第77話 謝罪
ガチャッ……
俺が店長から貰ったまかないを食べ終えると、タイミングよく白井君が休憩室に入ってきた。
「おっ、白井くんお疲れ様。今日は大変だったねぇ…お客さんも多くて、酔っ払いに絡まれてって…。居酒屋だからああいうお客さんの相手もたまにはしないといけないからさ、災難ではあったけど良い経験だと思って気にし過ぎないようにね」
「じゃあ俺は帰るね」と部屋に入って来たばかりの白井くんに挨拶をして帰る準備をしようと更衣室へ向かおうとする。
本当なら家に帰ってからつけるクーラーの電気代を少しでも浮かせるために、もう少し涼んでから帰ろうと思っていたのだが…白井くんも休憩室を使うのであればさっさと俺は帰ったほうがいいだろう。
俺だって察しの悪い馬鹿ではない。白井くんが俺のことを好いていない事は分かっている、それが悪いなんてことは無い。
人間誰しも好き嫌い合う合わないはあるものだ。それ故に誰からも好かれる人間なんてものはいない、どんな大物配信者にもアンチがいるように顔がいいからや人気者だから嫌いなど、何かと理由を付けて嫌う人は必ずいるものだ。
その理論で言えば俺はバイト先の人からは概ね好感を得ている。しかし白井くんや一部の同僚からはよく思われていないみたいだ(殆どが店長に気に入られてる俺への妬みや奈緒絡みだが、本人には言ってない)
さっきも言った通りそれが悪いとは俺は思わない、そう思うことが人として普通だからだ。
だからこそそういう関係の相手とは必要最低限の関わりに留め、互いに波風を立てずに過ごす。それが一番だ。
そう思ったからこそササッと帰ろうとしたのだが、何故か白井くんが俺の前に飛び出てくる。
「あの…永井先輩!ちょっとお時間いただけますか?」
「え?あ、うん…大丈夫だけど……」
急に俺の目の前に出て来た白井くんの表情は真剣というか…何か覚悟を決めたような表情になっている。数時間前まで俺が指導していても興味が無さそうな…ダルそうな雰囲気を感じていたのだが、今は真反対だ。
俺を呼び止めた白井くんはスゥーっと息を吸い込み、次の瞬間バッと勢いよく頭を下げて来た。
「今まで永井先輩に生意気な口をきいたり、舐めた態度を取っていてすみませんでした!!!俺………今まで永井先輩に対して失礼な言動ばっかりして…今日やっと目が覚めたんです!」
何を言い出すのかと思えば、俺の目の前で白井くんが綺麗に頭を下げている。突然のことで目を丸くしながら呆然としていると、白井くんは言葉を続ける。
「初めて見た時からずっと心の中でどこか永井先輩の事を見下していたと言いますか……先輩より俺の方が優れてるって…思ってました……。顔も俺の方がカッコイイし、モテるし頭も良いし…」
うーむ…今も尚なかなか失礼な事を言っているんだが……まぁいいか事実だし、黙って聞いておこう。
「でも今日永井先輩の事を見ていて思ったんです!俺が未熟だからこそ永井先輩より上だって思い込んでたんだなって…。まだ永井先輩と関わって日は浅いですけど…今までの俺の態度を考えれば、逆の立場だったら怒鳴ったり無視したりしてもおかしく無いのに、永井先輩は俺に一生懸命教えようとしてくれたり助けたりしてくれました」
「さっきも永井先輩は一番忙しいのにも関わらず、さっきの酔っ払いの人の対応含めほかのバイトの子のフォローや料理提供の状況判断、お客さんのお会計やオーダー用の紙切れに真っ先に気がついて対応していたのは先輩でした。よく見ないとわからない事ではありますが、言われたことしかできない俺とは違って先輩にしか出来ない事でした!」
「だから…つまり………永井先輩は俺より凄くて…人としてもバイトの先輩としても尊敬できる人だって思いました!なのでこれからは心を入れ替えて頑張りますので、色々と教えてくださいっす!そして改めて今まですみませんでしたっ!!!」
頭を下げたまま早口で俺に謝罪をする白井くん。そうか…そうだったのか、彼なりにプライドだとか気に食わない原因があったんだろう、今までもそして今もそんな理由で俺を嫌っている人はいる。彼もそのうちの一人だったのかな。
でも白井くんは根本は悪い子では無いのだろう、でなければわざわざ俺に頭を下げて謝罪などしないはずだ。
奈緒絡みで俺に対抗意識を燃やす上であぁいう態度になってしまって、あの時がきっかけで考えを改めたって所か。
「…頭を上げてくれ白井くん。俺は君の謝罪を受け入れるよ」
「永井先輩…」
