいのだ。

 寧ろ屋敷の誰よりも立場が低くていい。


 ともかく、 今の俺では村がどうこうと言える立場ではない。

 この話はまだ、 夢のままで留めておくべきだろうな。



 そんなこんなで屋敷の生活は充実していた。

 誰もがそれぞれ役割を持ち、 毎日一生懸命働いている。


 そんな中で、 俺だけが時間が止まっていた。


 目が見えなくなった俺は、 本当に何も出来ずにいる。

 以前のリフィのように感情を「見る」事も出来るが、 それは鼻でも以前から出来ていたようなものだ。

 そしれ盲目だった時期が長くそれに慣れていたリフィとは違い、 俺はそうではない。

 目が見えなくなって、 どれだけ視覚に頼っていたか分かる。

 それが身に染みる程に、 俺は何も出来なくなっていた。

 何をするにも誰かの補助が無いと行えず、 完全に邪魔者を化しているのだ。

 こんな状態で、 リフィはよく生活出来ていたものである。


 皆は俺の生活を手助けしてくれている。

 特にリフィは妻として、 何から何まで助けてくれた。

 そして更に視力や呪いをどうにかする方法まで探してくれているのだ。


 俺もこの現状に争ってはみている。

 リフィがそうしてくれたように、 目が見えなくとも出来る事をしようとしているのだ。

 しかし何事も上手くいかず、 俺は焦っていた。


 リフィは立場が逆だった頃のように、 俺を優しくも厳しく助けてくれていた。

 俺もそれに応えようとするのだが......やはり上手くいかない。


 逆になれば分かるものだな。

 端から好き勝手言うのは簡単で、 言われた者はどれだけ大変かという事が。

 それを乗り越えたリフィには頭が上がらない。

 そしてそんな俺を今もまだ助けてくれている事に対しても。


 そんな状況で、 俺は段々と物静かになっていった。

 俺なんぞが何をしても上手くいかず、 何かを言う資格などないと思うようになっていった。


 そしてそんな生活が一年経とうとした頃。

 俺の中の「呪い」が暴れ出した。


 ◇◆◇


「ぐ、 ぐぁあっ!! 」


 悲鳴のような声が寝室に響く。

 出そうとしなくとも声が出る。

 身体中が、 痛い。

 戦場でどんな怪我を負っても、 どんな病に罹っても、 こんな苦痛を味わった事がなかった。

 最早意識すらあやふや。

 今は意識があるのかないのかすら自分でも分からない。

 これが、 俺の今の状況だ。


 恐らく、 リフィや皆に対する引け目やマイナスな感情が作用したのであろう。

 俺の中の「呪い」は今まさに、 俺の身体を蝕んでいた。


 最早俺はベッドから動けなくなっていた。

 苦痛でもがき苦しみ、 のたうち回っているような状態だった。


 そんな俺に、 気休めにしかならんらしいがテンシュが鎮静の魔術を使ってくれる。

 メイドは自分で自分を傷つけないようにと、 悲痛の「匂い」と「光」を発しながら、 俺の手足をベッドの四肢に縛り付けた。

 リフィは、 そんな俺の手を握ってくれている。


 情けない話だ。


 彼女の「呪い」を肩代わりすると自ら言い出したくせにこのザマよ。

 リフィはこんな苦しみに耐えながら生きていたというのか。

 俺なんぞ、 鎮静魔術がなければとっくに気が狂っておるというのに。

 本当に凄い奴だ。


「そんな......わたくしの時は、 ここまででは......」


 そう伝えると、 リフィからは戸惑ったような言葉が返ってきた。

 そうか、 こんなにも苦しんでいた訳ではないのか。

 良かった。

 少し心が軽くなった。


「それについては、 私のせいかもしれません......」


 その横で、 悲しそうな「匂い」と「光」を放つテンシュが呟く。


 彼女の話しによれば、 呪い界隈には「呪詛返し」なるものがあるらしい。

 それは呪いをかけた術者に対して呪いを跳ね返すというものだ。

 今回はそれを応用し俺に呪いを移したらしいのだが......その際、 不手際があったかもしれないと言うのだ。


「人を呪わば穴二つ」という言葉があるように、 「呪詛返し」は術者にその呪いの効力を倍にして返すらしい。

 テンシュはそうならないように調整し俺に移したらしいが、 その調整が上手くいかなったというのが彼女の見解だ。


