第87話 訪問②
「あっ!す、すみません…テンション上がっちゃって……」
「う、ううん…いいの!気にしないで?ち、ちょっとビックリはしたけど…」
棗さんの表情が徐々に変わって行くのを見て不思議に思い、机の上を見ると自分自身が棗さんの手を握っていることに気がつき、慌てて手を放して謝罪する。
棗さんに嫌われているわけではないことはわかるが、今後それが不変とは言えない。俺の行動1つで何もかも変わってしまう事は俺が一番身に染みているはずだ…気をつけないとな。
「えっと…その……私から秀くんに話題をふってもいいのかな…?」
俺のせいで気まずくなった空間で棗さんがおずおずとそう聞いてくる。
「勿論です、なんでも聞いてください!実を言うと俺もまだ少し緊張してまして…あはは……」
(ホント俺とは住む世界が違うと言うか…文字通り天と地の差はあるよ?物理的にも。ってかこの部屋の家賃って月幾らするんだろ………こんな豪華な所で落ち着いて生活とか、俺には無理だわ…)
どうでもいい事を考えながらジュースを再び飲み、棗さんの質問を待つ。
「その…前に秀くんも一人暮らししてるって話したことあったよね?どの辺りに住んでるの?」
「そう言えばそんな話をチャットでしたことありましたっけ。ここからそんなに遠くないですよ?二駅くらい大学方面の電車に乗ったところにあるアパートの二階に住んでます。棗さんの住んでるこのマンションに比べたら、台風が来たら飛んでいきそうなくらいボロい安アパートですけど…自分で学費と家賃払ってるので、生活はカツカツでして…ちゃんとした一人暮らし生活は送れてませんけどね」
「そんなことないよ!私も一人暮らしって言いながら使用人さんがよく来てくれるの…。学費と家賃はお父さんに「私がなんとかして出すから、絶対にお父さんは出さないで!」って言って、株で賄ってるんだけど…家事は正直使用人さん達に甘えちゃってるからね、私。だからそれも全部一人で出来てる秀くんは凄いよ?」
「俺からしたら株で稼いでる棗さんの方が凄いっすけどね…」
大学3年で株で黒字を出しながら学業トップって…やっぱこの人頭おかしいわ(褒め言葉)
「お互い凄いなって思うところはいっぱいあるよね、私もしっかり家事やらなきゃ…。しっかり自立してる秀くんを見てると、私も甘えてばっかりじゃいられないなって思ったし…そうだ秀くん、一人暮らしで困ってることって無い?」
「別に自立は………まぁそれはそうと困ってること…ですか?……料理がめちゃくちゃ面倒で困ってるってくらいですかね…。洗濯と掃除は量が少なかったり狭いのもあってそんなになんですけど、料理は一人分を毎回3食作るのが嫌で…気がつけばスーパーの弁当ゴミとか、菓子パンカップ麺の容器や包装紙でゴミ袋が埋まってたりとかなっちゃいますね…」
料理が作れないわけでは無い、むしろバイトで鍛えられているのもあって男飯系であれば美味しく作れる自信はある。しかしそれがきちんと栄養バランスに配慮されているかと言われれば、もちろんNoだ。
男性諸君ならわかってくれるだろうけど、男飯なんてさっと作れて旨くて腹を満たせればいいんだよな?…俺は誰に聞いてるんだ?
「ダメだよ?しっかりと栄養バランスを考えないと………(あれ?もしかしてこれってチャンスなんじゃ…!?距離的にも全然近いし…色々と口実も作れる…!)」
「分かってはいるんですけどね、一人だとどうしても面倒で……って…どうかしました?」
「うぅん、なんでも無い。私も今日から料理がんばろっかなって思っただけよ?」
何かぶつぶつと呟いていた棗さんは一瞬で元に戻り、綺麗な笑顔を浮かべてキッチンの方を見ている。
棗さんはなんでも高水準にこなせる印象もあってか料理も上手そうだ、今食べてるこのクッキーも店に売ってるレベルで美味い…。家でこんなサクサクでバターがしっかり感じられるのにしつこくなく、無限に食えるクッキーなんて作れるのかよ…。
「そっかそっか…そう言えば秀くんが一人暮らしをするキッカケって何かあるの?」
「キッカケですか……(…家族がいなくなったからですよ、誰一人)」
「…えっ?」
「……あっ…す、すみません!キッカケはなんだったかなって思い出してまして!そうですね、今思い出したんですけど…元々住んでた家が大学からすごく遠くて、通学を便利にするためって言うのと一人暮らしに憧れがあったからですね。ほら、一人で自由ですし…早く寝ろとかイヤイヤ言われることもないじゃ無いですか?」
棗さんからの問いかけに昔のことを思い出し、一瞬小春ちゃん側に向けていた自身の顔の表情を曇らせた自覚があった。しかし俺はそれを悟らせないよう出来るだけ明るく棗さんの方を見て受け答えをする。
鋭い棗さんのことだから何か違和感を覚えたかもしれないが、棗さんにはその違和感を確信できる要素は何も無い。…自分でも棗さんに対して本心を言わないことに罪悪感はある。しかし棗さんだからこそと言うのもあるが、他人にそれを話したり明かす訳にはいかない。これは―――俺の問題だからだ。
「…そうなんだ!私もちょっと分かるかも、一人暮らしって始める前は未知の世界だからワクワクするよね!実際してみると楽しいことも多いけど、それ以上に大変なことが増えるし…ね?」
カランと棗さんの持ち上げたアイスコーヒーの氷の音が鳴り、にへらと表情を崩す棗さんの顔は綺麗で…俺は少し棗さんの顔に見惚れてしまった。
「あれぇ〜?どうしたのかな?秀くん〜?お姉さんの顔に何かついてる?」
「な、なんでも無いっすよ!その顔やめて下さいよ!!」
「うふふふ♪なに?秀くん、照れてるの?」
「照れてないっすよ!!」
「しゅーにぃ!おねえちゃん!こっちでいっしょにてれびみよーよ!」
俺が少し見惚れていることに気がついた棗さんの蠱惑的な表情に、俺は少したじろいでしまう。そこにちょうど良く小春ちゃんの誘いを受けたため、俺は逃げるように小春ちゃんの横に空いているソファースペースに腰を下ろして、一緒にアニメを見たりゲームをして遊んだ。
◇
『フフフ…そうだよね、キミはそういうニンゲンだよね。オモシロい♪それでこそわたしがみこんだあるじだよ♪』
誰にも見えず、当の本人にも聞こえず―――ただただ真っ暗な空間に開いた不気味なほど真紅に染まっている双眸のヌシは、瓦礫の上で楽しそうにそう呟いた。
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モチベ激下り気味なのもあり更新遅くてすみません。今のままだともしかしたら完結まで行けないかもしれないです…。
気分転換に違う作品でも書いてみようかな?なんて思ってます。
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