第85話 お母さん

「おねえちゃん!しゅーにぃがきたよー!」


「はいはい、ありがとね小春!…いらっしゃい秀くん、わざわざゴメンね?暑かったでしょ?リビングなら冷房が効いてるから、ソファーに座ってゆっくりしてて?」


 小春ちゃんに連れられて入った玄関から、小春ちゃんが奥側の扉に向かって声をかける。

 すると奥の扉から甘いお菓子のいい香りと共に、いつもはストレートに下ろしている星空色の黒髪をポニーテールに束ね、私服の上に白いエプロンを身につけた棗さんが笑顔で出迎えてくれる。


 その様は棗さんの容姿が大人びている事もあり、まるで夫を出迎える新妻のような雰囲気があり新婚夫婦のような錯覚を覚える程だ。


「お…お邪魔します棗さん、あのこれ…凄くつまらない物ではあるんですけど、美味しいって評判のプリンを買ってきたので、小春ちゃんと2人で食べて下さい」


「そんなのいいのに…でもありがとう秀くん、こう言うのは気持ちが大事なんだから私にとっては中身が何でも一番嬉しいんだよ?後で小春と一緒にいただくね。小春?こう言う時はお兄ちゃんになんて言うのかなぁ?」


「しゅーにぃ!ぷりんありがとー!」


「うふふ、偉いわね小春♪後で一緒に食べようね〜」


「うんっ!!」


 俺たちの近くまで歩いてきた棗さんは俺が持ってきたプリンを受け取ると、小春ちゃんの目線まで屈んで小春ちゃんに言葉を促す。

 しかもそれはこう言いなさいと言うのではなく、小春ちゃん自身が考えるような誘導の仕方であり、その様はまさにお母さんと言った風格を感じた。


(棗さんが結婚したとして、子どもができたら…こんな風にいいお母さんになるんだろうなぁ……俺の母さんもこんな感じだったっけ、随分昔のことだからうろ覚えだけど)


 この風景を見ていて棗さんに子どもが生まれたとしたならば、その子がとても聡明でいい子で優しい子に育つことが容易に想像できた。

 以前にも同じことを考えたことはあったが、棗さんと結婚するならスーパーハイスペック人間なのだろう。


 随分と俺の感覚も麻痺してきているのだが、今こうして家に招かれていること自体が異常なのであって、本来なら棗さんを含め俺は美涼や奈緒や麗華と関われるような人間じゃない。

 しみじみと巡り合わせがあるんだろうなと考えながら見ていると、棗さんが俺の方を見て不思議そうにしている。


「どうかした?秀くん。じーっとこっちを見てたみたいだけど…。い、嫌とかじゃなくってね?ほ、ほら…格好とか変だったかなって心配になっちゃうっていうか…その………ちょっと照れるなって…」


 俺がじっと見ていたせいか、棗さんの顔がほんのりと赤くなる。

 以外だ、棗さんであれば見つめられることに慣れているものだと思っていたが…いつの日か美涼に対しても同じことを考えたことがあったような気がするけど。


「す、すみません…全然変じゃないですよ?むしろ普段と違った髪型とか格好も印象が違って似合ってますし、小春ちゃんへの接し方とか見てると棗さんはいいお母さんになるんだろうなぁって思ってただけっす」


「お、お母さん!?!?ち…ちょっと気が早いかなって思うけど……わ、私は嫌じゃないっていうか…むしろって………ぁっ…い、今のは言葉の綾で…」


「おねーちゃんおかおまっかっかだよ?」


「そ、そんなことないよっ!ほら秀くん!立ち話もなんだからお部屋にどうぞ?」


 俺の発言を聞いて、ぼっと顔を赤らめた棗さんは足早に出てきた扉を開けて部屋に入っていった。

 確かに俺の発言は気が早かったかもしれない、棗さんはまだまだお母さんになるには若すぎるもんな。


 昔じいちゃんに年齢に関係する話はするなって言われてたっけ…そうでないにしても今の時代、どんな発言がセクハラになるかも分かんないからな…気を付けよう。


(それにしても…気が早いってことは、将来的に結婚したい人でもいるんだろうか…。俺…では無いな、あの時のことが記憶にあったとしてもまず無い。悲しきかな…生まれた家の格差と顔面偏差値の差は埋められねぇ…)


「しゅーにぃ…だいじょーぶ?どこかいたいの?」


「大丈夫だよ小春ちゃん…世の中の非情さに打ちひしがれてただけだから…。一緒にお姉ちゃんのところに行こっか」


 少し考えて涙を流した俺は小春ちゃんの手を取って棗さんのいる部屋を目指す。途中小春ちゃんが「しゅーにぃのおててつめたーい!きもちー!」とはしゃいでいた。こういう時は冷え性でよかったなと思った。


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 前々回あたりが少し長めだったので今回少し短めです、すみません!後今月の14日にまた歳を取って23になりました。20代に入ると時間の流れが加速するの、なんでなんでしょうね…。


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