「なに、 例えそうだとしても気にする事はない」


 そもそもそんな失敗はなかったかもしれない。

 例え本当に失敗していたとしても、 知る事か。

 テンシュは俺の願いを聞き届けてくれただけ、 それだけなのだ。

 俺が頭を撫でると、 彼女は複雑そうな「匂い」を放っていた。

 気にする事はないというのに。


 なんにせよ、 だ。

 今回の発作のようなこの状態は、 俺の未熟さからきたものだ。

 誰も悪い者などおらず、 俺自身の問題だ。

 その上で助けてもらってしまった。

 感謝はすれど、 誰かを責めたりなどという気持ちは湧いてこない。

 どうにかするにしても、 俺が気持ちを強く持てば為だけの話なのだからな。

 この「呪い」、 解く事は不可能でもリフィのように進行を抑える事は可能なのだ。

 無意識だったであれ、 前向きな感情で心を満たした彼女はそれをやってのけた。

 その夫である俺がそれを出来ないとなど言える筈もないのだからな。


「安心しろ。 これ以上は悪くはならん。 お前たちの助けもある、 リフィのようにやってみせるさ」


 鎮静魔術のおかげで多少余裕もある。

 だから俺は、 精一杯の笑顔を見せてやった。

 それを見た三人は、 心の奥に若干の不安の「光」を残しつつも、 その場では安心してくれたようだった。

 そんな彼女らを感じているだけで前を向ける。

 俺は改めて「呪い」を受け入れる覚悟を開いたのだった。


 きっと、 この屋敷の者たちと、 リフィがいればなんて事はない。

 その時の俺はそう確信していた。

 ......のだが。


 本当の戦いはそれからだった。


 ◇◆◇


 一度目の発作から暫くして、 俺の症状は鎮静魔術無しでも安定するようになった。

 目が見えぬせいで何も出来なくとも、 少なくとも寝たきりの状態からは回復したのである。

 そのおかげで、 視力がなくとも生活を行えるようにする訓練を受けられるようになったのだ。

 発作以前はまだ俺が目が見えぬ事に慣れていなかったので実行はしていなかったが、 今回はいい機会と始めたのである。


 俺は大いにそれに励んだ。


 見えない状態が長かったリフィ。

 見える状態から見えなくなった俺。

 その違いがある為内容そのものは違ったが、 リフィはそんな時でも俺を支えサポートしてくれた。

 テンシュやメイドの指導も的確だった。

 他の屋敷の者たちも俺を甘やかさず、 しかし見放さずに共にいてくれた。

 こうして俺は、 最高の状態で訓練を受けられていたのである。


 しかし、 上手くいく事ばかりではなかった。

「呪い」の発作が、 突発的に何度も繰り返し現れたのだ。


 きっかけは些細な事だ。

 少しのマイナスな感情がそれを引き起こす。

 俺はその度に悶絶し動けなくなり、 ベッドに張り付けにされ鎮静魔術の世話になった。


 発作は一ヶ月に数回程は確実に起こる。

 多い時は一週間に何度も現れた。


 最初のうちはよかった。

 発作が起こっても必ず治まる。

 皆の協力で必ず再び立ち上がれる。

 そう信じていたからだ。

 勿論それはずっと変わってはおらんのだが......次第に俺の心身は摩耗していった。


 次の発作が怖くなる。

 発作がなくとも発作の事ばかり考えるようになった。

 そのマイナスな感情が結局また発作を呼び起こしてしまう。

 そんな生活を俺は気の遠くなる程繰り返した。


 そして一年が経とうとした頃。

 俺は完全に疲弊し衰弱していたのだった。


 ◇◆◇


「はぁ、 はぁ......」


 部屋に俺の荒く弱い呼吸だけが響く。

 ベッドに寝ているものの、 もはや俺に拘束は必要なかった。

 暴れ回るような体力も筋肉も残っていないのだ。

 今は呼吸をするのでやっと。

 もうまともに食事も取れていない。

 起き上がる事なんてものは以ての外だ。

 情けない話だが、 これだけはハッキリ分かる。


 俺はもうすぐ、 死ぬ。


「大丈夫ですよ、 ウルフォン様。 わたくしがついております。 わたくしが必ず治して差し上げますからね」


 この死は確定だ。

 命あるものいずれ死ぬ。

