第66話 お嬢様とおでかけ

『ありがとうお兄ちゃん!』


「おう!もう急に公園から飛び出すんじゃねーぞ!」


 棗さん達と遭遇した日から一週間ほどが経ち、無事に期末テストを終えた俺は、に指定された大きな公園へと向かっていた。


 テストの結果はまずまずと言ったところで、赤点は一つもなかった。美涼や瀧川も問題なくいい点数が取れていたようだが、棗さんと今から会いに行く人は点数の次元が違った…。なんなんだ一番点数の低いテストで95点って…意味分かんねぇよ……。


 因みに三枝はほぼ全部のテストの点数が赤点だったようで、テストが返ってきてから号泣していた。まぁ…ドンマイってやつだな。


「それにしても…ここ最近危ないことに立ち会う事が多くなったような…気のせいだよな?」


 実はあまり気にしていなかったが、最近になってよく他人の危ない現場に立ち会う事が多くなったような気がしている。


 さっきの子どもも俺がとっさに時間を止めていなかったら、俺諸共さっき走り去って行った車に轢かれていたかもしれないくらいの距離だったし…この前は通学途中に歩道を走っていた自転車に俺の近くにいたお爺さんが轢かれそうになっていたり…マンション近くの工事現場を通り掛かれば、俺の頭上と近くで休憩していた作業員さんの頭上に上の階から植木鉢が落ちて来たりと散々危ない事があった。


 しかし全部事故というか…さっきの子もボールを追いかけて飛び出していたし、自転車の若者はイヤホンしながらスマホをいじっていた前方不注意、植木鉢は重機が稼働していた振動で落ちて来たらしいからな…たまたまだろう。


「っと…こんなこと考えてる場合じゃないな。もう着いてるみたいだし、待たせちゃダメだな」


 俺が足早に目的地へと向かうと、そこには大きな木の影にあるベンチに背筋をピンと伸ばしたまま座り、涼しげな銀色の髪を風に揺らしながら空を見上げているのは――― 俺の待ち合わせ相手の沢城さんだ。


 できるだけ目立たない様な地味な服装ではあるが、そのさまはまるで幻想的な絵画の一枚の様な…なんとも言えない雰囲気を感じられる程だ。


「…あら、永井秀人くん。おはようございます、今日はよろしくお願いしますね」


「お、おはようございます…沢城さん。俺でよければ今日は任せてください」


「はい、今日がとても楽しみでしたから…では早速行きましょうか!」


 俺が沢城さんの元へと歩いて行くと、俺の方を見た沢城さんがニコッとした笑顔で立ち上がり、それと同時に周囲にチラッと見えた黒服の集団が撤退して行くのが見えた。


「ではまず……げーむせんたぁ?というところに行って見たいのですが…よろしいですか?」


「もちろんです、じゃあ行きましょうか」


 なぜこんな事になっているのか。それは数日前に遡る…。



『夜分遅くに失礼致します。こちら永井秀人様のお電話でお間違えないでしょうか?』


 とある日の夜、俺がそろそろ風呂にでも入ろうかと思っていると急に俺の携帯に知らない番号から着信があり、電話に出ると榊原さんの声が聞こえて来た。


「はいそうですけど…榊原さんですよね?前にも聞こうかと思ってたんですけど…どうして俺の番号が?」


『それは…秘密です♡ですが悪用などは致しませんので、ご安心下さい。それでお電話させて頂いた要件なのですが…少しお時間よろしいでしょうか?』


「はい、大丈夫っす」


 そこから榊原さんの話を聞くと、どうやらあれから沢城家の親子関係は昔の様な円満な物に戻り、仕事のお手伝いや試験勉強なども順調に進んでいる様だ。

 しかしたまたま沢城さんが「漫画の世界に出てくることを体験して見たいけれど、私には難しい」と一人で発言していたのを榊原さんが聞いていたらしく、先日友人になった俺にその役目の白羽の矢が立ったらしい。


『お嬢様お一人ですとこの前の事などもありますし、お嬢様は護身術もお強いですが…完全なお一人での行動は危ないですから。そこで永井様にお嬢様と共に二人きりでお出かけをして頂けないかと…』


「な、なるほど…でも俺でいいんですか?それに二人きりって…もしものことがあったら危ないんじゃ…」


『寧ろ永井様しかおられませんし、摩耶様からも美玲様からも許可を得ております。特に美玲様からは「永井君が良いなら是非お願いしたいわ」との事で。確かに安全性はSPがいない以上落ちますが…あの状況からお嬢様を救い出せた永井様であれば、問題ないとのことです』


 もの凄く期待が重い様な気がしたが、気心の知れる友人の一人である俺と二人きりで、のびのびと楽しんでほしいという榊原さんたちの意思を汲み取り、俺はこのお願いを引き受ける事にしたのだ。



「今日は行きたいところが沢山ありますから、エスコートお願いしますね?」


「お、お手柔らかに…」


 そうしてお嬢様お出かけ計画を実行する事になった俺は、緊張感のあるミッションながらも沢城さんを楽しませてあげようとそう思った。

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