第72話 この気持ちの正体 side:沢城麗華
「…飲み物を取ってくるにしては随分と遅いですね、何かあったのでしょうか…?」
彼が席を立ってから10分ほど経ち、さっきまで漂っていた恥ずかしい空気がなりを潜めたことで冷静に戻った私は、先ほど出て行ったきり帰って来ない事に疑問を抱き始めていました。
確かにこういった場所は人が多く、ドリンクバーと呼ばれる辺りが混雑してる可能性もありますが…。
「もしかすると一気に多くの飲み物を入れてしまって困っているかもしれませんし、様子を見に行って見ましょうか」
そう思った私は部屋を出てから道中にあったドリンクバーへと歩き始めると、何やら大きな声で騒いでいる男の声が聞こえて来ました。
『ギャハハハハハハ!ダッセェ!勝手に足引っ掛けて倒れやがった!』
『大丈夫でちゅか〜陰キャく〜ん?』
高校生くらいでしょうか、私が曲がろうとした角の先からそんな品の無い男の声が聞こえて来たので、顔を少し覗かせると…そこには地面に倒れている秀人君と数人の
「にしても汚ねぇなぁ?まぁ?存在がキモくて根暗そうな陰キャのお前にはお似合いだぜ?ガハハハハ!」
「お前みたいな奴があんな美人と二人きりとか、身の程わきまえろってな」
「あんまチョーシ乗んなよ?」
「…あの感じは彼が理不尽に絡まれているのでしょうね……これだから彼以外のゴミクズは…。とにかくまずは榊原たちにあのゴミ達の回収の連絡と…すぐに彼の元へ行って、自分たちが何をしたのか後悔させなければいけませんね…」
携帯で榊原に連絡した後、好き放題彼を罵倒しているクズ共の前に行こうとすると…彼がこっちに歩いてくる姿が見えたのでこの場で待つことにしました。
「…チッ。あーあ、ここまでされて何も言い返さねーとか情けねー。そう考えるとお前みたいな陰気な奴とつるんでた、あの見た目だけの銀髪女もしょうもねー奴だったんだろうな!」
するとこっちに戻ってくる彼に相手にされなくて業を煮やしたのか…彼の悪口から私の悪口へと対象が移る。
(彼が相手にしないことに腹を立てて次は私ですか…本当に救いようが無いというか子どもというか…。秀人君が特別なのであって、所詮男なんてそんなものでしょうか)
そう冷めた気持ちで私に対しての悪口ではなく、先ほどの彼への行いにフツフツと怒りを燃やしていると、秀人くんの足がピタッと止まる。
「コイツみたいなしょうもねー男と出かけたりする様な見る目の無い馬鹿女だろ?そういう奴は大体パ○活とか援○とかやってるクソビッチってな!それか遠くから見ただけで分かんなかったが、顔は厚化粧のブスだったりしてな!」
それを聞いても私は特に何も思わない。昔から私を妬む人の声は少なくなかった、偏見…嫉妬…今まで受けて来たものに比べれば。
「それに俺たちの方を見たときのあの女の顔!思いやりも何もねー性格もブスなんだろうぜ?きっと親が死んでも『私には関係ありません』って顔で男と遊び歩いて――」
「…家族の死に何も感じない女……ね」
いつもならその言葉に何も思うことも無く…所詮他人の戯言だと受け流せていたはずなのに、その言葉があの時のことをフラッシュバックさせる。
◇
『ふふっ…グヒヒヒヒッ!!そこまで行ってしまっているなら仕方ない!!!そうさ!!麗華!あの日お前の親父を殺したのは僕たちの一族だ!!可哀想になぁ!幼い麗華を残して逝ってしまうなんて、とんだ最低のクズ親父で!!』
『あの下民は何時も家族の為娘の為と言っていたが、本当に家族のことを想っているなら、あの時僕たちとの婚約を認めておくべきだった!沢城家に取り入って婿入りした程度で、この生まれながらにしてのエリートの僕に反抗した結果 自分は殺され、結果家族を置いて自分だけこの世から離れ、それからの家族を守れてすらいねぇ!!とんだマヌケ野郎だ!!!』
◇
「…確かに私は彼とお父様以外の男を見下しているクズの一人なのかもね…」
お父様の死を思っているのも、実はそう思い込んでいるだけなのかもしれな―――
「黙れって言ってんだろうが!クソガキが!!!」
ビクッと私が身体を震わせてしまうほどの怒気と声量が、私の鼓膜を大きく震わせる。この声は…秀人君……?