 それが少し早まっただけの話。

 しかも愛する者の代わりに、 などという美談付きだ。

 死んだ後、 地獄で前妻に殺されながらも自慢が出来る土産話である。

 それに俺は十分に幸せを貰った。

 もはや思い残す事はない。

 ないと、 言うのに。


「もう少し。 もう少しで見つかりそうなんです。 だから、 希望を捨てないでください」


 横で俺の手を握るリフィは、 諦めてはいなかった。


「もう、 よい......」


 絞り出すように声を出す。

 掠れて殆ど言葉になってはいないが、 それでも構わず続けた。


「俺の事など、 もう、 気にかけるな。 お前は、 屋敷の事、 自分の事を考えていればいい。 なんなら新しい男でも、 作れ。 屋敷を引き継がせる、 為に、 も」


 俺か居なくなった後も、 新たな主人がいれば屋敷は潰れる事もないだろう。

 それに子供でも出来れば次世代へと繋いでいけのだ。

 ......まぁ正直俺もこんな話勧めたくはないがな。

 しかしこうでも言わなければコイツはいつまで経っても俺に付き合うだろう。

 俺は、 俺が死んだ後もリフィに幸せであって欲しいのだ。

 例えそれが、 今はこの子にとって辛い事でも。

 いずれ必ず幸福へと繋がるのだからな。

 だから敢えて突き放す。


 さて、 一体どんな反応をするのか。


 怒り出すか? それとも泣き出すか。

 なんにせよ俺に対して嫌悪感でも抱いてくれた方がいい。

 勿論そんなの本心ではないが......リフィの幸せを考えての事だ

 そう思ったのだが。



「決してそうはなりませんよウルフォン様。 だって貴方様は、 必ず元気になるのですから」



 リフィの「匂い」も「光」も、 決して乱れる事はなかった。

 ええい、 この頑固者め。

 そんなところまで旦那に似なくてもいいだろうに。


 きっとリフィは覚悟しているのであろう。

 そんな意志を曲げされるのは難しい。

 そしてそれに呼応するように、


「ウルフォン様、 リフィ様。 入ります」


 テンシュがとある知らせを持ってやってきたのだった。



「視力も呪いもどうにかなるかもしれません」



 全く、 こんな老いぼれ放っておけばいいものを。


 そうも思ったが、 彼女らが俺の為に頑張ってくれているのを無下にも出来なかった。

 だからテンシュの話しに耳を傾けたのだが......どうにも複雑な「匂い」も「光」を放っている。

「迷い」や「絶望」、 「希望」や「喜び」 そんな気持ちが混ざっていたのだ。

 一体、 テンシュは何を見つけたのだろうか。


「是非、 是非聞かせてください! 」


 恐らくそんな感情は表情にも出ているだろうに、 リフィは食い気味でそう言っていた。

 俺にはテンシュの顔は見えないから実際はどうだか知れんがな。

 しかしまぁここまで来てコイツも話さないつもりはないのだろう。

 きっと覚悟というか勇気がいる事なのかもしれんな。

 それだけ彼女の中で何か思うところがあるのかだろうか。


 そんなテンシュの本音も分からぬうちに、 彼女は深く深呼吸をしてから語り始めた。


「とある術者なら、 呪いも視力もどうにか出来るかもしれないんですよ」


 テンシュの話しによれば、 その魔術師はありとあらゆる魔術や呪いを操り、 その知識も世界一と呼びれる程のものなのだとか。

 その人に頼れば全面的な解決は出来なくとも、 少なくとも何かしらの助言は貰える筈だ、 というのが彼女の見解のようだ。


 なるほどな。

 これではテンシュが複雑な気持ちになるのも分かると言うもの。

 何故ならそんな都合のいい存在はほぼ存在しないと言っていいからだ。

 魔術も呪術も、 どんなに学んだところで限界はあるだろう。

 それぞれの分野を極めるのですら、 長寿の種族ですら難しい事。

 それを複数極めるとは......有り得ない話なのである。

 きっとどこぞでそんな噂を聞いたものの、 その信憑性のなさからテンシュ自身もあまり期待はしていないのだろうな。

 しかし他に手もなく、 こうして話を出した......そんなところか。

 だとしれば、 だ。


「テンシュよ。 そんな夢物語にお前たちの労力を使う必要はない。 俺は今のままでも良いのだ」


