第71話 怒り

「あぁ…すみません」


 すれ違いざまにぶつかって来た高校生集団にそう言い、俺は横を通り過ぎようとする。

 元々ぶつかって来たのはあちらなので、俺が謝るというのも変な話かもしれないが…こういう輩には関わらない方が良いというのが俺の持論だ。揉める前に回避できるならそれに越したことはない。


(能力を使えばコイツらに痛い目を見させられるけど…別に彼らに何かをされた訳でもないし、無駄遣いってもんだよなぁ。ガキが吠えてるだけって言うか…っと考えてる場合じゃないな、さっさと部屋に戻ろう)


「あ?聞こえねーよ。ってかお前さっき綺麗な女と一緒に居た陰キャ野郎じゃねーか!ギャハハ!なんだ?あの女に捨てられた悲しさを一人カラオケで晴らしに来たのかよ、ダッセー!」


 俺が通り過ぎようとすると、その行く手を遮る様に足が俺に前に伸びて来る。しかしコイツらは…俺が両手に飲み物を持っているのに気が付いていないのだろうか。


「…まだ何か?」


「だーかーらぁ、お前の謝罪が聞こえねぇつってんだよ。お前がぶつかって来たんだからさぁ?謝るのが一般的な対応って奴じゃねーの?お?」


 いやぶつかって来たのはお前らなんだが…難癖もいいところだとは思うけどまぁいい、ここは素直にもう一度謝って穏便に済ませよう。


「こちらの不注意でぶつかってすみませんでした」


「プッ…コイツプライドもねーのかよ。顔もブサイクでヘタレでプライドもねぇとか…終わってんなコイツ」


『そう言ってやんなって、女に捨てられて傷心中なんだもんねぇ?陰キャくん?ギャハハハハ!』


 コイツら好き放題言いやがって…まぁもう会う事もないだろうし好きに言わせておけばいいか、麗華に捨てられたって部分以外は合ってるし。

 そもそも俺と麗華はそういう関係じゃないんだがな、美人局やレンタル彼女にしろ擬似的にでもそういう関係になれる人間なら良かったが。


 とりあえず謝ったおかげで好き放題言われてはいるものの、俺の前にあった足が下がったので部屋に戻るため通路を進む。


(これでやっと戻れる…こりゃ時間になったらさっさと帰った方が…っ!?)


 もう事が済んだからと考え事をしながら歩き始めたのが良くなかったのか、俺が歩き始めた瞬間に何かに足を引っ掛けられ、両手に飲み物を持っていたのもあって手をつくことも出来ずに盛大に転んでしまった。


 そのせいでグラスは割れなかったものの飲み物はぶちまけ、俺は手をつくことも出来ずに勢いよく地べたに倒れたせいで体中が痛い。


『ギャハハハハハハ!ダッセェ!勝手に足引っ掛けて倒れやがった!』


『大丈夫でちゅか〜陰キャく〜ん?』


 俺が痛みに顔を歪めながら振り返ると、明らかにさっきまでそこには無かった足が再び出ており、ゲラゲラと醜悪に満ちた四人の嘲笑が俺に向けられていた。


『にしても汚ねぇなぁ?まぁ?存在がキモくて根暗そうな陰キャのお前にはお似合いだぜ?ガハハハハ!』


『お前みたいな奴があんな美人と二人きりとか、身の程わきまえろってな』


『あんまチョーシ乗んなよ?』


 あぁそうか…やけに突っかかってくると思ったが、さっきゲームセンターで麗華に腕を組まれたのを見られてたっけ…。

 その中でも先頭にいたリーダー格の男が麗華の事を一番欲しそうな顔だったからな…これはまさしく欲しい物が手に入らなかったガキの癇癪か。


 俺は黙ったまま立ち上がり、持っていたハンカチであらかたの汚れを拭き取ってから倒れた時に出た鼻血を拭う。

 相変わらず好き勝手言われているが、相手にする価値もない。能力でやり返そうかとも思ったが、この力はそう言った俺個人のいざこざに使うのは何か違う気がした。


 自分の為に使ってもいいが…これは極力人を傷つけたりすることには使わないと決めていたしな。誰かを助けるためとかやむおえない事情を除いてではあるが、別に俺のことは助けなくてもいい。なんだかんだ何とかなるし伊達にボッチはやってねぇ。


