第75話 トラブル…?

 瀧川の事があってから数時間後、そろそろ時間的にもお客さんが増えてくる時間帯になってきた。


『じゃあお先に失礼しまーす♪』


『あぁ瀧川さん、お疲れ様。今日もありがとうね、また明日も頼むよ』


『はい店長、お疲れ様です!』


 そんなやりとりが倉庫のドア越しに聞こえてきて、俺は備品のチェックをしていた手を止めて近くの時計に目を向ける。


 時刻は夕方の6時半ほどを指しており、夕方のこの時間帯くらいからは仕事帰りのサラリーマンが中心になってくることもあって、徐々に忙しくなるのだが…瀧川のシフトはこの時間で上がりらしい。


 ぶっちゃけて言うと瀧川がこの時間帯から抜けられるのはキツイ部分がある…が、少し前に過労で倒れていたからな…。

 休むことも仕事のうちだと言ったのは俺だし、瀧川には今日は休んでもらうのがいいかもな。幸いなことに花金とかじゃないし、まぁ何とかなるだろう。


『店長!永井センパイって今どこにいますか?』


『永井くんかい?今倉庫で備品のチェックをして貰ってるよ』


『わかりました!ありがとうございます♪』


 またもや店長と瀧川の会話がドア越しに聞こえてきたかと思えば、ガチャっと倉庫のドアが開いて、開いたドアの隙間からひょこっと瀧川の顔が現れる。


センパイ♪お先に失礼しますねっ!」


「…ん?あぁ、お疲れ瀧川。まだ明るいけど気をつけて帰れよ?」


「………」


「瀧川?」


「………(ツーン)」


 俺が備品のチェックをしながら返事を返したが、滝川からの返事がないことに疑問を持った俺がドアの方をみると、何やら拗ねたような表情でそっぽを向いている瀧川。


「………お疲れ…奈緒…?」


「はいっ♪お疲れ様です!」


 数秒なぜアイツが返事を返さないのかと考えていると、さっき名前で呼べと言われたことを思い出し、今度は名前で返事をするとさっきまでのムッとした表情は何処へやら。

 今度は満面の笑みを浮かべて返事を返してきた。…そんなに名前呼びにこだわりがあるのか…。


「センパイ?今日は私の機嫌がいいので許してあげますけど、次呼び間違えたらペナルティを課しますからね?」


「ぺ、ペナルティ?何だそりゃ…」


「3回間違えるごとにセンパイの奢りで、私とご飯行って貰いますからね♪じゃ!お疲れ様でーす!」


「あっ…おい!……ったく…」


 俺が横暴だろうと抗議しようとしたが、にこやかに笑いながらも奈緒は嵐のように去って行った。



 奈緒が帰って行った後、俺もホールへと戻り接客をしていたのだが…俺の予想に反し、お客さんの足が絶えなかった。

 俺が新人の子の研修中にお客さんの会話を聞いていると、どうやら電車のトラブルが起こったらしく、帰るに帰れない人たちが押し寄せてきたようだ。


 そんな中俺はこの前新人として入ってきて、奈緒と入れ違いでシフトに入ってきた白井くんの教育係として一通りの業務を教えていた。


「じゃあ続きだけど…注文を取るときはこの機械で注文をとって、注文を聞いた後は必ず注文の確認をすること。んでこの下のところにはテーブルの番号とお客さんの人数を打ち込んでおくことを忘れないようにね」


「……っす」


 俺がそう業務の指導をしていたのだが…目の前の白井くんはメモを取るどころか、俺の方を見てすらいない。返事も生返事で、前に奈緒と3人でいた時とは別人だと感じる程にやる気を感じない。


「えっと…わかったかな?これが出来ないと注文すら取れないし、白井くんは新人だからメモくらいはとっとかないと。後一番注意して欲しいのが―――「わかったっすよ、もう他の先輩のやり方見て色々知ってるんで。じゃあ俺行ってきます。永井先輩に教えてもらう事なんてないっすから」


「あぁ…うん…何かわからないことがあったらまた聞いてよ」


 俺がそう声をかけるが、白井くんは俺に対して負けないという強いやる気だけは感じるものの、さっさとホールの方へと歩いて行った。


「ごめん永井くん!ちょっとこっち来てもらえるかな!」


 ホールへと歩いていく白井くんを見送っていると、キッチンの方から店長に呼ばれたのでそっちへ行く。


「ごめんね永井くん、ちょっとこの後出ないといけなくて…永井くんにちょっとの間キッチンに立って貰って、そのあとにホールに戻って貰っていいかな?少しの間だけだから!」


「わかりました、二十分くらいですか?」


「それくらいで大丈夫、じゃあすぐ帰ってくるからお願いね!」


 そう言い残すと店長は店を出て行った。



 あれから店長不在の時間、猫の手も借りたいほどの忙しさの中で一生懸命働いた。客足が途絶えない中、俺の仕事を率先して済ませてくれた彼がいたおかげで俺は比較的楽に仕事をすることができた。


 その人物はそう、白井くんだ。白井くんは意外にも要領が良いのか、俺以外の先輩に教えてもらったことをすぐに吸収して動けている。

 さっきはやる気がなさそうに見えていただけで、なんだかんだ働く意欲は十分にあったらしい。


 俺の仕事を率先して引き受けてくれたときのドヤ顔のようなものは気になったが、簡単な仕事を率先してやってくれるのはこの状況では非常にありがたい。


『っざけんなよ!このガキが!!!』


「………すみません」


『あぁ?声が小さくて聞こえねーよ!!』


 店の客足が少し落ち着いて来た頃に俺がトイレ近くの通路を通りかかると、何やら奥からもめている声が聞こえる……まさか…と思い当たる節があった俺は急いで声の方へと向かう。

 するとそこには予想通り、酔っ払っているような雰囲気のおっさんに怒鳴られている白井くんが立っていた。

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