 彼女の口ぶりからすれば、 当然だが本人の存在を確認した訳ではないのだろう。

 という事はだ、 もしその者に頼るとしても探し出すところから始めなければいけない訳だ。

 そんな事、 砂漠の中から一粒の砂を見つけるような話だ。

 そもそもその者の存在すら怪しいのならば探しても意味がない。

 断言出来る。

 そんな都合のいい術者など居る筈がないのだ。

 勿論この世には規格外な例外も存在する。

 実際に俺もが......どちらにしろ有り得ない話、 そこに時間も労力も掛ける必要はないのだ。

 だからこそ諦めさせるつもりでそう言ったのだが......。


「いえ、 夢物語じゃないんですよ」


 テンシュは引かなかった。

 しかも何か確信のあるような「匂い」を放っている。

 なんだこの自信は。

 先ほどの複雑な感情は、 この術者が存在しているか分からないからのものではないのか。

 だったら何故......。


「ウルフォン様、 貴方なら一人心当たりがある筈ですよね? そんな人物を......」


 そんな事を考えているうちに、 テンシュはそう真っ直ぐと問い掛けてきた。

 何を言い出すんだコイツは。

 そりゃ確かにそんな話を聞けばが頭を過るが。

 テンシュはあの方の弟子でもあった。

 だからその選択肢が浮かぶのも道理だが......しかしやはり有り得ん。

 何故ならあの方は。

 いやもしそうだとしたなら、 まさか......!


「恐らく、 ウルフォン様が考えている事で合ってますよ」


 テンシュは俺の心を読んだようにそう言った。

 だから俺は、 それ以上何も言えなくなってしまった。

 もしそうなのだとしたら。

 俺は、 俺は......。



「魔王様が、 復活なさったのです」



 ......ああ、 やはりそうなのか。


 その瞬間、 頭の中に様々な感情や記憶が駆け巡った。


 あの方に仕えていた日々。

 魔の者して、 強き者として戦った日々。

 それは結果として、 家族を失い魔王様すら失った辛いもよではあった。

 しかし、 しかしだ。

 それはとても幸せな日々だったのだ。


「そうか、 そうか......」


 やっと出てきた言葉はそれだった。

 あの方が。

 俺たちの為に全てを背負って下さったあの方が復活したと言うのなら......こんなに喜ばしい事はない。

 そう、 なのだが。

 だとしたら......。


「ま、 おう? 魔王って、 あの魔王、 ですか? え? 復活......? 」


 その場にいる三人の中で、 唯一驚いていたのはリフィだった。

 当然の話か。

 当時幼かったであろう彼女がどこまで影響を受けていたかは知らないが、 魔王様と言えば人間に取っては恐怖の対象だ。

 今でも御伽噺のような形でその存在を語り継がれる程である。

 残虐で冷酷で世界を滅ぼそうとする魔王。

 人間ならば、 そんな者が復活したとなれば驚き恐るに違いない。


 そうか。

 テンシュの迷いはここにも要因があったか。

 それを知らせればリフィが恐怖する。

 だから話すかどうか迷っていたのだな。

 まぁ恐らく本当の迷いはにあるのだろうが。

 何にせよ、 この話を聞けば流石のリフィも......。


「その魔王なら......ウルフォン様を救ってくださるのですね? 」


 ......ああ、 そうか。

 やはりお前は、 俺たちが思っている以上に強いのだな。


「そうでしたら! わたしくが頼みに行きます! どこです? どこにいらっしゃるのですか?! 」


 こうやって俺の為に、 恐怖の存在すら受け入れようとするリフィ。

 その気持ちは本当に嬉しかった。

 きっと今の俺は表情が緩んでいるだろう。

 このまま彼女の意思に任せれば、 どうにかしてくれるかもしれない。

 しかし、 だからこそ、 俺は。


「リフィよ。 それだけはならん。 魔王様に頼る事、 それは俺が許さん」


 リフィを止めた。


「......え? 」


 それを聞いて驚く彼女。

 俺の為に動いてくれようというのに、 それを否定されればそうなるだろうな。

 しかしダメだ。

 