「………」


(ん?何処からか怒気…いや殺気…?まぁいいか…とりあえずトイレにでも行って汚れを落とさないとな)


 俺がここから一番遠いトイレに向かおうとすると、相手にされないのが癪に触ったのか、ガキどもの罵倒の声量が更に大きくなる。


「…チッ。あーあ、ここまでされて何も言い返さねーとか情けねー。そう考えるとお前みたいな陰気な奴とつるんでた、あの見た目だけの銀髪女もしょうもねー奴だったんだろうな!」


「…あ?」


 急に罵倒の標的が俺から麗華に変わり、その発言を聞いて俺の足が止まる。


「コイツみたいなしょうもねー男と出かけたりする様な見る目の無い馬鹿女だろ?そういう奴は大体パ○活とか援○とかやってるクソビッチってな!それか遠くから見ただけで分かんなかったが、顔は厚化粧のブスだったりしてな!」


「…黙れ」


「それに俺たちの方を見たときのあの女の顔!思いやりも何もねー性格もブスなんだろうぜ?きっと親が死んでも『私には関係ありません』って顔で男と遊び歩いて――「黙れって言ってんだろうが!クソガキが!!!」


 今まで黙っていた俺の大声に驚いたのか、取り巻き共もリーダーみたいにイキってるガキもツカツカと近寄ってくる俺を見ることしか出来ていない。


 そのまま俺はイキってるリーダーそうなガキの胸ぐらを力一杯引き寄せ、大声で怒鳴る。


「お前は彼女の何を見て偉そうに物言ってんだよ!!!お前が彼女の何を知ってんだ!?あの子はなぁ!俺が見てきた中でトップクラスに優しい女の子なんだよッ!!


 小さな事でも感謝してお礼をしようとしたり、亡くなった父親の事をずっと大切に思って忘れてなかったり…家族の為に身を犠牲にして望まない結婚を我慢しようとしてたりなぁ!?


 他にも色々あんだよ!あんな大変な立場で精神が摩耗して行っててもおかしく無いのに、自分のことより家族や他人のことを優先できる優しい人なんだよ!!!テメェに彼女の何が分かるッ!!!!!俺のことはいくら馬鹿にしたっていい!だけどなぁ…あの子のことを馬鹿にするのは俺が許さねぇぞ!!!」


 俺が大声でそう叫んだものだからか、ゾロゾロと人が近くに集まってきた。


「…キ、キモいんだよクソ陰キャが!!!何熱くなってんだ…よッ!!!」


「うぐっ!?」


「行くぞお前ら!!何見てんだテメエら!!!」


 胸ぐらを掴んでいた俺のことを殴り飛ばすと、取り巻きたちを引き連れて店を出て行った。

 取り残された俺は近くにいた人たちから声をかけられる前にトイレに逃げ込み、汚れを拭き取って軽い出血を止めてから何くわぬ顔で部屋へと戻った。


「ごめん麗華お待たせ、ドリンクバー混んでてさ…もう歌う時間無いよね?これ飲んだら帰ろうか?」


「………はい、榊原が来てくれているので帰りましょうか」


 俺が部屋に入ってからずっとベレー帽を深く被り、さっきまで横に座っていたのに遠くの席に座って俯いている麗華に違和感を感じつつも、俺たちは店を出て榊原さんのリムジンに乗る。


(…隠しきれてないと思うけど、何も聞いてこないのは俺のこの有様に気付いてないのかな?まぁそれならそれで説明するのも面倒だからいいか)


 そのまま俺は静かな車内で、切れて血の味がする口の中が不味いなと思いながら帰路に着いた。


 

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