「誰だって感情がある以上、時に間違えたりする事だってある。大事なのはその時に自分の非を認めて謝罪ができるかどうか、間違いを繰り返さない事だと思うんだよね。多分奈緒…瀧川絡みで思うところがあったんだとは思うけど、確かに白井くんの立場からすると俺の存在は面白く無いだろうし……白井くんの思ってた通り女の子にモテないし見た目だって良くないのは合ってるしねぇ…?」
「そ、そんなことは今は思ってませんよ!?」
あえて意地悪く白井くんにそういうと、アワアワと慌てて否定している白井くん。気にし過ぎもよく無いしこれくらいの弄りを入れておけば、彼の中の罪悪感も軽くなるだろう。
「あはははは!ま、そういうことで俺は気にしてないし、これから白井くんが変わってくれるって言うなら俺も白井くんの働きで言葉の真意を判断することにするよ。だからこの話はこれでおしまい!次会う時からは新しい白井くんを期待してるよ」
「…っ!は、はいっ!!精一杯頑張ります!!!」
「よし!じゃあ俺は帰るね、お疲れ様」
「はい!お疲れ様でした!!!」
また俺の方に頭を下げた白井くんを見てから俺は更衣室で着替え、バイト先から家に帰る。
(…あっ、そろそろ美涼と奈緒の出かける予定も調整しないと…いや先に棗さんから借りてる本を返さないと行けないかな…。明日大学に行った時に棗さんに話すか…)
俺はそんなことを思いながら電車に揺られていた。
◇
【白井side】
俺は永井先輩が帰った後、一人休憩室で今日のことを振り返っていた。
「…本当にすげぇ人だなぁ…永井先輩は…」
俺は今日まで永井先輩の事を勝手に見下して、取るに足らないしょうもない奴だと思っていた…いや思い込みたかったんだ。
何故ならあの瀧川さんがずっと俺の前で永井先輩の事を自慢していたからだ。
『これも私が尊敬してる永井センパイが―――』
『その時永井センパイがね?―――』
『頼りになるんだよ?永井センパイは―――』
そんな事を彼女の口から聞くたびに俺の中で永井先輩への敵意が高まっていくのを感じていた。実を言うと俺は瀧川さんのことが好きだ。彼女のアイドルのように綺麗な容姿も明るい性格も何もかもが俺の好みだった。
それは俺だけに限らず俺の友人や同級生、果ては先輩にまで瀧川さんの噂は広がっている。他にも3人の美女がいるともっぱらの噂だが…俺はまだ会ったことがない。
でも俺は入学式の時に見かけた時からずっと瀧川さんのことが好きだった、だからこそ彼女の心を射止める為にここで頑張ろうと思っていたんだけど…誰が見てもわかるくらい露骨な対応の差があった。
大学でも瀧川さんの性格や態度は変わらないものの、今日のように異性に積極的に関わりに行く人ではないし、ましてや名前呼びをせがんだり身体をひっつけるような距離感に近づいていかない。明確なパーソナルスペースが彼女にはある。
しかし永井先輩に対する態度は全く違う。永井先輩を近づけさせないどころか自分から近づいて行ったり、ひっついたりしているように見える。あれを見れば瀧川さんが誰を好きかなんて…誰でもわかるよな…。
「…告白もしてないのに失恋……か…。でもまぁ永井先輩なら…諦めもつくかな」
俺の予想ではあるものの、瀧川さんが俺になびくことは一生ないだろう。そう感じるほどに永井先輩と俺とでは大きすぎる差がある気がする。
「次からは恋した相手の恋愛を応援しないといけないのかぁ…キッツイなぁ……でもまぁ仕方ないよな」
あんなに人としての器の差を見せつけられたら…瀧川さんが永井先輩に惹かれているのも納得がいく。
「それに永井先輩はモテないとか言ってたけど…そんなことないんだよなぁ…」
瀧川さんからの好意は勿論だが、今日一緒に働いていたバイトの女子先輩たちが話しているのを俺は聞いていた。
『ねぇ…やっぱり永井先輩っていいよね?』
『ね〜?優しくて気配り上手で、さりげない所がポイント高いよね〜?あー、あんな彼氏が私も欲しいな〜』
『でも……明らかに勝てない相手がいるよね〜…』
『瀧川先輩だよね〜…永井先輩の事が好き好きオーラ隠せてないし、そもそも流石に可愛さで勝てる気しないもんね〜…』
『やっぱりいい男にはいい女が寄って行くもんなんだろうね〜…。永井先輩は別にイケメンって訳じゃないけど、惹かれるものがあるよね〜』
「やっぱすげえや、永井先輩…。俺も見習って、将来的に先輩みたいなモテる男になってやるぜ!!!」
そう決心した俺は休憩から戻り、残りのバイト時間を一生懸命働いた。
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