「その理由は、 私から説明しますよ」


 何故ダメなのかと騒ぐリフィに、 テンシュがそう切り出す。

 それを聞いて彼女は、 一先ず話しに耳を傾けてくれた。



 テンシュは語る。

 先ず最初に、 魔王様復活の話をするかどうか悩んだと。

 その気持ちは今の俺なら痛い程分かるというもの。

 それは現状を見れば明らかだ。

 リフィは少しの可能性があるならば動こうとするだろう。

 そして、 俺はそれを止めるだろう。

 それを察知していたからだ。


 魔王様復活に関しては、

 俺もテンシュも、 喜びはするものの驚きはしない。

 からだ。

 そしてその喜びは言葉で言い表せるものでは無い。

 だからこそ、 だからこそだ。

 再び会いたい、 仕えたいなどという気持ち以前に......

 テンシュも同じ気持ちだろう。

 その上で、 彼女は更に語った。



 先ず、 魔王様の復活は間違いないようだ。

 ここから遠く離れた国で、 それは公認のものとして扱われているようだ。

 どうやら転生という形で復活したらしい。

 その話を前提として、 テンシュは魔王様に接触する問題点を上げた。


 それは、 魔王様が以前のその人ではないかもしれないという事だ。


 どうやら今、 あの方はとある人間と暮らしているらしい。

 前世は魔の者を統べる存在だった事は自覚しているようだし、 それも周知の事実であるようだが.......以前のように、 人間に敵対したりするような素振りはないそうだ。

 だからこそその国で、 監視下に置かれつつも静かに暮らしているらしい。

 その為、 元魔王軍幹部を助けるなどという行動に出るか未知数だというのがテンシュの考えだった。

 それもそうだ。

 監視下において、 わざわざ人間たちの古傷を思い出させるような行いは危険でしかないからな。


 そしてそれを聞いてやはり思う。

 あの方に会ってはいけないと。


 だがリフィは違うようだ。


「そうだとしても! それがウルフォン様を救える方法ならば頼るべきです!! 」


 そうだな。

 俺を一番と考えてくれる前ならばそう言ってくれるだろう。

 そしてテンシュもそう考えてくれているから、 この話をしたのだろう。


 だが、 俺はそれをする事は出来ない。


 テンシュもそんな俺の気持ちを汲んだ故、 話すのを躊躇ったのだろうな。

 だから俺はキッパリと告げる。


「それでもダメだ。 夫として、 この屋敷の主として、 魔王様との接触を禁じる」

「っ!? 」


 当然ながら納得のいかない「匂い」を放つリフィに、 今度は俺が語った。



 俺は、 ずっと見てきたのだ。

 あの方が苦しむ姿を。


 魔王様は本当は、 俺以上に甘く弱いお方だった。

 誰よりも優しく聡明な方だった。

 人間との争いにも、 魔の者が死んでいく状況にも、 誰よりも心を痛める人だったのだ。


 そんなあの方が、 今は静かに幸せに暮らしている。

 その邪魔をしたくはない。


 これ以上の理由はあるだろうか。


 家族を失い、 全てを忘れた俺を見捨てずに最後まで共に戦ってくれたあのお方。

 自分の苦しみなどいつも後回しにしていたあのお方の、 幸せを願うのは当たり前のはなしだ。

 だからこそ、 俺は魔王様を頼りたくはないのだ。


「俺は充分に......リフィ、 お前から幸福を貰った。 だからこのまま終わっても構わんのだ。 そうすれば、 魔王様も俺も、 幸せのままだ。

 だから残りの命、 どうか俺が死ぬ短い時間、 このまま寄り添ってはくれんか? 」


 それが俺の出した答えだった。


 覚悟などとっくに出来ている。

 リフィの呪いを肩代わりすると決めたあの日から。

 そこにわざわざ、 大恩人に迷惑を掛けてまで延命する必要もあるまい。

 だから今は、 残りの命をリフィと共に過ごす事に使いたい。

 それが俺の願いなのだ。

 俺はそんな思いを、 彼女に伝える。


「......」


 それを聞いたリフィは黙ってしまった。

 きっと飲み込みきれない事も多いのだろう。

 だがこのまま俺の願いを聞き入れてくれるといいのだが。


「......納得、 出来ません」


 リフィはそう静かに呟いた後、 声を荒げた。


「それではわたくしの願いはどうなるのです!! 目を治したいと思ったのも! 夫婦になったのも! 全てウルフォン様と生きる為!! そんな貴方様の命が消えようとしている!! それに抗おうとして何がいけないのです!! もっと共に生きたいと願って何がいけないのです!! 」


