第68話 お嬢様は嫉妬を経験する
あれからお互いに少し落ち着き、ゲームの休憩がてらクレーンゲームのエリアをぶらぶらと歩いていた。
実は俺はフィギュア収集の趣味があり、最近は来ていなかったがゲームセンター限定フィギュアなんかにも目が無かったりする。
そして今俺が挑戦しているのは有名漫画キャラの限定フィギュアだ。
俺はそれが欲しくなったので、沢城さんにクレーンゲームの景品の取り方をレクチャーしていた。
「この場合はこう…アームを箱の角に引っ掛けるようにすると…ほら取れた」
俺がアームを操作すると、ガコンという音と共にフィギュアの入った箱が下に落ちていく。入れた金額は前に誰かが挑戦していたのか、角度がとてもいい感じだったので500円くらいで取る事ができた。
「ほぅ…アームで掴むだけがクレーンゲームではない…という事ですか…」
「そうそう、ここの機械はまだ良心的な設定だから掴める時もあるけど、店によっては撫でるくらいの強さしかない所もあるか…ら″!?」
俺が横を向くと、超至近距離に沢城さんの横顔があった。室内の空調に揺られる銀髪からはとてもいい匂いがする…ってこれじゃ変態みてぇじゃねーか!俺のアホ!!
「…?どうしまし………た…」
俺が言葉に詰まったことを不思議に思ったのか、沢城さんも俺の方を向いたことでほんの数センチ前に進めばキスできそうな距離に互いの顔がある。俺の身長が170後半くらいで、沢城さんが170センチくらいなのもあって唇の距離が近い…。
沢城さんもこちらを向いて初めて気がついたのか、俺の方を見てから「…すみません」と少し恥ずかしそうにしながらお互いに少し距離をとった。
「じ、じゃあ俺は横から見てるから…やって見る?」
「え、ええ…」
少し気まずくなった空気を拭う為に沢城さんに機械の操作を代わり、沢城さんが華麗に景品を取るところを参考にしようと思っていたのだが…
スカッ…コン…スカッ…スカッ……
「…私にはクレーンゲームは無理なようですね。流石にこれ以上はお金が勿体無いので止めにします」
そう言って沢城さんは静かにクレーンゲームの操作をやめた。
最初のうちはまだ慣れていないのだと思っていたが、10分経っても一向に上達しない沢城さんに対して横からアドバイスなどをしていたが、アームは良くて掠る程度。冗談かとも思っていたが、本人の真剣そのものの表情を見て本気でできないことを悟った。
沢城さんにもできない種類のゲームがあると知った俺は、静かに悔しがる沢城さんの横で親近感が増していた。
(今まで友達って言っても雲の上のような人だと思ってたけど……沢城さんも一人の人間なんだなぁ…)
思えばシューティングゲームの時も虫型のモンスターに小さく悲鳴をあげていたり、アイスの自動販売機を見て目を輝かせていたり…普通の人と育った環境は全く違うけれど、虫が苦手だったり見たことのないものに憧れたりする気持ちは一緒なんだと思った。
俺は自分で取った物をあげようとしたが、「貴方が自分で取った物ですから」とやんわり断られてしまった。
「あっ………可愛い…」
クレーンゲームを諦めた沢城さんと共にそろそろ出ようかと歩いていると、最後のクレーンゲームの台の中に、小春ちゃんにも取ってあげた白猫のキャラクターのミニぬいぐるみバージョンがぶら下がっているのを見て、沢城さんが小さく呟いた。
欲しそうな声が漏れ出たことに気がついていなさそうな沢城さんは、欲しそうにしつつも歩いていこうとするので、俺は沢城さんを引き止めた。
「沢城さんゴメン!あの台で欲しいのがあってさ…取ってもいいかな?」
「…?はい、構いませんよ?」
俺がそういうと振り返った沢城さんは、不思議そうな表情のまま俺の近くにやってきた。
「よし…じゃああのドラゴンのやつを狙って…っと」
俺は台に100円を入れると、白猫の横にあるドラゴンを狙っているかのような雰囲気を出しながら、たまたま俺が操作をミスって横の猫を一発で落とした。
「おっと…ミスった、ドラゴンを取るつもりが猫になっちゃった…。ゴメン沢城さん、よかったらこれ貰ってくれない?」
「これは…?」
俺が下から猫のぬいぐるみを取り出し、沢城さんに差し出すと困惑したような嬉しそうな…なんとも言えない表情で俺と猫をを見ている。
「この台って一個横にずれた所に行く不具合があったの忘れてたぁ…。前にも同じことして女の子にあげたんだよね」
実際に小春ちゃんにあげた話に嘘を混ぜながらそんな苦し紛れな言い訳をすると、沢城さんの表情が段々と鋭いものに変わって行く。
「…永井秀人君は女性と一緒にここにきた事があるのですか?」
「え?えっと…つい最近に」
「……因みにですが、どなたと一緒にこられたのですか?二人きりでですか?どういう意図でここに?その方とはどの様なご関係なのですか?」
矢つぎ早にそんな言葉を突き刺す様に問うてくる沢城さん。
(…なんだ?怒ってる?なんでだ!?)
何故か不機嫌になった沢城さんの雰囲気に、俺は正直に棗さんと小春ちゃんと出かけてその時に小春ちゃんにあげた事を話した。沢城さんが怒るとこんなにこえぇのか…。
「…そういう事ですか。棗とハルちゃんと…三人で…」
俺が事の顛末を話終えると少し落ち着いたのか、さっきまで放っていたプレッシャーが解かれた。マジで怖かった…。
「…棗と………ふぅ〜ん…………」
さっきまでの圧が解かれたかと思いきや、次は俺が渡した猫のぬいぐるみを見ながら「むぅ…」とむくれている沢城さん。…この表情でも可愛いって反則じゃないだろうか…。
「…話はわかりました。この猫ちゃんもそういうことにしておいてあげましょう。ありがとうございます、大切にしますね」
「う、うん…」
渡した猫のぬいぐるみを持っていた小さなカバンにしまうと、俺の前を歩き始めた沢城さんについて行く。
「(…貴方のそういうさりげない気遣いと優しさ…もう少しでこの気持ちがなんなのか…わかりそうです)」
「…?何か言った?沢城さん?」
出口の近くまで歩いてきた俺たちは、入口近くにある音ゲームの音量がでかく、何か沢城さんが言った様な気がした俺がそう聞くと、前を歩いていた沢城さんが振り返り自分の唇の前に人差し指を持ってきて答えてくれる。
「いいえ?何も?私に対してあんな気持ちにさせた罰として、今は教えてあげません。さっ!次の場所に行きますよ、永井秀人君?」
それだけを言うと足早にゲームセンターを出て行く沢城さんに、?を浮かべながら俺も後をついて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます