第69話 お嬢様とカラオケ

「次は…ここです!」


 ゲームセンターを出てからまたまたしばらく歩き、沢城さんに連れられて来られたのは何処にでもあるカラオケボックス。

 カラオケは中高生から大人まで幅広くの人が利用する娯楽施設だが、足取りには一切の迷いがなかったところを見るに沢城さんはここにも凄く行きたかったのだろう。


「…カラオケか。最近俺も来てなかったなぁ…」


 最後に行ったのは中学一年の時だったっけ。実を言うと俺は歌が下手だ、音痴のレベルで言えばジャ○アンレベルだと言う自覚がある。

 しかしここで沢城さんに対して水を差すのも悪いからなぁ…俺が歌わなければ問題ないかな。


「なら丁度いいではないですか。早速入りましょう?ずっと外だと貴方も暑いでしょうし」


「ん…?あぁ…そうだね」


 沢城さんはそう言うと、一足先に自動ドアをくぐって店内へと入って行く。俺はそんな沢城さんを追いかけて店内へと入る。


(…今日って暑いのか。確かに言われてみれば?)


 最近随分と濃い日々を過ごしているせいで忘れがちだが、今はまだ7月の半ば。日差しは強いし、ジメッとした夏特有のまとわりつく様な空気を吹き飛ばす風もあまり吹いていない気がする。


 もしかして体が暑さに慣れてしまったのだろうか?今も店内に入ったことで空調が効いているはずなのだが、何も変わっていない様な気がする。…まぁいいか。


「えっと…受付をしないといけないのですよね?…おや?カウンターのところに店員さんがいない様ですが?」


「あーそうだった。最近は受付方法が機械になったんだ。ここは俺に任せて」


 俺はカウンターにある機械を操作して2時間ほど利用を申請する。週末ではあるものの幸い利用時間に空きがあった。

 そのまま俺たちは指定された部屋へと歩いて行く道中に曲を入れる機械について簡単に説明していたが、その道中に他の客がいないわけがない。


 いつも通りといえばそうなのだが、すれ違う男性客は年齢問わず沢城さんを凝視している。本人は全く気にしていない…と言うよりは興味すらないらしい。

 沢城さんを見た後に俺の方を見て不思議がる人が大半だが、中には馬鹿にする様な視線やヒソヒソ声もあるが…まぁ気にしたら負けってやつだよなぁ。


 その度に沢城さんの額に青筋が浮かんでいる様な気がしなくもないが…一見冷たそうに見える沢城さんは優しい人なんだよなぁ。


 そのまま俺たちは部屋に入ったが…ここで俺はとんでもないことに気がついてしまった。


(…何も考えてなかったけど、もしかして今から俺と沢城さんが密室で二人きり…なのか!?)


 冷静になってみれば一緒の部屋に俺がいないほうがいいのではないか?と言う考えが頭をよぎる。

 それこそ隣の部屋も空いてたわけだし、友達とはいえ男性が嫌いな沢城さんへの配慮が足りなかったんじゃ…。


「どうしたんですか?」


 俺がドアを開けて突っ立っていたせいで、沢城さんの指がチョンッと俺の背中に当たる。


「今更だけど…一緒の部屋で良かったの?別々にも出来るけど…」


「…?なぜ別々にする必要が?一緒に遊びに来たのですから、一緒でないと楽しくないですよ」


 そう言われては何も言い返せなくなった俺はそのまま部屋に入り、電気と空調をつける。

 その間に沢城さんが座ってくれて、俺はその対面に座ろうとしていたのだが…沢城さんは立ったまま俺の方を見ている。


「…座らないの?」


「貴方が座るのを待っているんです。ここの席はコの字型の座席ですし」


 促された俺はそのままドア近くの席に座ると、俺の真横に沢城さんが座る。


「ち…近くない?」


「離れていては選曲用の機械が見辛いでしょうし…。何より様な気がして…」


「へ?」


「…いえなんでも。私は一曲目はこれにしますが、永井君はどの曲にしますか?」


「えっと……俺はしばらく聞いてるだけでいいかな」


「遠慮しなくてもいいんですよ?でもまぁ…わかりました。では数曲歌いますね」


 俺の横に座った沢城さんはさっき教えた通りに機械をいじり始め、既に曲を入れている。そのまま俺も歌うことになってしまったので、内心少し困っていた。



「ふぅ…歌うことをこんなに気軽に行ったのは初めてです。楽しいものですね」


 そういって歌い終わった後にマイクを置いた沢城さんは、とても満足げで楽しそうな笑みを浮かべていた。

 そして画面に映っている点数は歌い始めなのにもかかわらず、94点と言うとんでもない点数を叩き出していた。…この後に俺が歌うの?


「棗さんとは来たことないの?こういう所」


「……棗とは無いですね、お互いに単身で好き放題動ける様な立場では無いことが多いですから。私の場合は立場上、棗の場合は周囲からの人気もあってですが」


「それは…確かに?」


 もし大学で棗さんと沢城さんが二人で歩いていたり、遊びに行こうものなら取り巻きやワンチャンを狙ったハイエナみたいな人たちで溢れかえりそうだ。

 俺みたいに友人が少ないのもどうかと思っていたが、人気者であればあるほど自由に動けないということを考えれば、俺にはこっちの方が向いている…というよりはこっちの方がいいな……。


「…一つお聞きしてもいいですか?」


「?」


「棗とはずいぶん仲がよろしい様ですが…いつから仲がよろしいのですか?貴方が下の名前で呼ぶくらいですし、前にもゲームセンターに出かけていたりとかなり仲が良い様ですが…」


 少し不安そうな面持ちで聞いてくる沢城さんを見て、棗さんが取られてしまうと思わせてしまったと思った俺は、一から棗さんとの出会いを話し始めた。


「なるほど…去年の今頃に知り合って仲良くなったと…」


「そうそう!だからその…仲はいいけど、棗さんから見たら俺は特別じゃ無いから!沢城さんが一番だとおもうよ?」


「…?そ、それで…その……棗とは友達で、下の名前で呼んでるんですよね…?」


「う、うん…」


 グイッと俺に顔を近づけてくる沢城さん。こ、この人なんか今日距離感近く無いか!?


「な、なら同じ友人である私のことも、下の名前で呼んでくれませんか?」

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