第78話 特別

「よお…永井………」


「うわ…どうしたんだよ三枝、その顔…死にかけてんじゃねーかって……あぁ、そういうことか…」


 期末テストも終わり、ジトッとした暑さが本格化して来たからか、目の前にいる男は汗だくになりながらゾンビの様な顔で俺を見ている。

 もうすぐ夏休みに入ろうとしているこの時期に大学に来ている人物は比較的少なくなる。大学生の良いところは必修の講義を除くと全てが選択制、自分自身で時間割を作れるという事だ。


 これは一見自由で気楽のようにも見える。しかし履修忘れなどが発生してしまうと大変なことになってしまうし、履修登録がしっかり出来ていてもその授業の単位を落としてしまって再履修しなければならないなど、自分で出席やテストをしっかりこなして単位を取らなければ、しわ寄せは後からやってくる。


 俺はそれが嫌なので、夏休みに入りかけのこの時期から夏休み前半までに行われる集中講義というものを履修し、卒業単位を稼ぐ為に大学に来ている。ちらほら見かける他の学生もそういう狙いがあるんだろう。


 まぁ俺が刺された時に休んでいた講義を受けるためでもあるんだが、あっちは内容がわかっているのでちゃんと理解できるだろうから問題はない。


 そう言った理由がない学生にとって期末が終わった後のこの期間は、実質的に夏休みに入っていると言っても過言ではない。では何故実質なのかというと…目の前のコイツみたいな学生が出てくるからだ。


「…補講だろ?お前」


「……正解、赤点とったせいで母ちゃんにはお宝コレクションを捨てられるし、夏休みでゴロゴロする気満々だったのに、あっつい中大学までこなきゃいけねーしで…最悪だ……。んで永井は?お前補講じゃないよな?赤点取ってなかったし」


「ん?いや俺もだよ、って言っても集中講義も一緒にだけどな。ほら…俺大学に来れてなかった時あったろ?そん時の補講だよ」


「かーっ!!!真面目だねぇお前はよぉ?そんなもんバックれればいいのによぉ?大学2年の夏なんざ遊んでなんぼだろ!?海で女の子ナンパしたり…ってお前には美涼ちゃんみたいな女の子の知り合いがいて、しかも超がつく美人の彼女がいるんだったなぁ?このクソ野郎が!くたばれこの野郎!!」


「痛ぇ!そんで汗臭ぇから離れろお前!!!」


「糞リア充が!!爆ぜろ!もげちまえテメェ!!」


 さっきまでゾンビのような顔色だった癖に、急にギラついた顔つきに変わって近づき俺にヘッドロックをしてくる三枝。

 ちなみにコイツには棗さんとのことは話していない、信用していないわけではないが人の口に戸は立てられないからな…。それにしてもコイツ…本気で締めてきてやがんな…!?


「あれ?秀くんと…お友達かな?こんにちは」


 男同士でそんないさかいを繰り広げていると、俺たちの後ろから綺麗な女性の声が聞こえた。その声に俺たちは聞き覚えがあり、三枝と一緒に振り返るとそこには涼しげな服装で肩に鞄をかけた棗さんが立っていた。


「い、一条先輩!?!?ここここ…こんにちは!き、今日はお日柄もよく…一条先輩はいつものようにお美しいですね!!!」


 棗さんの存在に気がついた三枝は勢いよく俺から離れ、何事もなかったかのような顔をして気をつけの姿勢のままピンと立っている。肩は不自然に上がり切っているし、声はどもっていて緊張しまくってるのが丸わかりだ。これでよくもまぁビーチで女の子をナンパだの言えたもんだな…。


「うふふ、こんにちは。えっと…お名前は?」


「じ、自分!2年の三枝冬輝って言いますっ!永井くんの大親友です!!!」


「前にも言ったが、お前はいつから俺の親友になったんだよ…」


 さっきまでクソ野郎とかくたばれとか言ってただろお前…。変わり身早すぎねぇか…?


「唯一の友人なら親友だろうが!?…ってもうこんな時間か!すみません一条先輩…本当ならコイツと3人で人が多く集まるオシャレなカフェとかでお話ししたいんですけど、この後補講…じゃなかった予定があるので、ここで失礼しますね!」


「お暑いのでお気をつけて下さいね、三枝さん」


「アザーーース!!頑張ります!!!」


 三枝は自分の腕時計を見て、ハッとした顔をしたと思えば棗さんの言葉を聞いて、狂喜乱舞しながら走っていった。そうだよな、補講に遅れたら終わりだもんな…お前…。


「うふふ…随分三枝くんと仲がいいみたいね?秀くん?」


「そんなんじゃないですよ…まぁ友人なのは認めますけどね」


「いいじゃない、友達はいるに越したことはないわよ?私は麗華と何人かしかいないけど、彼女たちがいてくれてよかったって思うときは多いもの。麗華はもう家族と同じくらいの仲だしね」


「………そのレベルで仲良くはですけどね…」


「私と麗華が特別なのはわかっているから、気にしなくても十分だと思うわよ?それに……は私たちも似たようなものだと思うけれど…?」


「というと?」


 俺はいつの間にか横に寄り添う形で立っていた棗さんの方を見て尋ねる。


「さっきの三枝くん『人が多く集まるオシャレなカフェとかでお話ししたい』っていってたでしょう?秀くんなら私と大学の外でお話ししたい時はどんなところを選ぶ?」


 棗さんは走っていく三枝の方を見ながらそう言う。そんなのは簡単なことだ。


「俺なら図書館とかひっそりとしたカフェとか…人が少なくて静かで目立たないような所を選びますね。三枝が相手ならファミレスとかでいいですけど」


 俺が棗さんの問いに何気無く答えると、棗さんは嬉しそうに何かを小さく呟く。


「(…嬉しい、私も貴方にとって少なからず特別なんだね…)」


「え?」


「ううん、なんでもない。当たり前だけれど秀くんは三枝くんと違って、ちゃんと私のことわかってくれてるんだなって思っただけよ」


 棗さんは俺の答えを聞いて、にこやかな表情を浮かべていた。

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