第73話 別れの爪痕

「いつつ…」


「はい、これでもう大丈夫ですよ。軽い打ち身と打撲、口内の切り傷と鼻血ですかね、傷の処置は終わりましたので数日すると治ると思います。お大事になさってください」


 俺は今何故か自分の家…ではなく沢城家のお屋敷の一角にある、医療棟に促されて簡単な応急処置を受けさせられた。

 俺は大丈夫と言ったのだが、麗華から放たれていた圧に負けて大人しく処置を受けることにしたのだ。


 そしてそのまま大人しく消毒と絆創膏を貼られた俺は、俺の処置をしてくれたイケメンの医者の人にそう言われた。


「すみません…ありがとうございます」


「いえいえ、これが私の仕事ですから。もし永井様が腹部に風穴が開くほどの致命傷であっても、生きておられれば必ず治してみせますよ」


「あはは………それは頼もしいですけど、なりたくはないですね……」


 「確かにそれに越したことはありませんね」とにこやかに笑う先生を見て、この人は冗談で言っているわけでは無いんだなと思った。

 確かにこの部屋の広さと設備……普通に病院クラス…いやそれ以上の設備が揃ってないか…?途中に手術室的な部屋もあったような…。


 遠くのガラス越しにあるアレってMRI…?いや気のせいだよな…流石に……。


 ともあれ治療が終わったので、俺は歩いて帰ろうと部屋を出ようとすると先生に榊原さんが迎えに来るまでここで待つように言われた。

 そうなるとしばらくこの部屋から出られないので、俺は先生と雑談をしていた。


「へぇ…先生ってここの常駐医なんですか」


「そうですね、5年ほど前から会長様…真耶様の体調管理や健康診断を主に担当しております。真耶様がいつ如何なる時に体調を崩されても大丈夫なよう、此処に住み込みで務めているんですよ。とは言っても私は緊急時以外はこの医療棟からは出ないんですけどね」


「って事は…此処に住んでるんですか?この病院みたいな棟に?」


「えぇ、二階は風呂場や食堂などのホール、三階は私たちスタッフの男女別に区画分けされた個室がそれぞれありますので、住み心地は高級マンションと変わらないくらいですよ。しかしまぁ私が唯一の男性医師で、他の方々は全員女性なんですけどね。


 基本的に私は緊急時のドクターなので、普段の怪我は他の看護婦さんや女医の方が担当されていますね。休みの時は部屋で医学の本を読んだり、綺麗に手入れのされた花畑があるお庭を散歩したりと充実してますよ」


「はぇ〜…」


 確かに来る際にエレベーターや階段を見かけていたので、上もあるとは思っていたが…上は居住区だったのか。確かに住み込みでとなれば部屋があるとは思ってはいたけど、そう言う事か。


「あれ…?先生以外には男性医師の方はいないんですか?」


「そうですね、私の場合は特別と言いますか…人柄と能力を真耶様に買って頂きまして、男性でありながらも此処に住む事を許されています。ですのでボディガードの男性の方以外ではこうして同性の方とお話しする機会がないので、とても楽しいですよ」


「確かに…見た所先生が何歳も上だとは思いますけど、そこまで離れてない同性って此処ではいなさそうですもんね」


 再び先生は眼鏡をクイッとさせながらニコニコと笑っている。確かに麗華のことを考えれば男性の使用人はごく少数になっているのだろう。

 俺も此処には何度か来ているが、先生と庭師のお爺さんとボディガードの人しか男性を見ていないような気がする。


「でもならなんでそんな偉い先生が、こんな傷とも言えないような処置をしてくれたんですか?今の話なら普通の看護婦さんでもできますよね?」


「あ〜…それはですね…お嬢様が私をと指名されまして。何故かはわかりませんが…」


「…なんでですかね?」


 本当になんでだろう…?と考えていると、コンコンと扉がノックされてから榊原さんが入って来る。


「失礼いたします。永井様お迎えにあがりましたが…お怪我の方は大丈夫でしたでしょうか?」


「え…あっはい、めちゃくちゃ軽症でしたよ」


「それは良かったです、私もお嬢様も心配しておりましたので。では早速帰りをお送りしますので、こちらへどうぞ」


「はい、じゃあ先生改めてありがとうございました」


「お大事になさってくださいね」


 俺は挨拶をしてから榊原さんに促され、門の前に止まっているリムジンの前までやって来る。


「秀人君!」


 聞きなれた声が聞こえたので振り返ると、俺を見かけて急いでやって来たのか、夕焼けに照らされてキラキラと光る銀髪を揺らしながら麗華がやって来た。


「麗華…どうかしたかな?」


「いえ…貴方が帰ろうとしているのが見えたので、急いで帰りの挨拶をと思いまして…怪我は大丈夫ですか?どこか痛んだりは…」


「そんなのわざわざ良いのに…。それに怪我は全然大丈夫!ドジ踏んで転んだだけだしね、あははは」


 俺はそう嘘をついて笑う。わざわざ言う必要のない事は隠すに限るしな。


「そうでしたか…(それでもあのゴミクズどもの処分は変わりませんが…)」


「…?何か言った?」


「いえ、気にしないでください」


 今何か言ってたような気がしたけど…ゴミ…処分?みたいな…。何か捨てるのか?まぁ気にしても仕方ないか。


「今日は楽しんでくれたかわからないけど…俺はすごく楽しかったよ!ありがとう、麗華」


「…っ!私の方こそ…とても楽しい一日でしたし…何より貴方への特別な日でした……」


 夕焼けのせいかもしれないが麗華の顔が少し赤く染まったように見えた…のは気のせいかな…?


「じゃあ俺はそろそろお暇するよ、今度は大学で…かな?またね」


「ち、ちょっと待ってくださいますか…?」


「…?何か―――」


 ちゅっ


 俺が振り返ってリムジンに乗ろうとすると、クイっと袖を引かれたので振り返ると―――俺の右頬に柔らかな感触と、麗華の顔がすぐ近くにあり、何か音がしたと思えばスッと麗華の顔が俺の顔から離れていく。


「か、海外ではこれは挨拶なので……―――き、気をつけてお帰りくださいね!」


 そう言い残すと夕焼けの色だけではなく、顔を真っ赤にした麗華はささっとお屋敷の方へと走り去って行く…。


「…えっ?」


 …………えっ?


______________________________________


 これにて二章は終わりになります。此処から三章まではとても期間が空くと思いますが、また更新が再開できるようになったら再開しますので、私の就活が早く済むように願っていただければ幸いです…!


 では暫くの間お別れです。此処まで読んでくださってありがとうございました!また休載明けにお会いしましょう!

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