第89話 想い人 side:一条棗

 秀くんが遊びにきてくれた数日後、私は昨日のうちに連絡していたの到着を家の中で待っていた。


 ピロンッ!


 私がリビングでお茶の用意をしていると、テーブルに置いていた私の携帯にメッセージの通知音が鳴る。


〈麗華:今部屋の前についたわ、インターホンを鳴らした方がいい?〉 


〈棗:うぅん大丈夫、今開けるね〉


 メッセージを確認した私は、パタパタとスリッパで歩く音を鳴らしながら廊下を歩き、ドアの向こうに立っている友人を出迎えるために玄関の扉を開く。


「いらっしゃい麗華、今日はいきなりごめんね?話したいことがあったから…。それとメイドの榊原さんでしたよね。どうぞ中に」


「久しぶりね棗。気にしなくてもいいわよ、私たちの仲でしょう?お邪魔するわよ?」


「お久しぶりでございます、棗様。お邪魔させていただきますね」


 玄関の扉を開くと、そこには私に親友の沢城麗華と麗華専属メイドの榊原さんが微笑みながら立っていた。



 麗華たちと軽く挨拶を交わすと、まずはリビングに案内して麗華にお茶を出す。


「うん、相変わらず棗が入れてくれる紅茶は美味しいわね、これはダージリンかしら?」


「さすが麗華ね。実はこの紅茶、お父様から追加で送られてきてて…結構余っちゃってるから、少し持って帰ってくれないかしら?さすがに一人じゃ飲みきれなくって」


 私は紅茶の茶葉が入ったボトルをキッチンから持ってきて、静かに机の上に置く。


「わかったわ、ありがたく受け取らせてもらうわね」


「ありがとう♪麗華」


「それにしても龍牙りゅうが様は相変わらず家族愛の強い方なのね。一条家を背負われている方だし、何度も仕事の場でお会いした事があるけれど…厳格な見た目の方なのに、家族にデレデレなのは変わらない感じかしら?」


「そうなのよ…この紅茶もお母様に一缶送ってもらって、美味しかったよって言っただけなのに…気が付いたら麗華にあげるのを含めて五つもあるのよ?この紅茶。犯人はお父様だったわ…」


「ふふふ…いいじゃない、龍牙様も棗が可愛いのよ」


「嬉しいけど…限度があるじゃない?こんなに飲めないわよ…。最近だと小春にも溺愛してて、お母様に甘やかさないで!って怒られてたわ」


かなえ様も大変なのね…でも暖かい家族じゃないの。相変わらず」


 私たちは二人でリビングの机に向かい合うように座り、紅茶と私が作ったクッキーの残りを食べながら雑談していた。

 榊原さんはというと私の家の中にある、使用人の人のためにある部屋で休憩されている。


 お茶くらいとは思ったけれど…気を遣ってくれたのかもしれない、榊原さんはそういう空気に敏感な方だし。あとでお茶とお菓子を持って行ってあげなきゃね。


「…じゃあ麗華、そろそろ本題に入ってもいいかしら?」


 私は飲んでいた紅茶のカップを置き、対面に座っている麗華の方を見つめる。


「えぇそうね、何か話したい事があるんでしょう?」


 私がそう切り出すと、私とは正反対の白銀色の瞳を揺らしてこちらを見つめてくれる。その表情は真剣そのもので、内容を話していないにも関わらず頼り甲斐のある雰囲気を感じる。


「今日呼んだのは他でもないわ……ズバリ…――――――恋バナよ」


「………恋…バ………ナ?」


 私が話し始めた内容に呆気にとられたのか、麗華は目をぱちくりとさせている…なんかごめんね?


「そう恋バナよ、前に図書館で軽く話した事は覚えてるかしら?」


「え、えぇ…確か棗に好きな人が出来たとか…」


「そうね、麗華にはその話はしたわね。私は本当の意味で初恋を最近したの、あれから色々あって彼とのわだかまりというのも消えて…今はアピールのスタートラインと言ったところかしら」


「そうなのね…じ、実は私……棗にも言ってなかったんだけど…―――「好きな人ができた、でしょ?麗華」


 私が麗華の言う内容を先取りすると、麗華はさっきよりも驚いた顔をして私の顔を見ていた。


「な、なんで分かったの…棗?」


「色々と観察してるうちにね、それに彼から聞いてもいたし…推理できる要素は色々あったわよ。そりゃ堕ちるよね〜とは思ってたと言うか…私も体験したことというか…ね?」


「なんだか釈然としないけど…棗に隠し事は出来ないってことね。…はぁ、そうよ。私もこの歳で初めて…好きな人が……出来たのよ」


 あっさりと白状した麗華の顔はさっきまでの凛とした表情ではなく、年相応の恋する乙女というか…頰を赤らめて照れている麗華がすごく可愛い!!!


 もう十数年間麗華の親友として過ごして来たけれど、こんな表情の麗華は初めて見たかも…。


「ならお互い初恋の人が出来た…ってことよね?」


「そ、そういう事になるかしら…。あの時棗が言っていたこと…初めは内心、棗はバカねって思ってたわ…。男なんてみんな気持ち悪い、これからも私はその考えが変わる事はない…そんな男に恋してしまった棗は見る目が衰えたわねって」


「…でも今はどう?今でもそう思ってるの?」


 私はあえて意地悪な質問を麗華に投げる。…ここでの返答次第で麗華を私の考えている計画に含めるか否か…それに私が知っていることを話すか否かを決めるつもり。


 だけど私がそんなことを考えることなんて無駄だと言い切るように、麗華は私が求めていた回答をしてくれた。


「…今でも男は嫌い。私の身体を薄汚い欲望にまみれた目線で舐め回すように見る金持ち連中…権力に目が眩んで私を踏み台に沢城家に取り入ろうとする男…どれもこれも隙を見せれば付け入って、食い物にしようとしているハイエナよ。だからこそ私は父を殺したアイツらに似ているゴミ共は始末しないといけないとすら思っているわ」


 目を閉じながらそう唾棄する麗華の言葉は、私の中にある何処かで思っている感情の琴線に触れる。

 確かにそういう人は存在する…人の欲望に際限がないように、人は求め何処かで現状では満足できない欲望を持っている。


 でも…彼は違う…そうよね?と私が思っていると、麗華の口から「でも…」と聞こえ、言葉が紡がれる。


「今は少し違う…というか彼が特別なんだと思うわ。他人を助ける事が彼の欲望…損を被ってでも…地に頭をつけてでも、誰かの為に動ける―――私が初めて見たタイプの男性である彼を見て、私は恋に落ちたわ」


 ニコッと麗華は私にもう一度微笑み、再びほんのりと頬を赤らめた麗華は私から見てもとても綺麗だと思う。


 それと同時に初めから話したかった内容に行けると確信した私は、そんな麗華の好きな人の名前を言い当てる事にした。


「分かったわ麗華、貴女の気持ち…想いの強さ……そんなにその人のことが好きなのね。ちなみにどんな出会い方をしたのかしら?」


「キッカケは…私を事故から助けてくれたことかしら。確定したのは……私たちを本当の意味で助けてくれて、守ってくれたから…かな」


「そっかそっか…じゃあ麗華に聞きたい事があるの。が大好きで堪らない―――永井秀人くんの事でね?」

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