第84話 お家

「さてと…そろそろ家出るか。忘れ物は…無いな」


 机の上にまとめてあった棗さんの本を入れた紙袋と、棗さんと小春ちゃん用に買ってきたプリン2つが入った箱を持って忘れ物がないかを確認する。


 昨日の昼頃に棗さんから住所と訪問時間の連絡があり、移動時間を逆算してちょうどいい時間に家を出るため、忘れ物の確認をしてから玄関の扉を開けて鍵を閉める。


「今日はカンカン照りじゃなくて良かった。あんまり遠くないし保冷剤も入れてあるとはいえ、あんまり暑い中プリンを持ち歩くわけにはいかねぇし…」


 俺が住んでいるアパートの廊下から見える空には雲が多く、青空がチラチラと雲の隙間から見える程度の晴れ具合だった。山とは反対側の遠くの空には大きな入道雲が見えていて、ミンミンと鳴く蝉の声に鼓膜を揺らしながら駅へと歩き出す。


 棗さんの家は俺の最寄駅からバイト先とは反対で、大学側にある大学の最寄駅から更に2駅乗ったところに住んでいるらしい。


 すこし歩くといつも通学やバイト先に行くために歩いている大きな横断歩道と、最寄り駅の建物が見えてくる。


(にしてもこの場所…懐かしいようなそうでないような、ここに立ってる時にシロネさん達と出会ったんだっけ)


 赤信号に変わり横断歩道の前で立ち止まっていると、いつの日か飛び出した場所に偶然立っていた。

 我ながら無茶をしたなと思いながらスマホを触っていると、スマホの画面の上の部分から見切れている景色の中、道路の真ん中に何かが映り込む。


(…?なんだあれ、花…?道路の真ん中に?)


 目を景色に移したほんの一瞬、俺の目には道路の中央に白くて大きな桜の花のような見た目の花が咲いているように見えた。

 しかし俺が瞬きをすると、花が咲いているように見えた場所には車の風圧に煽られている白くてすこし大きめのビニール袋が漂っていた。


(なんだ…見間違えか)


 そのままビニール袋は道路の脇にある植え込みに引っかかり、信号が青に変わったので道を渡って電車に乗った。



「ここ…か……流石お嬢様というか……俺の住んでる所とは別次元だなぁ…」


 電車に揺られ、棗さんから送られてきた住所をマップアプリで調べて歩いていくと…アプリが案内してくれた場所にはめちゃくちゃ立派なタワーマンションがそびえ立っていた。


「タワマン…近くに建ってるのは知ってたけど、入ることなんて絶対ないだろって思ってたんだけどな…」


 万が一間違っていないかと住所を確認し直したり、棗さんとのトーク履歴を見返したりもしたが、間違いなくここのようで…棗さんとのトーク履歴には3091に住んでいると書かれていた。


 恐る恐るマンションのロビーに入ると、ロビーから別格の内装や雰囲気であり、まるで高級ホテルのような美しさと煌びやかさに包まれていた。

 俺が呆然としていると、横から誰かに声をかけられた。


「何かお困りでしょうか?」


「えっ!?あっはい…その……友人に招かれまして、部屋に行きたいんですけど…」


「そうですか、ではまずこちらに来て頂きまして…貴方のお名前とご友人様のお名前、そしてお部屋の番号をお願いいたします」


 俺に声をかけて来たのはピシッとした執事服のような服装の男性で、俺が困っていたからかカウンターから出て来て声を掛けてくれた。

 あまり詳しくはないけど、恐らくコンシェルジュって人なんだろう。そのままカウンターに案内されて対応してくれる。…いや俺がただ単に怪しかったからだろうか。現にセキュリティーみたいな厳ついおじさん達にめっちゃ見られてるわ………。


「僕の名前は永井秀人で、友人の名前は一条棗 部屋の番号は…3091だと言われています」


「永井様ですね、かしこまりました。一条様に確認させて頂きますので少々お待ちくださいね」


 そうコンシェルジュの人が言うとどこかに電話を掛け、数十秒ほど話した後電話を切って笑顔を向けられる。


「お待たせ致しました永井様、3091号室にお住いの一条様からご予定の確認が取れましたので、そちらのエレベーターから30階にお上り下さいませ」


「ありがとうございます…」


 棗さんと連絡がついたのか、コンシェルジュの人は笑顔で見送ってくれた。


(にしても30階って………とんでもないな…)


 言われるままに乗ったエレベーターで30階を目指しながら、エレベーターの昇降時間に棗さんに連絡を入れる。


永井〈今から部屋に行きます。3091号室でいいんですよね?〉

一条〈うんそこで大丈夫!着いたらインターホン鳴らしてね♪小春も待ってるからさ〉


 連絡を入れると一瞬で既読がつき、棗さんからの返信が返ってくる。今更だがこんな立派な所だったなら、もっといい手土産の方が良かっただろうか…。

 そんなことを考えていると、いつの間にかエレベーターは30階に辿り着き、扉が開く。


 エレベーターから廊下に出ると、ロビーと同じような豪華であるものの…決して下品ではない煌びやかな空間がそこにも広がっていた。


(庶民の俺には落ち着かねえ……さっさと棗さんに本返して帰ろう………)


 お腹が締め付けられるような感覚に襲われながら、俺は3091号室にたどり着いてインターホンを鳴らす。


 ピンポーン……ガチャっ!


『しゅーにぃ!!いらっしゃいませ!!!いますぐあけるからまっててね!!!』


 インターホンから小春ちゃんの声が聞こえたかと思えば、バタバタと遠くから何かが駆けてくる音が聞こえる。


「しゅーにぃ!」


「こんにちは小春ちゃん、棗さん…お姉ちゃんはいるかな?」


「うん、いるよ!!おねえちゃんおかしつくってるから、こはるがむかえにきたの!」


 ガチャっと玄関ドアが少し空いたかと思うと、ヒョコッとドアの隙間から小春ちゃんの頭が出てきた。


「ありがとう小春ちゃん、じゃあお邪魔してもいいかな?」


「どうぞ!はやくあそぼ!しゅーにぃ!!」


 ふふん!と自慢げな顔を浮かべた小春ちゃんは一度頭を引っ込め、ドアの防犯バーを外してからもう一度扉を開けた。

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