 ......ああ。 俺は何と幸せ者なのか。

 しかしここは俺も引く訳にはいかない。


「その気持ちはありがたいが、 その俺がそうしなくて良いと......」

「関係ありません! 」


 だがリフィも引く気はないようだ。


「これはわたくしがしたい事! ウルフォン様の意思など関係ありません! わたくしがそうしたいから......そうするんです!! 」


 彼女は泣いていた。

 子供のように泣きじゃくっていた。

 そして感じる。

 今のリフィはどこまでも人間らしいと。

 俺は、 それが不謹慎にも堪らず嬉しかった。


「俺の命令が聞けなければ、 屋敷から追い出す。 夫婦関係も解消だ」

「っ!? 」


 それでも俺は止めなければならない。

 こちらも曲げるつもりはない。

 だが、


「それでも構いません! ウルフォン様が生きられるようになるならば! 貴方様がわたくしに命を掛けて下さったように!! 」


 リフィの決意は、 揺るがないようだった。


 そのまま部屋を出ていこうとする彼女。

 それをテンシュが言葉で制する。


「例え強行したとしても、 魔王様の住む国に行くには半年かかります。 往復で一年。 そしてウルフォン様の命は一年持つかどうか......それでも、 行くんですか? 」


 一瞬足を止めるリフィ。

 しかし、 それでも。

 彼女は揺らがない。


「それでも! 行きます!

 ウルフォン様は死なせません!

 魔王様も不幸には致しません!

 全て、 全てわたくしが成し遂げてみせます!


 幸福は、 自らの手で勝ち取るものですから!! 」


 リフィはそう言い残し、 部屋を去って行った。

 ......全く、 俺の教えをどこまで貫くのか。

 だがな、 悪い気がしないのは......俺も人が悪い。


 それにしても......。


「一年、 か。 それは本当の事か? 」

「はい」


 俺の質問に即答するテンシュ。

 それは魔王様の住む国の往復期間と受け取ったのか。

 それとも俺の余命に対するものと受け取ったのか。

 はたまた両方か。

 いずれにしろ、 サラッと重要な事を言いおって。

 全く......こうなれば仕方がない。


「テンシュよ。 リフィの旅にメイドを同行させてやれ。 アイツは目が見えるようになった普通の人間だ。 腕の立つものがいなければ困難だろう」


 リフィが好き勝手やるというのなら、 俺もそうさせてもらうわ。

 魔術が多少使えるようになったとはいえ、 戦争も経験していないような素人だからな。


「......いいんですか? それは私の方が適任なような気がしますが」


 それに対し、 テンシュが最もな質問をしてくる。


 そうだな。

 旅をする、 生き残るという点では、 テンシュが同行した方が役に立つだろう。

 しかしお前にここを離れてもらう訳にはいかんのだ。

 俺が好き勝手にやる為にはな。


「お前には俺の延命措置をして貰う。 リフィが魔王様から何かしらの成果を持って帰ってくるまで......俺を死なせるな」


 全く。

 夫が愚かならば妻も愚かになるか。

 そしてそれは更に夫を愚かにする。


 覚悟が揺らいだ。

 もっと生きたいと思ってしまった。


 この好き勝手、 付き合ってもらうぞ?


「......分かりました」


 そう答えたテンシュからは、

 喜びの「匂い」と「光」が放たれていたのだった。


 ◇◆◇


 こうして、

 数日後にリフィは旅立った。


 俺は見送りもせず、 彼女も挨拶には来なかった。


 リフィのいない静けさは、 俺に後悔と寂しさを与える。

 幾度となく発作に襲われる事になったが......それでも、 俺は諦めなかった。


 妻の帰りを待つ。

 それまで必ず生き残る。


 そう覚悟し決意し。

 それにテンシュや屋敷の者たちを付き合わせ。


 俺は最後まで、 戦い続けた......。



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