第76話 後輩君

「お客様、どうかなさいましたか?」


『なんやお前?…別の店員か、ヒック…ちょうどええわ。このガキがなぁ?トイレから戻って来た俺に急に横から出て来て、ヒック…ぶつかりよったんや。やのに謝りもせずにどっか行こうとしよったんや!どうなっとんねん!?』


 俺が怒鳴っているおっさんと白井くんに声をかけると、顔をアルコールで真っ赤にしたおっさんが睨みながら再び怒鳴ってくる。


「大変申し訳ございません、彼は私が教育係をしている新人でして…。お怪我はございませんか?」


『新人とかそんなもん知らんわ!ヒック…だいたいなぁ?お前らみたいなガキがなぁ―――』


 そこから暫く酔っているおっさんの怒りを謝りながら、俺は頭を下げていた。中には彼の家庭環境や電車への愚痴など、俺たちとは関係のない不満をぶつけられたりもしていたが、そこは聞き流しながらもおっさんが落ち着くのを待った。


『ちっ…もうええわ!ヒック…とにかくもっと教育ちゃんとせぇよ!』


「はい、大変申し訳ございませんでした」


 十分ほど俺と白井くんに暴言を垂れ流したかと思えば、そのおっさんはドカドカと去って行った。


「…ふぅ、やっと行ったか。ごめんね白井くん、さっき教えられなかったんだけどここは通路が暗めで突き当たりにトイレがあるんだ。だけど途中横にそれたらキッチンにいける通路なんだよ。だからキッチンから出る時は必ず通路を確認してね」


「…………怒らないんすか?」


「え?」


 俺がさっき白井くんに教え損なったことを話していると、白井くんは申し訳なさそうな顔をしてそう言ってきた。


「いや…その………さっき対抗心から先輩の話を遮ったからこそ、俺…いや僕がミスしたのに…。しかも関係のない先輩まで怒鳴られて…」


「怒るも何も…気持ちはわかるからね。たいして歳も変わらない人間に、上からあーだこーだ偉そうに言われてもイラっとくることもあるし、そもそも教えて欲しい人じゃないと意欲が湧かないとかも経験あるからなぁ…」


 実際俺も新人として入った時、めちゃくちゃ嫌な先輩がいたからこそ気持ちは分かる。あの先輩が辞めた後、ヤバイ人の女性に手を出そうとしただの女性を妊娠させて逃げただの…そんなことを噂では聞いたが、どちらにせよいい噂がない人だった。


 明らかに俺を見下してこき使って、何かミスをしたら怒鳴り散らかして自分がミスをしたら俺になすりつけてくるような奴だった…。


(アイツがいなくなった後に奈緒が入ってきてくれてなんとか持ち直したが…もう会いたくねぇな)


 そんな経験からアイツを反面教師にして、後輩には優しく指導しようと心がけてきてはいたんだが…感じ方は人それぞれだしな。白井くんも俺以外の先輩からの指導なら、ちゃんと話を聞いていただろう。現に奈緒からの指導は気持ち悪いくらい前のめりで聞いていたらしいし…。


「…それに白井くんがどう思っていようと、俺は君の教育係だからね。君のミスは結果的に俺のミスになるってわけだ。でもだからってミスしたからダメってことはないからね?新人のうちはミスをしないことよりも、何回も同じミスをしないように気をつけてくれたらいいからさ」


「そ、その先輩…俺―――『そこにいる兄ちゃん、ちょっといいかな!』」


「はい只今!!…じゃあ長話は終わり!さっきのあの人は暴言だけで済んだからいいけど、中には机や壁を殴りつけたりする暴力的な人もいたりするから。白井くんは要領もいいし、次からはちゃんと気をつけられると思うから大丈夫!気にしないで」


 俺はまだ何か話したそうな顔をした白井くんとの話を切り上げ、呼んでいるお客さんの元へと歩いて行った。



「な、なんとか乗り切ったぁ………」


 あれから数時間、俺たちは一生懸命お客さんを捌き…やっとの事でシフトの終わり時間になった。

 さっきの電車のトラブルが解決したからか、後半は徐々に落ち着いてきてはいたが…それにしても忙しかった………帰ったら風呂入って速攻で寝よう…。


「永井君お疲れ様。今日は大変だったね……これまかないね。休憩室で悪いけど、ゆっくり食べて帰ってね」


「ありがとうございます店長!美味しく頂きます!」


「そうそう、永井君に確認したいことがあってね」


「…?なんですか?」


 目の前に美味しそうなまかないが置かれると、店長からそんな言葉をかけられる。


「今月の末頃だったかな、永井君の通ってる大学の団体さんの貸切予約が入っててね?内容は打ち上げというか、50人くらいでの飲み会みたいなものらしいんだけど…永井君もお客さん側としてくるのかな?と思って」


 …店長、それ初めて聞きましたよ俺………。


 まぁ仕方ない、最近色々あったせいで認識がボヤけてはいたが…大学ではボッチなんだったな…俺……。三枝は例外だが、俺もアイツも同級生に飲みに誘われるなんてことないからなぁ…。


「いや俺は参加する予定は無いんで、普通にシフト入れますよ」


「よかった〜…永井君か瀧川さんが居てくれないともう心細いまであるからね!僕が!!」


「あはは…。ってことで俺はシフト入れといて貰ってもいいですよ」


「助かるよ、本当にいつもありがとう永井君。じゃあ僕は戻るね、お疲れ様」


「はい!お疲れ様です!」


 俺は休憩室を出て行った店長を見送ってから、まかないを食べ始めた。


 

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