再び顔を少し覗かせるとさっきとは真逆の方を向き、騒いでいた男の胸ぐらを掴んで激怒している秀人君がいた…。
「お前は彼女の何を見て偉そうに物言ってんだよ!!!お前が彼女の何を知ってんだ!?あの子はなぁ!俺が見てきた中でトップクラスに優しい女の子なんだよッ!!
小さな事でも感謝してお礼をしようとしたり、亡くなった父親の事をずっと大切に思って忘れてなかったり…家族の為に身を犠牲にして望まない結婚を我慢しようとしてたりなぁ!?
他にも色々あんだよ!あんな大変な立場で精神が摩耗して行っててもおかしく無いのに、自分のことより家族や他人のことを優先できる優しい人なんだよ!!!テメェに彼女の何が分かるッ!!!!!俺のことはいくら馬鹿にしたっていい!だけどなぁ…あの子のことを馬鹿にするのは俺が許さねぇぞ!!!」
「あっ……………」
その言葉を聞いて私の胸の奥から、あの時も感じた彼に対してとても大きな感情が芽生えていくのを感じる。
(この胸の高鳴りは…あの時も感じた……うぅん、それ以上に…貴方のことが……)
自分のことでは何も言い返さなかった彼が、私のことでこんなにも感情的になって守ってくれている…私のことを大切に思ってくれているのが伝わってくる…。
ドクンドクンと心臓は高鳴り、顔は耳まで熱く、彼がそう言ってくれただけでさっきまで心の中にあったお父様への気持ちに嘘がないと断言できてしまう。
(これが……好きという感情なのですね……)
今胸にあるこの気持ちは、今までもあった彼への気持ちの正体を自覚したのもあって、より大きく鮮明に理解出来ている。
今まで人を好きになるどころか、立場上人間の…特に男は醜悪なものだという環境で育って来たのもあり、そんな人がいたことも無かった…。
そんな私が今、初めて彼という一人の男性の側にいたいと心が訴えかけてくる。
彼の横にいたい…彼の為に何かしてあげたい…彼に愛してもらいたい―――
「貴方はどれだけ…優しいのですか……」
ギュッと胸のあたりの服を握り、彼があのゴミクズに殴られたのを見て頭の中がズズッと敵意に染まっていく。
「…榊原、予定変更よ。さっき言った者たちは徹底的にやるわ?許されないことをしたからね。後秀人君が怪我をしてしまったわ?医療班に連絡をお願い」
『かしこまりました、医療班と捕獲班にはそのように伝達しておきます』
連絡を終えた私は部屋に戻り、戻って来た彼と一緒に迎えに来た榊原の車に乗る。
(貴方が誰かの為に助ける行動するのであれば…私が貴方を支えて守ります。…そしていつの日か貴方の横に……いえ、その前に棗に相談でもしようかしら…。あの子もちょっと前に初恋の相手ができたって言っていたし)
帰りの車の中では彼へと好きという感情と奴らへの憎悪がグルグルと入り混じり、怒っているのか幸せなのか複雑な気持ちになっていた。
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この作品の投稿を始めてから10ヶ月ほど経ちましたが、ついこの前に当初の目標であった大台の100万PVを達成しました。いつも読んでくださってありがとうございます。
あと投稿が遅れてすみません…。あと1話だけ投稿してから二章は終わりますが、三章以降は就活が終わってから投稿予定なので、次話が一旦区切りになるかなと思います。
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