第90話 想い人 side:沢城麗華
「い、いま…なんて言ったの…?棗…?」
棗に私の好きな人の話をしていると、棗の口から私が想像もしていなかった人物の話が出てきた。
さっきは半ば強引に好きな人の話をさせられ、何故だか私に好きな人がいると当てられたかと思えば、今は私の好きな人の名前まで当てられている…。
棗は昔から私より勘がいいところはあったけど…今まで秀人君との関わりを棗に話した事なんて無かったのに…?
「もう一度言うわよ?私たちが好きで堪らない、永井秀人くんのことで聞きたい事があるの」
「そ…その話もさせて欲しいけれど、まずなんで私が秀人君のことが好きだって分かったの?」
「そうねぇ…秀くんが麗華を助けたあの時あったでしょ?貴女の婚約破棄の時の…。あの時に秀くんに麗華を助けたいから協力を頼まれたのよ?そこから私が美玲さんに口添えする形で話が進んで〜って感じだったもの、あの時の会場には私もいたし」
確かにあの時、棗とは話せなかったけど会場には一条家の招待はしていた…あの時棗も一枚噛んでくれていたのね…。
「あの時麗華を助けた秀くん…かっこよかったもの、少なくとも私は世界一かっこいいって思ったくらいよ?見ていただけでもそう思うのに、助けられた麗華が何も感じない訳ないじゃない?」
「そ、それはそうだけど…」
確かにあの時から今思えば彼に恋をしていたと思う。初めのうちは自覚はなかったけど…。
「それにあれからしばらくした後、美玲さんから「麗華の心を初めて動かした、あの男の子のこと詳しく知ってるかしら?」って明るい声で電話がかかってきたもの。もうそれでほとんど確信していたわ」
「お母様……………っ!!」
私は初めて心の中で母に毒づいた。棗だからよかったけど、娘に無断で親友に何言ってるのよ…っ!!
恥ずかしさのあまり頭を抱えてしまう…そんなの棗に情報が筒抜けなのと一緒じゃないっ!
「………私は棗が秀人君が好きなのは初耳なんだけど?そもそも棗の好きな人のことなんて調べようともしなかったし…」
「麗華が秀くんを好きになる前に既に私は彼の事が好きだったからね…麗華も秀くん以外の男性には興味示さないと思ってたし、知らなくても仕方ないわよ」
棗が笑いながら秀人君の事を親しげに秀くんと呼ぶたびに、ズキンと私の胸が少し痛む。…これは昔にも似た痛みを感じた事がある…。
私がまだ幼い頃、まだ棗と面識がない頃にお父様とお母様が一条家と交流する時に棗を可愛がっていた時の感情に似ている。
今なら特に何か特別なことではないとわかるし、棗が今は親友だから特に何か思うことはないけれど…あの時の私は両親が他の女の子に盗られてしまうのではないかという気持ちと、私以外の子を可愛がらないでほしいと思った事を思い出した。
この感情を家族以外の人間―――それも男性の事で感じるなんて少し前までの自分じゃ考えられなかったけど、この感情の名前を…私は知っている。
―――それは”嫉妬” 私は目の前の親友が私の好きな人と親しいのが少し嫌だと感じている。
できれば彼には私だけを見て欲しい…私が彼の特別になりたい……そんな事を思ってしまう。
私にとって棗は双子の姉妹に近い関係性、そんなに大切な棗と好きな人が同じ…その事実は残酷で、どちらかの恋路が成就してしまえば…もう片方は悲痛な思いを抱えて失恋してしまう。
私はどうしたらいいんだろう。親友と好きな人が同じ…普通に考えて今までは絶対に起こらなかった展開に頭が混乱している。
彼の事が好きで、彼の彼女になりたい気持ちは本物。だけれど実の姉妹のように思っている棗を蹴落としてまで、自身の恋を成就させることに尻込みをしている私がいる。
他の人間であればこんなことは感じないはずなのに、相手が私のことを助けてくれる協力をしてくれた棗だと考えるだけで一層モヤモヤしてしまう…。
「…その顔、麗華も私とおんなじこと考えてるでしょ?」
棗はクッキーを食べながら、私の顔を覗き込むように私に聞いてくる。
「私がさっき聞きたかったのは、本当に麗華が彼のことを好きだって思ってるかどうか。…ただ助けられたから、恩返しがしたいと思っていたから……理由はどうあれ、彼への気持ちの大きさが知りたかったの。…で、敢えて貴女に私と好きな人が一緒だってことを教えたのよ?」
「…随分と親友に対して厳しいのね、私を試すだなんて。………いいえ違うわね、棗の最大の優しさかしら。その気なら私に何も言わず、彼にアプローチをしたらいい訳だしね」
それこそわざわざ私に言わず、私が戸惑っている間に彼にアプローチをしたらいいだけの事。
棗は私から見てもすごく美人、彼以外の男性であれば一瞬で惚れさせられると思う。
秀人君相手ならどうかは分からないけど、優しい彼の事だから拒絶はしないはず。長期戦に持ち込めれば…いつか既成事実さえ作れてしまいそう。
…現に私も不意打ちとはいえ………彼の右頬に…き、キスしちゃった訳だし…?
