第82話 シロ

「ふぅ…サッパリした……っと、もうこんな時間か…そろそろ飯作らねぇとって思ったけど、なんかあんまり腹減ってないな。食材を買い物に行くのも忘れてたし、適当に菓子パンでも良いか」


 集中講義が終わった日の夜、風呂から出た俺は壁に掛かっている時計を見る。時刻は午後7時半、普段ならこれくらいの時間に晩飯を作ってから一人で机に座って、小さめのテレビで動画配信サイトの動画を見ながら食べている時間帯だ。


 家に帰って来てから今日起こった、棗さんの家に行く予定のことを考えていたりボーッとしていたら…いつの間にか夜になっていた。


「にしても、もうクーラーいらねぇなぁ…扇風機でなんとかなりそうで電気代が助かるな」


 風呂上がりでまだ少し濡れている髪の毛をわしゃわしゃとバスタオルで拭きながら、上裸のまま網戸はあるが開いている窓の近くにある扇風機に歩いて行く。

 俺の部屋はアパートの二階なので見られる心配はないし、そもそも男の上裸なんざ見るような物好きはいない。そんなもん一部の変態かラノベとかでよくある貞操逆転ものの世界くらいじゃないか?


 そのまま俺は扇風機の前にある休憩用の椅子に腰掛け、扇風機の風に当たる。外からの風はあまりないものの、近くの雑木林からはザワザワと風に揺られて木の葉が擦れる音が聞こえる。


「はぁ…疲れた、なんか最近体のダルさが取れないというか…頭痛はデフォだし睡眠の質も悪いような…最近涼しくなって来てるけど夏バテか?………ん?」


 ピロン!と机の上に置いてあった俺のスマホの通知音がなる。チャットアプリを開くと、差出人は2人。一人目は三枝か、内容は…


三枝〈明日明後日の集中講義、俺の代わりに出てくれねぇか???飯おごってやるからよ!!頼む!!!〉


 …うん、とりあえず無視でもいいかな。二人目は…奈緒か、アイツも内容はどうでもいいようなことばっかりなんだが…一応見てやるか、緊急の用事かもしれないし。


瀧川〈秀人センパイ!今日白見くんとバイト一緒だったんですけど、めちゃくちゃちゃんと働いてましたよ!話聞いたら「俺も永井先輩みたいになりたくて頑張ろうって思ったんだ」って言ってたんですけど、どんな指導したんですか!?〉


 ははっ…そんなこと言ってくれてたのか。この前のことがきっかけなのかな?あと白井くんな、それだとなんか良くない虫みたいな名前になってるぞ…いつまで間違えてるんだアイツ…。


「別に何も特別なことはしてないっと…よし、飯でも食うか」


 返信を終えた俺が服を着てパンを食べようとすると『ニャー』と窓の方から猫の鳴き声が聞こえた。


 窓の方を見ると、網戸越しに白猫が網戸に前足をかけてこちらを見ている。


『(永井殿、すまないがこれを開けて私を中に入れてくれないだろうか?このまま話してもいいのだが、私が話しているところを他の人間に見られては困るのでな)』


 コソコソと小さめのイケボで俺に話しかけてくるシロネさんが、網戸越しに立っていた。


「し、シロネさん!?今すぐ開けますね!」


 びっくりはしたものの、聞き覚えのある声に従って網戸を開けてシロネさんを部屋の中に招き入れる。


『すまない永井殿、前回は窓が開いていたので勝手に入れたのだが…』


「いえ、こちらこそ締め出すようなことになってしまって…すみません」


『イヤイヤ気にしなくてもいいさ、急に来たのは私の方なのだから。今日は特別何か用があって来たわけではないのだが、少し様子を見に立ち寄らせてもらったのだ』


 部屋の中に入って来たシロネさんは窓から入って来て、ふわっといつの間にか生えて来ていた小さな羽で滑空して近くの座布団に着地し、ちょこんといい姿勢で座る。


『…少し疲れた顔をしているような気がするが……ちゃんと寝ているかね、永井殿?』


「ちゃんと寝てますよ?今日は大学の授業に行ったのと軽い夏バテみたいで…少し体が疲れてるだけですよ」


『そうか…それならいいのだが、ご飯はしっかりと食べたほうがいいぞ?本当に夏バテであるなら尚の事しっかりとご飯は食べたほうがいい』


「そうですね…一人暮らしだとどうも料理をする気が起きなくて…」


 一人暮らしの経験がある人ならわかる事だろうが、自炊というのは面倒くさいんだよな。最初は料理のことを考えて楽しいと思ったこともあったが、だんだんと面倒になって来て…気がつけばコンビニ弁当カップラーメン生活になっていたりする。


 シェアハウスとか実家からの仕送りがあるとか…彼女がいるのであれば話は変わるんだろうけど…。


『我々天界の存在には分からない感性だが…だが完全に一人で生活しているのならそう考えるものか。…では少し聞きたいことがあるのだが、少し時間はいいかな?永井殿。もちろん食べながらでも構わないさ』


「なんですか?聞きたいことって」


 バリッとメロンパンの包装紙を破り、シロネさんと向かい合う形で机を挟んで座る。

 ちなみに俺が使ってる机はこたつで、夏は覆う布の部分は取り外して使っている。爺ちゃんのお下がりというか遺品というか…まぁそんな感じだ。


『うむ、永井殿…最近私たちが与えたチカラは使っているかね?』


「アレですか、そうですね…最近は使ってないですね。少し前は結構使っていましたけど、そんなにポンポンと使うものじゃないですし」


 最後に使ったのって確か――――――あれ?何時だったっけか…?美涼と奈緒と出かけた時に使ったか…?


『…ふむ、では最近変わったことは?』


「変わったこと…特に変わったことはないですけど、強いていうなら食欲が減ったり睡眠の質が悪くなったことですかね?まぁ夏バテの症状と一致するんで、疲れてるだけだと思いますけどねって…なんでこんなこと聞くんですか?」


『実は我が主人、レムイエル様からの命で永井殿の様子を見てくるようにと。今日はその確認というか…永井殿はこの前命の危機があったということを部下から報告を受け、主人の命もあって確認しに来たのだ』


「バイタル確認部門とかあるんですか…?まぁ確かに色々あって刺されましたけど、なんとか無事でしたよ。今の体調不良も夏バテですし、問題ないですよ」


『そうか、その色々というのは後で聞くとして…問題がないというのであれば大丈夫そうだな。以前永井殿に渡した鈴が一向にならないので、それはそれで困っていたがね?』


「ゔっ…すんません……」


 笛の存在忘れてたなんて言えねぇ…どこしまってたっけか……。



 あれから暫くシロネさんと喋り、シロネさんが帰って行くのを見送ってから大学の課題をこなして、寝る前の簡単な筋トレを済ませて寝る準備に入る。


「ふぅ…さて寝るかぁ……明後日棗先輩に返す本の準備を明日して………それからアニメでも……見………て…………………・・・Zzzz…」


 最近にしては珍しく、吸い込まれるような睡魔に身を委ねるようにして俺は眠りにつく。











『おい、おきろ!あるじ!』


 暫くして眠りについたに話しかける声が聞こえて、俺は静かに目を開いた。

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