第67話 お嬢様は怒りと新鮮さを経験する

「わぁ……ここが…!げーむせんたぁ…というところなんですね…。本当に漫画に出て来た場所にそっくりです…」


 公園を出てからしばらく歩き、俺たちはこの前棗さん達と遊んだゲームセンターへとやって来た。

 ゲームセンターに着いた途端、俺の横を歩いていた沢城さんは大きな音に驚いたのか、少しビクッとしてから直ぐ後には好奇心に満ち溢れた表情をしていた。


 俺の横では沢城さんが今まで見たことのない、まるで初めて遊園地に連れて来てもらった少女の様な無垢な笑顔を見せている。


 俺からしてみれば、中学時代は毎日の様に来ていた記憶があるが…沢城さんにとっては未知の場所なんだろうな。


「………んんっ、では永井秀人君?案内をお願いしてもいいですか?」


 俺が横にいることを思い出したのか、少し恥ずかしそうにしながら表情と姿勢を正し、そう問いかけてくる。


 今日の沢城さんの服装はこう言ってはなんだが、少し地味めというか目立たなさそうな落ち着きのある感じで、大きめの伊達眼鏡と茶色のベレー帽を被り、いつもは編み込んでいる雪の様に美しい銀髪は腰の辺りまでストレートに下ろしている。


 しかしそんな変装まがいな格好をしていてももの凄く整った顔立ちや、ジーパンによってラインがはっきりと出ているスラリと伸びた長い脚、棗さんほどでは無いものの大きく主張している胸部の盛り上がりは隠せていない。

 わかりやすくまとめると、普段着ているお嬢様らしい格好とは別で今日の服装もモデルの様に似合っているという事だ。


 現にここに来るまでにも沢城さんは、老若男女問わず視線を釘付けにしていたレベルだ。今だって音ゲームに並んで待っている男子高校生達の集団や、カップルらしき男女の男の方も沢城さんに見惚れて頭を叩かれたりしている。

 …これは変装の意図があったのだとしたら効果がない様な気がするな……。やっぱり顔がいいっていうのは羨ましい限りだ。


「あの…?やっぱりこの髪型や格好は似合っていないでしょうか?榊原に色々と準備してもらったものなので、変では無いと思うのですが…」


「ご、ごめん!似合ってる!似合いすぎてて見てただけで…って何言ってるんだろうね!ハハハ…じ、じゃああっちのゲームからしようか!」


「そ、そうですか……よかったです…(榊原にも言われましたが…貴方に言われると胸がポワポワしますね…)」


 俺が得意なレースゲームの方を指差しながら歩き出すと、少し遅れて俺の後をついてきた沢城さんが執拗に髪を触っていたのは何でだろう…?



「の…飲み込み早えぇ…」


 あれから1時間ほど俺たちは色々なゲームをやっていた。今回は小春ちゃんの付き添いではなく、沢城さんにゲームを教えながらというスタンスだったので色々なゲームをした。


 沢城さんはもちろん今日が初めてのゲームセンターデビューなので、アーケードゲームの経験は無い…無いはずなのだが……。


『フルコンボだよん!!!』


「おや…?これで良いのですか?」


「う、うん…フルコンボだから満点だね…。この台で歴代最高スコアだよ…」


 俺の横で可愛らしく首を傾げながら手元の二本のバチを元の場所に戻す沢城さん。

 沢城さんの横で一緒に楽器型のゲームをプレイしていた俺の画面を見ると、沢城さん側のキャラクターの戦績には難易度鬼をフルコンボからの全部『良』のスコアが載っている。


 一方俺の画面にはノルマクリアはしているものの、可が数十個と不可が数個ついている。

 このゲームはほんの10分前くらいに沢城さんにやり方を教えただけなのだが、それで全良という快挙を成してしまった。これでは俺の立つ瀬が無いんだが…


 他にも色々なゲームでその腕前を開花させていたところを見ると…もしかして天才なのか…?


『スッゲェなあの美人さん…全良リアルで見たの初めてかも…』

『俺も俺も…にしても顔もスタイルもスッゲェな…ってか横の男下手じゃね?w』

『わかるw絶対俺の方が上手いわ〜…ワンチャンそれでアピったら靡いてくれんじゃね?』


 そんな声が高校生達から聞こえて来るが、確かにその通りなので俺は何も言わずにバチを元の場所に戻す。


「あはは…経験上俺の方が上手く無いといけないのに、もう沢城さんの方が上手いね。凄いよ!…俺の方が下手でごめんね?次のゲーム行こうか?」


『あの!お姉さん!俺のプレイも見ててくれません?お姉さんよりはヘタっすけど、そっちの男より俺の方が上手いんでw あ!後もし良かったら俺らと遊びましょうよ!そんなパッとしない地味野郎なんて放って置いてw』


 俺たちのプレイが終わり、台の前から立ち去ろうとすると高校生集団の中の一人がそんな風に沢城さんに声をかける。


「………(ぎゅっ)」


「えっ!?」


 沢城さんはその声の方に振り向く事なく、バチの持ち手をウエットティッシュで拭くと、急に俺の腕を取って足早に歩き始めた。


 後ろを振り返ると舌打ちしながら睨んでいる高校生達が目に入ったが、横を見ると沢城さんが不愉快そうな表情をしていた。


 少し歩き、クレーンゲームの近くまでやって来てから沢城さんがようやく立ち止まった。


「えっと…怒ってる?ごめんね?」


「…怒ってはいますよ?しかし貴方にでは無いです。あのゴミクズ共に対して今までであの豚家族共に感じたくらいの怒りが向いているという事ですよ。せっかく貴方との楽しい時間なのに…」


 俺の腕を抱きながらギリギリと怒りをあらわにしている沢城さん。良かった…俺にじゃなくって。


「…でも貴方にも少し怒っていますよ?永井秀人君」


「え!?」


「ゲームの上手さなんて関係ありません。私は貴方とこうして遊べていることがとても新鮮で楽しいんです。上手くてもそうでなくても…貴方と同じことができている事が嬉しいんですよ?わかってますか?」


「は、はい…」


 再びギュッと腕を強く掴まれるが、俺は嬉しいのと同時に沢城さんの大きな胸の柔らかさが腕から伝わって来ていて、それどころじゃ無いかもしれない。


「(…やはり見る目がない猿はどこにでもいるものですね。こんなに素敵な男性は滅多にいないというのに………見る目がない…?素敵な男性…?あれ?私は何を言って…?)」


 そのせいで沢城さんの小声で何を言っているのかは俺の耳には届かなかった。

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