「ごめんね?でも今の麗華の表情を見て…本気で秀くんのことが好きなことはわかったし、それでいて私と好きな人が一緒なことに真剣に悩んでたよね。もしどっちかが秀くんの彼女になったら、どっちかは失恋しちゃう…でも私は麗華を傷つけてまで付き合うのは……どうなんだろうなって思ってたの。麗華は私にとって一番の親友だもの」
「棗………そうね、私もそう思ってた。棗が彼と付き合ったとして…祝福は出来るだろうけど…暫くは引き摺ると思うわ、彼以外の人なんて考えられないもの」
「そうね、彼以外の男性は私も考えられない…それくらいお互い彼の事が好きなのね…。もし麗華も私の考えに乗ってくれるなら…私は麗華ならいいかなって思うんだけどね…」
「考え…?」
どこか思いにふけるような表情の棗は、いつになく真剣なもののように見えた。
「…うぅん、まだこの話をするのは早いかな。もうちょっと私も頑張ってみたいし…それに秀くんの事が好きな女の子が、もう二人くらいいるみたいだしね。その子たちを見て判断してもいいかな…なんて」
「…っ!?ほ、本当なの…?棗?」
棗の口から出てきた新しい情報に私はまた驚く。…そういえば彼のことを調べたときに出てきた、彼が親しげにしている人物情報に私は心当たりがあった。
「まだ確定じゃないけど…私が友達とか後輩に協力して調べてもらった感じだと、多分そうね。確か幼馴染ちゃんと…一年生の女の子……どっちも凄く可愛いって聞いたわ?」
彼には綺麗な女の子に好かれるフェロモンでも出ているのかしら…?私たち以外にも二人の美少女に好意を向けられているなんて…。
「…それはマズイわね、棗ならまだしも…私たちがうかうかしてる間に彼が知らない女に盗られちゃうのは避けたいわよね?棗?」
「そうね、しかも目撃情報によると幼馴染ちゃんと後輩ちゃんと三人で出かけていたなんて話も耳にしたから…じっとしているのは愚策ね。どうにかして彼女たちと接触しないとね………そうだ、ねぇ麗華?もう少ししたら開催されるうちの大学の飲み会があるって話聞いたことある?」
「飲み会…あぁそう言えばそんなことを言ってくる男が何人も居たわね。行かないって一蹴したけど、それがどうかしたの?」
「その飲み会、今言ってた秀くんのことが好きな二人ともが参加するんだって。私も行く気は無かったけど…もしよかったら私と一緒に敵情視察に行かない?それが終わったら帰ってもいいし」
敵を知らないと対策も立てられない…か。確かに一度話してみるのもいいかもしれないわね…。
「…そうね、どうでもいいゴミクズ共が群がって来そうだけど…そこはなんとかしようかしら。黒服を私服で参加させるとかね」
「あ、あきらかにガタイのいい人ばっかりだからバレそうだけどね…。じゃあ友達にも私と麗華が参加する旨を一緒に言っておくわね。それと麗華…?私は貴女を傷つける気は無いけど…―――譲る気もないからね?」
「それは私もそうよ?でもまずはあと二人の見極め…ね」
「うふふ…私たちの気持ちが負ける気はしないけどね?」
私たちはそう向かい合いながら笑いあった。
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ばちばち遅れてすみません。もう暫くは更新が大幅に遅れるか更新自体がないかと思いますが、遅くとも来年の一月末には再更新してると思います。
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