第70話 名前とガキ共再び

「な、名前!?」


「はい…その…麗華と呼んでいただければと」


 普段の凜とした沢城さんの雰囲気とは違い、おそるおそるといった感じの雰囲気を全面に出し、まるで甘えるかの様な表情を見て俺の心臓はバクバクと音を立てる。


「わ、わかったよ…れ……麗華…?」


「…っ!…ありがとうございます、しゅ…秀人…君」


 俺が沢城さ…麗華の名前を呼ぶと、ススっと俺から顔を遠ざけてそっぽを向く麗華。…俺の見間違えでなければそっぽを向いた銀髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まっている。

 しかし俺の顔も真っ赤になっているはずだ、顔だけが熱い…。


「「………」」


 や、やばい…恥ずかしさから気まずくなってしまった…。カラオケ入ってから20分くらい経ってるのに、部屋の中のテレビがCM流しているのは異常事態だろ…!


 仕方ない…この空気のままでいるよりはマシだ…。


「じ、じゃあ次は俺が…歌おうかな…?」


「そ、そうですね…どうぞ?」


 沈黙に耐えられなくなった俺がもう一本のマイクを手に取り、適当に知っている曲を入れる。


「えっと…先に言っとくと俺めっちゃ音痴だから…アレだったら耳塞ぐなり部屋出るなりしてね?」


 曲の伴奏が始まってから麗華にそういう俺。あんなに歌が上手いんだ、俺の歌なんて聞いたら卒倒してもおかしくないしな…。


「い、いえ…聴くのであればちゃんと聴きますよ。こういった友人同士の空間では上手い下手は関係ありませんし…」


 そう返してくれた麗華の言葉を聞いて少し気が楽になった俺は、いつも通りとはいかずともリラックスして歌を歌った。






 結果からいうと…点数はズタズタだった。歌い終わってからテレビに映っている点数はたったの48点…。正直今すぐにでも崩れ落ちたかったが、横から聞こえてくる拍手の音を聞くことでなんとか持ちこたえていた。


「…どう?酷いもんでしょ?昔から歌は下手なんだ、上手くなりたいとは思うんだけどね…」


「いえ、確かに点数自体は低いですが…音程や声質は良いと思います。リズムや声の強弱がズレているだけで、壊滅的というわけではないので……練習すればきっと上手くなりますよ」


 俺の歌を挟んだおかげで落ち着いたのか、冷静に俺の歌を分析している麗華。なんだかこんな風に分析されると恥ずかしくなってくるなぁ…。


「ですので…せっかくですし今日は練習しましょう?私も一緒に歌いますし、秀人君の役に立ちたいと前々から思っていましたので…」


 モジモジと俺の方を横目で見ながら人差し指同士をくっつけている麗華…。さっきのくだりで何かを吹っ切れたのか、美少女度合いが限界突破している様な…!?

 こんなの俺じゃなかったら好意があると思っちゃうぞ…?


「そ、そう…?ならちょっとお願いしても良いかな?」


 いやしかし…確か麗華のあの事件の時は記憶を消さなかった様な…気がする。だとすると一時お礼させてコールもあったしなぁ…ここはお願いしても良いかな。


「はいっ!お任せください!」


 俺の返事が嬉しかったのか、ただただ頼られて嬉しかったのか…伊達メガネや帽子を外してストレートの銀髪を揺らした麗華は、俺以外には見せないであろう笑顔で応えてくれた。



「おぉ…!結構良い点数になった方じゃないか!?」


「そうですね、最初の頃と比べればとても良くなったと思います」


 あれから1時間半ほど俺たちは曲を交互に歌いつつ、俺の番では麗華からの歌の指導、麗華の番では歌い方の勉強と観賞を繰り返して行くと…俺の歌った後の点数には78の文字が浮かんでいた。

 最初の点数が48だったことを踏まえると、30点も点数を上げることが出来ている……我ながら感動だ…!これなら普通よりちょっと下手くらいを名乗れる…。


「本当にありがとう麗華…なんとなく歌い方が分かった気がするよ」


「…っ!…そ、それは良かったです……」


 俺が笑顔のまま麗華にお礼を伝えると、恥ずかしそうに口元に手を当てている。…まだ名前呼びは恥ずかしいもんな……俺も下の名前で呼ばれるとムズムズするし…。


「ちょっと休憩がてらジュースでも取ってこようかな!麗華も何か取ってこようか?」


「ありがとうございます…。では烏龍茶をお願いしても良いですか?」


「了解、ちょっと待ってて」


 少し恥ずかしくなった俺は休憩がてら、ジュースを入れに外へと出る。

 そのままドリンクバーのある方へと歩いていき、烏龍茶とコーラを入れて部屋へと戻ろうとすると…前から既視感のある高校生の集団が歩いてくる。


「だからよ、俺は言ってやったんだぜ?あのブスに『俺の女になりてぇなら生まれ変わって顔面からやり直せ』ってな!!」


「うーわひっでぇ!だからあの時ブス沢泣いてたのかよ!あんまアイツの事泣かせんなよなぁ?見てるこっちもいつもより気持ち悪くなって吐きそうになんだからよ!ギャハハ!」


 大声でそんな会話をしながら歩いてくる四人組。こいつらは…ゲームセンターにいた奴らか。めんどくさいから知らんふりしとくか…。


 そのままスッと横を通り過ぎようとすると、仲間内でじゃれあっていて急に飛び出してきた奴の肩と軽くぶつかる。


「ってぇなぁ…?何ぶつかってんだお前コラ」


 これはスルーできなさそうだな…。

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